君が終わらせよう、と言ったから。僕は終わらせに来たんだよ。この最悪な世界をさ。




「君は天才だから、君は天才だから、きっと長い間生きて大切にされるんだろうね」
 僕が言ったその言葉を忘れないのは今の君のおかげだと思うんだ。だけど、本当はわすれたかったな。あんな言葉言わなきゃよかった。今更後悔したって仕方がないけど。
 君に出会ったのは小学生の頃だった。君が僕の家の隣に引っ越してきた。金髪でふわふわした髪、緑色の瞳、白い肌。天使みたいだった。
 いや、本当に天使だったのかもしれない。あのころから君はすでに頭角を現し始めていて、高校生の問題をさらさらと解くような子だった。
 頭が悪くはないけどいいわけでもない僕は、それをみるたび妬み、羨望に襲われていたんだよ。知らなかったと思うけど。
 でももしかしたら、頭のいい君は気づいていたかもしれないね。君はほとんど表情がわからなかったから、僕にはわからないことだったけどね。
 君がいなくなったのは僕が大学生の頃だろうか。君も本当だったら大学生をやっている年齢なんだけどね。だって俺と君は同い年だった。
 残念と言うべきか、素晴らしいと言うべきか。君はやっぱり頭がよかったからもうすでに大学なんて卒業してしまっていた。だけど、ずっと僕とだけは連絡をとってくれていたんだ。それは僕にとってはとても複雑なことだった。
 うれしい反面、かなしい気持ちもあったんだ。だけどやっぱり嬉しかった。なぜなら僕は君のことが好きだったからね。嬉しくないはずはないんだ。だけど、君は僕以外の人と「友達」になれなかった。人間離れしたところのある君はどこの学校に行っても、どこにいっても崇めたたえられる対象だったか、妬みによるいじめの対象だったから。
 君は僕の後をいつもついて回っていた。頭はいいけど社交性はなくて、隣の家にすんでる僕としかしゃべれない君。僕はそんな君だからこそ好きだったんだろうね。
 遠くにいる君とは会うことなんてほとんどなくなって、僕はといえば彼女をつくったり就活したり忙しかった。
 ダメなやつなんだよ、僕は。
 君とは離れて最初のうちはメールも電話も頻繁にやり取りしていた。だけどそのうち、どんどん連絡が途絶えていった。
 僕が連絡をしなくなったのが原因だと思う。僕が電話やメールの対応を適当にしたり邪険にしたりしたせいだと思う。君は僕の気持ちを汲んだのか、メールは月一、電話なんて年に数えるほどしかしなくなってしまった。
 僕にだって彼女はできるさ。君がいなくなれば。君がいる間は君がいたから作れなかったし作ろうともしなかったものを今更取り戻そうとする僕は愚かかな?
 ……僕は、君から離れたくなかったけど離れたかったよ。君さえいればよかった。逆に君さえいなければ僕はこんな風になんてならなかったかもしれない。
 僕は君じゃなきゃだめなんだ。君がいなきゃ。君からの連絡が疎らになるほど僕は遊ぶようになっていった。私生活は荒れに荒れた。
 君と最後に連絡したのは、大学3年のころ。久々の電話に驚いた。だけど僕は素直になれなくて。
『あーくん、私話さなきゃいけないことがあるの』
「何?」
『私ね、……』
「早くいいなよ」
『ごめんなさい。……私ねあーくんの所に帰りたいの』
「君は今の地位に満足しているんだろ? だったら間違っても僕のところになんて帰ってきちゃだめさ。僕はただの大学生で君は天才の研究者なんだから」
 僕がそういうと君は黙りこくって、しばらく間が開いてしまった。
『そうだね、ごめんね? あーくん。……私、あなたのことが好きだから』
 苦しそうな声。僕は本当の気持ちを言うことができない。
 ……心の中では「僕も」って言えているはずなのに。口にした言葉はやはり酷い言葉だった。
「好きなんて軽々しく言わないでよ」
『ごめんね……ね、あーくん。私、』
 電話の外からけたたましい叫び声。
 そして、電話は、切れた。

 一週間後、僕のもとに君の訃報が届いた。葬式には何故か多国籍な参列者。皆一様に泣いている光景は何故か不気味に感じられた。こんなにも君は大切にされていたのか。
綺麗な顔で死んでいる君の死因を、僕は君の母親に聞くことはできなかった。君の母親は虚ろな目をしてぼんやりと座っていて、僕は彼女に声をかけるのはできなかった。僕はぽっかりと胸に穴があいた気がした。
 葬儀のあと、家に帰ると電報が僕に届いていた。君からだった。

「ワタシヲ シナセテ」

 見た瞬間僕は頭が真っ白になった。
 よくわからない。わかりたくない。君は死んだのだろう? 葬式に君の顔は確かにあった。
 だけどなんであんな綺麗な顔。

 ……もしかして 君は 生きているのか?

 だったら、僕が見た君は何だったんだろう。棺の中に横たわる君。
 苦しい気持ちになった。アレをみただけで、僕の中に穴があいた。空虚な穴が。
 長い間会っていなかったけれど、アレは確かに君だった。雰囲気とか、髪とか、すべてが、君だった。
 だけど、君はウソをつかないような子だったよ。君は天使のように、素直だった。だから、人の悪意を受け流すこともできずに僕の後ろに隠れていたんだ。
 君はウソをつかない。だったら、君は生きているのだろう。君が「死なせてほしい」と僕に願うなら僕は君を死なせてやるべきなのだろう。
 じゃあ、僕は君を捜すよ。絶対見つけてやる。


「だから、ここまで来たんだよ」
 僕は君に笑いかけながら言った。
 僕にはもうすでに若い頃の面影はなく、無精ひげをはやしっぱなしのただのオジサンだ。
 君は僕だと気づくだろうか。僕は君だと気づいたよ。
「君がどんな姿になろうと、僕は君のことならわかるよ」
 僕が笑いかける前にあるのは君の体の一部だけ。君が神様からもらったのだろう、頭、脳みそが大きな試験管の中でプカプカと浮いていた。
「僕も君も、変わってしまった」
 君の脳みそに繋がる多数のコード。もしかしたら、あの参列者の中に、泣いている奴の中に、君をこんな姿にした人がいるのかもしれない。
 だけど、僕はそれを探す気にはなれなかった。
 僕は、君を殺す。
 そして、僕も死のう。
 とても頑丈そうな試験管、壊すにはかなりのちからがいるだろう。
 だから僕は、こんなこともあろうかと思って今まで必死で頑張ったんだよ。君には及ばないだろうけど、僕だってやればできるんだ。



「さよなら、最悪の世界」


 君があのすがたでなくなったその瞬間、僕の世界は終わっていた。
 君を捜すためだけに生きた世界だ。別に、僕に未練はないけれど、君は「さよなら」をいえなかっただろうから僕が代わりに言っておこう。
 君がきっと愛した世界に別れを告げると僕は携帯電話のある番号をワン切りして。



「きみをあいし








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「終止符のその先」