「木尾、文化祭でメイド服着てくれない?」
 教室では俺の隣の席に座っている波田。可愛らしい彼女は俺の目の前で頭を下げた。こんな彼女の言うことだ、着てやろうとか確かに思う。思うけど。
「だが断る」
 うちのクラスは一週間後の文化祭でメイド喫茶をすることになったらしい。
 「らしい」というのは、ホームルームで決めたはずなのに俺が全く聞いていなかったというより寝ていたからだ。
 女子数名がメイド服を着て接客、その他は裏方。男子はとにかく喜んでいた。そりゃあメイド服は可愛いからな。
 今はその文化祭の準備中。男子だから自動的に裏方に任命された俺と何故か裏方の波田は天井とかに飾るわっか飾りを延々と作っていた。さっきまで一瞬友人のところに行っていたが、メイド服を抱えて戻ってきた。そして何故か俺は波田にそしてメイド服を押し付けられようとしている。
 ……悪夢だ。
 好きな人に、メイド服着せられようとしているなんて。不幸だ。最悪だ。
 ここは着るべきなのかもしれないが、俺は残念ながら女装をする気はない。女装して似合うのはもっと可愛らしいやつだろ。
 もっとマシなことなら断らなかった、かもしれないが。
「なんで? 絶対似合うよ」
「似合うと思うのかこの俺が。わかってる? 俺、男だよ? つかそういうのは似合う女子が着ればいいだろ」
 波田は考えこむ。俺はとりあえず波田を見ていた。
 栗色のふわふわした髪に茶色の瞳。少し日本人離れして、浮いた外見の波田は、とても可愛らしい。
 最初は一目惚れだった。新しいクラスになって最初にあった自己紹介の時。一目惚れなんてすることないと思っていたのに、一生懸命自己紹介をしている彼女を見て、一瞬で恋に落ちた。
 だけど、隣の席になって話すうちに性格もすきになった。サバサバしたところとか、たまに優しいところとか。俺は本当に、波田のことが好きだ。
 最近、告白した。けどまだ返事はもらえていない。きっと嘘だと思われているのだろう。
 仕方ない。だって俺は嘘つきだから。彼女は俺のことを嘘つきと思っているのだから。
 俯いて考え込んでいた波田は、いきなり笑顔になって俺の方を向いた。どうやら何か考えついたらしい。
「前、女だって言った」
 ……そんな前の嘘を引き合いにだされても……。
「あー、あれ嘘」
「じゃあ嘘をついた罰でメイド服着て。……絶対、似合うから」
「似合わないって言ったろ」
「わかってる。似合わないっていうのが嘘」
 よくわからないが、波田は俺に何故かメイド服を着せたいらしい。意味がわからないよ本当。何を考えてるんだ。
「……何で?」
「草食系男子はメイド服が似合う、と」
「と?」
「友達が言ってた」
 なんて友達は余計なことを言ってくれたんだ……。
 そもそも俺、草食系じゃないだろ。むしろ肉食だぞ。
 とか言っても信じてもらえなさそうなのでとりあえず静かにしておく。
「そんなの漫画だけの話だろ。絶対着ない」
「着てくれないってのが嘘なんだよね?」
「嘘じゃない。着ないってば」
 波田は泣きそうな顔をした。その顔で俺の決心が揺らぐ。
「バッ……ちょ、泣くなって! わかった着る! そのかわり一つ条件聞いてくれ」
「着てくれるの……?」
 泣きそうな顔から一変して笑顔になる。嘘泣きかよ。お前の方が嘘つきだろくそう。
「波田が文化祭でメイド服きてくれるんなら考えなくもない」
「わかった。交渉成立ね? みんなー、木尾が文化祭でメイド服着てくれるって!」
「えっ、ちょっ……!」
 クラスメイトの視線が痛いほど俺につきささる。
 ……言ってない! 言ってないよそんなこと。今限定で一回キリなんじゃなかったの、と突っ込もうにも波田の視線がむけられててキツイ。くそう。こんなときだけ可愛さ最大利用して!
「マジで着んの? 木尾が?」
 友人の一人に問われて、結局俺は折れた。
「そーいうことになったらしい。つか、俺が着れば波田も着てくれるって」
その瞬間さらにざわめきがひどくなる。
「そうか、木尾は犠牲になったのか」
「木尾は犠牲になったのだ……」
「好きだよ木尾、お前のそういうところ。せいぜい恥さらしてこいや。波田のメイド服姿を俺らに見せるために」
「アフターケアは任せろよ」
 俺がメイド服着ると言っただけだったときは眉を潜めた男子達も、波田がメイド服を着るときいたとたん笑顔になっておれの肩を叩く始末。励ましどころかなんにもなっちゃいねえのに。
 女子は女子で後ろの方で俺のメイド服のサイズの話をしている。
 どうやら、このクラスに俺の味方はいないらしい。というか、なんてノリのいいクラスなんだ……。
「じゃあ木尾と波田、作業終わったら後で採寸するから計りにきてね」
「……ん」
「わかった」
 不承不承の俺と、普通に頷く波田。というかなんで波田は最初からメイド服着る方にいなかったんだろうか。謎だ。
「絶対似合うよ。楽しみにしてるね」
 結局。波田に可愛らしい笑顔で微笑ましれた俺は、曖昧に頷くしかなかった。










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