結論から言うと、私は九代目に指輪を預けることにした。
あの指輪以外に自分の身を守る術が無いことには不安を感じたけれど、それ以上にあの場で指輪を渡すことを渋ることが怖かったからだ。
あれはお願いじゃなくて、命令に近いモノだった。
もちろん、例えそれが命令だったとしても私が九代目に従わなきゃいけない道理はない。だけど。
「……まあ、私一般人ですし……」
怖かった。その一言につきる。あの場の空気が、威圧感が、すべてが怖かった。
渡さないと言ったらどうなるのかなんて、想像すらしたくなかった。
大丈夫、……大丈夫。
もうすぐ黒曜編が始まるけど、自分から危険なところに行かなきゃいいんだから。その日に山本や獄寺と行動たり、ましてやツナ達についていったりなんてしなければいいんだから。
大丈夫。
私はみんなの重荷になるようなことは、しない。したくない。
――…
空港で山本と別れて、タクシーでアパートまで向かう。
数日ぶりの日本はなんだかすごく安心できて、タクシーの中で私はやっと、一息つけた。
なんか、あんまり楽しい旅行とは言えなかったなあ。
そりゃまあ山本やディーノさんといろいろ食べたり観光したりは楽しかったけど、指輪がないだけでこんなに不安になるとは思わなかった。
あの指輪がなかったら私、本当の本当に何も出来ないからなあ。
「…――、」
「、?」
今なんか、どっかから声が聞こえてきた?ような……?
でもタクシーの中にいるのは私と運転手さんだけだし、運転手さんは何も言ってないみたいだし。
「、――」
また、聞こえた。この声は……骸、……?
何で骸の声が聞こえるのか、不思議に思いながらまばたきをした瞬間。目の前の景色が、変わった。
「こんにちは、光」
「……骸!」
そこは骸のいた世界、夢の中の、世界。え、気付かないうちに寝てたってこと?でも別に私眠くなかったのに……。
クエスチョンマークを浮かべ続ける私に、骸はくふくふと穏やかに笑っている。
少し怖くなるくらい、穏やかに。
「時が来たので、君を呼ばせていただきました」
「時?」
「はい。決戦の……ね」
骸は微笑みながら歩み寄ってきて、私の手を取った。ちらりと、その視線が私の胸元……指輪のあった場所へと向けられる。
けど骸は何も言わずに視線を外して、クフフ、とまた笑った。
「光、よく聞いてください」
真剣な表情の骸に見つめられて、少し息が詰まる。
怖いような、恥ずかしいような、……よく分からない。
「僕は、光が好きです」
静かに告げられた言葉の意味が、一瞬、理解できなかった。
「……はあ?」
「もうちょっと、可愛い反応を期待していたんですが」
「え、いや、ごめん」
だって、え、なにいきなり。どういうことなの?
骸はわざとらしい咳払いをしてから、改めてしっかりと私の目を見つめてきた。
私はというと混乱したままなんだけど、でも、骸の目を覗き返してみればわかる。この人が、真面目に言ってるって。
「僕は光が好きです。だから貴女を傷つけたくはない」
「……うん」
「ですが、どのような状況で光が巻き込まれてしまうか、わからないんです」
「……、うん」
骸の目は大真面目で、それでいてとても悲しいような、悔しいような……そして慈しむような、そんな感情たちをうつしていた。
骸が私のことを、好き。それはとても嬉しい。私だって、骸のことは大好きだ。
こんな場面じゃなかったらきっと大はしゃぎしてただろうし、もっとパニクってたと思う。
だけど、骸の"好き"と、私の"好き"が、一緒じゃないことは分かる。
「骸、私も骸のこと、大好きだよ」
「ええ、知っています。……その"好き"が僕の求めるモノじゃ、ないことも」
「……ごめんね」
「いえ、わかっていますから」
ぎゅ、と骸の手に包まれるように両手を握られて、私はその手に視線を落としてから、骸を見上げた。
彼はとても哀しそうに、微笑んでいた。
「初めて会ったときに、光、貴女は僕に言ってくれましたね」
――自分が納得いくまで壊してしまうのも、ひとつの手だとは思うよ。と。
「僕は僕のすることが間違っていることだとは思いません。だから、忌まわしいマフィアに復讐をする。僕が納得いくまで、世界を壊してやりますよ。その手だてとしてまず、ボンゴレ十代目を手中に収めます」
「そんなこと、私に話していいの?」
「構いませんよ、もう時は進みだした」
くすりと笑って、骸は私から手を離す。
後悔なんて微塵もしていないと自分に言い聞かせているようなその表情に、まだ、なにか悩んでいるようなそのまなざしに、私は小さく息を吐いた。
放っておいても、話は原作通りに進む。
私がこの世界に来た所為かたまに脱線したりするけど、それはあくまで大軸のストーリーに問題が無い程度に、だ。
だからきっと、私がどう行動しようと、黒曜編は原作と大差なく進んで、終わるんだと思う。
そうだとしたら、これは、私のわがままだ。
「さっきも言ったけど、私、骸のこと本当に大好きなんだよ。可愛くて優しくて、いつも楽しい話を聞かせてくれる、大切な友達だと思ってる」
「友達……ですか」
「犬くんや千種くんとも会って話してみたいと思う。骸の話を聞いて、2人のことも好きになったから」
そこで複雑そうな顔しないでよ、笑っちゃいそうになったじゃん。
「だからね」
ふわりと骸を抱きしめて、その柔らかな髪を撫でた。
「世界中の人が骸達を責めても、私は骸達が大好きだって主張する。骸がどこに行っても、私は骸をくっしゃくしゃに撫で回しに行くよ?大好きだから……私が骸達を、守ってみせる」
「……だから僕は、光が好きなんですよ」
甘くて甘くて、溶けたチョコレートのようだと、骸は笑った。
酷く、哀しそうに。
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