ようやく電話が終わったのか、車内に戻ってきたディーノさんはどことなく不機嫌そうだった。
どうしたんですか、なんて訊ける雰囲気ではなくて、山本と顔を見合わせる。よほど嫌な内容の電話だったのかな。かもな。そんなアイコンタクトをとっている間に、ロマーリオさんが車を発進させた。
喋ってもいい雰囲気には思えなくて、なんとなく4人ともが口を閉ざしている。その空気を裂いたのはディーノさんの深い、深いため息だった。
そしてゆっくりと、至極複雑そうに……嫌そうに、口を開く。

「俺の予定ではな、」

その声音は、まるで自分の遊びを邪魔された子供のようなもので。
つまるところ、拗ねているみたいだった。

「今日はこのままキャバッローネの屋敷に帰って、光と山本にいろんな話を聞きながら茶でも飲んで、寝て。明日は光の服を買おうかとか、山本に今日よりもっとうめえもん食わせてやろうとか、そうやって、のんびりイタリア観光をするつもりだったんだ」
「、はあ……?」

私もそんな感じでのんびりさせてもらうつもりだったんだけど、というか当初の目的はのんびりっていうよりは心機一転しつつ骸のことを考えようとか、そういうつもりだったんだけど。
なにか、事情が変わったんだろうか。

「……光」

大きなため息の後、さらに間をあけて、ディーノさんに名前を呼ばれる。
それに応える間もなく、ディーノさんはまた深いため息とともに、衝撃的な言葉を、吐き出した。

「九代目が……お前に会いたい、そうだ」
「……え、……っはあ!?」
「うおっ」

あまりにも衝撃的すぎて、我を忘れて助手席の背を掴み前に乗り出す。
その勢いに驚いたらしい山本の肩がびくりと揺れていたけど、そんなことも気にしていられなくて。

「わたっ、いやそんな、無理です!」

思わず、私は会いたくなんて無いですだなんて失礼極まりないことを言いそうになった口を噤んで、とにかく首を左右に振る。
何を思って九代目は私なんかに会いたいと思ったのか。いや、それはなんとなく想像できる理由があるんだけど。主にリボーンとか。

必死な形相の私を見て、ディーノさんは困ったように笑った。
曰く、ディーノさんがやんわりと拒絶を示したにも関わらず、九代目の“私に会いたい”という意志は頑ななモノだったようだ。
そんなこと言われても、っていうのが私の本音なんだけれども。

でも、本当に申し訳なさそうに「頼む!」とディーノさんに手を合わせて言われてしまえば、私はもうそれ以上の拒絶はできない。
渋々、ほんっとうに渋々、わかりましたとあきらめ気味に頷いた。

「でも、ちょっとだけで、お願いします」
「わかった。ありがとな、光」
「いえ……」

九代目がディーノさんに頼んだ以上、ここで私がイエスと言ってディーノさんの顔を立てないと、後々いろいろアレだろうし……。
ぼすん、後部座席に埋もれるようにもたれて小さなため息を吐けば、山本が何とも言えない笑顔で私の頭を撫でてくれた。


――…


翌日。


「君が五十嵐光くんだね、はじめまして。さあ、楽にしてかけてくれ」

にこやかにソファーに座るよう促す老人、もとい九代目は、漫画で見た通りの穏やか且つ優しそうな人で、そして想像以上に、マフィアのボスらしい人だった。
優しさの中に垣間見える有無を言わせない威圧感に、ひゅっと喉の奥が鳴る。
ボンゴレ邸に足を踏み入れたその瞬間から張りつめていた私の緊張は、彼を前にしてマックスに達した。

今、もしこの場から抜け出せられるのなら、雲雀さんにハイタッチを求める程度のテンションにはなれる気がする。

「失礼、します」

恐る恐る座ったソファーは思ったより柔らかく私の体重を受け、ふわんと沈んだ。

改めて挨拶を交えつつお互い名乗り合えば、その合間にメイドさん的な人が2人分のコーヒーをいれてくれた。
けれど、部屋の入口に2人、私の背後に2人、九代目の背後に2人、他諸々の黒スーツ達に囲まれている中でコーヒーを飲む気にはなれず。きっと美味しいコーヒーだろうになあと遠い目をしながら、九代目の話に耳を傾けた。

「リボーンから君の話は常々聞いているよ。綱吉君達をいつも見守っていてくれる優しい子だとね」
「……いえ、そんな」

他にも成績やら性格やら素行やらなんやらかんやらを手放しに褒められ、いい気がするどころかいっそ薄ら寒さすら感じる。
そんな彼の言葉を苦笑気味に受け答えつつ、私を心配して一緒に来てくれようとしたものの、門前払いをくらってしまったディーノさんと山本に思いを馳せた。
今頃ロマーリオさん達も交えてティータイムでもしてるのかな、いいなあ……。

九代目の話は要領を得ず、まるでただの世間話をしに私はここに来たみたいなんだけど、まさかそんなわけもなく。
一分一秒でも早くこんな怖い所から帰りたい、帰ってディーノさんと山本のぽわぽわオーラにあたって癒されたい私は、意を決して口を開いた。もちろん彼の言葉を遮ることはせずに、言葉の合間を縫って。

「それで、あの、差し支えなければ私がここに呼ばれた理由と、本題を、話していただければと……思うんですが、」

ああそうだったねすっかり忘れていたよ、などととぼけるこの人は、所謂好々爺というものなのではないのだろうか。
好々爺というと他の漫画のバカ強い会長殿が浮かんでくるけど、この人とあの人じゃタイプが違う。……でも、腹に一物ある感じ。
やっぱり、ただ穏やかなだけの人がボンゴレなんて巨大な組織のトップに立ってるわけないか。

「私が聞きたいのは、君のその、首にかけているリングのことなんだ」
「これ、ですか」

この世界に来たとき、封筒に入れてあった2つのリング。
1つはチェーンに繋げたまま常に身につけておくように、もう1つはチェーンに繋げず常に身につけておくように、とのメモが添えてあって、私はそれに大人しく従った。
それは、その指輪の形にどこか見覚えがあったからなのと、ただ単純に好奇心が沸いたから。
その結果、チェーンに繋げたこの“拒絶する力”を持つリングに幾度か助けられて、そして――…。

「君はそれを、どこで?」
「……知人に、譲り受けました」
「……、」

間違っては、いない。譲り受けたというか半ば強制的に渡されたようなモノだし、まず誰があの封筒をあの部屋に用意したのかなんて知りようがないから、ほとんど嘘みたいなものだけど。
私の返答に、数秒沈黙してから九代目は再び口を開いた。

「確かなことは調べてみなければ分からない……精巧に作られたダミーかもしれない。だが、君の持っているそれは、リボーンの話からすると、」

一瞬の、間をおいて。

「初代宵の守護者のみが扱い、そして破壊したはずの、宵のボンゴレリングかもしれないんだ」

……あ、はい、知ってます。

あの時、リングから伝わってきたすべてが語っている。
この指輪は宵のボンゴレリングで、持ち主のみを守り、持ち主の拒絶する物すべてを拒絶することを。そして、最後にはその持ち主に拒絶された己自身を拒絶し、砕け散ったことも。
それがまた、何で私の手元にあるのかは皆目見当つきませんが。

私がそれを知っているだなんて知るはずもない九代目の話を聞き流していれば、九代目は、さすがに私も驚くようなことを言ってのけた。

「ボンゴレとっては重大なことかもしれないんだ。その指輪を、しばらくの間預からせて欲しい」
「……え」

……まじで?

 
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