隣の席の彼は、嘘つきだ。
「昨日の数学のテスト、30点だった」
 本当は100点だったくせに。
「俺、犬より猫派」
 本当は犬の方が好きなくせに。
「甘い物? ああ、苦手なんだよ」
 本当は大好きなくせに。

 私に話す事、言う事全てが嘘だと、彼は私に話さない。そこからもうすでに嘘だ。
 しかも、彼が言うと本当のことのように聞こえるから困る。
 だけど他の人には本当の事を言っているらしく、私は彼から話を聞くと絶対に他の人に確認する。
 そうすれば、自分を混乱させずにすむ。
彼が何を思って私だけにそんなことをするのかはわからないけど、きっと理由なんてなさそうな気がする。
 だって、そうゆう人だから。



 放課後、荷物を鞄に入れていたら彼が声をかけてきた。
 私はいつものように彼の話に耳を傾ける。
「明日は雨だってさ」
「……へえ」
 彼にそう言われたから、ああ、明日は晴れなんだって思う。
 そもそも、明日なのか。そこからが謎だ。家帰ったら調べなきゃ。
「俺、実は女なんだ」
 さっきの嘘にたいする反応が薄かったからか、ニヤリと笑う彼の胸を、私は無言でタッチする。頬を赤らめる彼に構わずペタペタ触る。でもやっぱり女子独特の膨らみ、小さな物すらない。
「ないじゃん……絶対男」
 そもそも、去年の夏にプールで上半身裸の見せておいて今更女ってことはないとおもう。
「……なんでばれちゃうかな」
 わかってるくせに。
 彼は、分かりやすい嘘をよく吐く。ただ単に脳みそが単純構造なのか。考えて分かりやすい嘘をついているのか。
「なんでそんな分かりやすい嘘つくの」
「え、っと……何となく」
 そういって彼は誤魔化すように笑った。
 嘘をつかれるなら、もった凝った物がいいと思う。つかれる側の気持ちも考えて嘘をついてくれないかと何となく思う。
「つくならもっとわかりにくいのにして」
 私のその言葉に彼は苦笑いを浮かべる。
 彼は私とはなしている時が一番表情豊からしいと友人がいっていた。
 本当なのかはわからないけど、彼は私といるときよく苦笑いを浮かべたり、とても嬉しそうな笑みを浮かべたりと色々な意味で笑うことは多い。と思う。
 本当かどうかなんて誰にもわからないし、彼に聞いても嘘をつかれて終わる気がする。それに彼自信にそれを聞くのは少しなんとなく恥ずかしい。
「ねぇ、今日今からヒマ?」
「ヒマ。だけど、嘘の呼び出しとかされて帰り遅くなるのは嫌。親に心配されるし」
 私がそう言うと彼はぶつぶつ聞き取れない様な声で呟いてうなだれた。……もしかして、最悪な嘘をつこうとしてたのか、こいつ。
 私に気を使って嘘をついてくれるのは嬉しいんだけど、それだったらいっそ嘘なんかつかないで欲しい。
 微妙に彼は抜けている。本当、ピノキオみたいだ。
 クラスの皆が彼のことをピノキオと読んでいることを彼は知らない。……知らないことがいい方がある。
 それに、狼少年じゃないだけまだマシだろうし。
「いや、友達がさ、お前に言いたいことあるって言うからさ」
「ふぅん」
 嘘をつくのに他人をネタにしない方がいいと思うのだけど。
 そもそも、友達と言われたら断りづらい。本当かもしれないし。
 嘘だったら嘘だったで運が悪かったと思えばなんとかなるかな……。
「わかった。どこで何時に待ってればいい?」
「資料準備室で4時頃」
「了解」
 私がそういうと彼は何故か嬉しそうな顔をした。
「んじゃ、私行くよ。資料準備室で待ってるって友達に伝えといてね」
「わかってるって」
 笑顔の彼に手を軽く振って別れるとその足で資料準備室にむかう。別にやることも無かったし、特に重要な用事とかがあるわけでもなかったし。
 私に何の用があるというのだろうか。その友人とやらは。
 資料準備室のドアを開け中に入る。嘘つきの言うことを信じていいのかはわからないけど、まあ多分なんとかなるだろう。
 埃臭い資料準備室。そういえばここには人がほとんど入ってくることがない。
 閉じ込められたらきっと朝まで気付かれないんだと思うと少し胸がひやりとする。
 きっと大丈夫。彼は悪い悪戯はしないはず。
 一応私は嘘つきな彼を微妙に信用している。彼、多分そこまで悪い人ではないと思うから。
 がらりと大きな音がしてドアが開く。その前に立っていたのは彼だった。
「待たせてごめん」
「……友達は?」
「ああ、あれ嘘だから」
 あの部分が嘘だったのか……。
「ええと、何か用?」
「うん。俺、お前のこと好きなんだ」
 後ろ手にドアを閉めながら彼は私に言った。
 ……わかった。絶対これは嘘だ。
 本当、変な嘘つかないでほしい。私をからかうような嘘。やめてほしい。
「嘘でしょ、どうせ」
「嘘じゃない」
「嘘じゃないってのも嘘なんでしょ」
 どこからどこまでが嘘なのかわからないし、彼が何の為に私に嘘をついているのかわからない。
「うそじゃないんだって!」
 彼がおもいっきり資料室の壁を叩く。大きな音がした。私は肩を震わせる。
「本気なんだよ」
「手、痛くないの」
「痛いに決まってんだろ。……とにかく、言うべきことは言ったからな。返事は今度でいいから」
 顔を赤くした彼は資料準備室から走って逃げていった。
「……わかんないよ」
 わからない。そんなの急に言われても。
 彼は嘘つき。
 今のは、本当?
「本当だったら、いいのに」
 聞けないよ、そんなこと。
 ……聞けない。
 もし彼のあの言葉全てが嘘だったならと思うと、怖いから。
 だから、言うべき言葉は腹が飲み込んでしまおう。そうしよう。
 聞きたくなければ、聞かなければいいのだ。
「……ピノキオなんかじゃない、狼少年じゃん」
 私は呟き、そして資料室の扉を開ける。
 だけどそこにはだれもいなくて。
「どうすれば……?」
 私の呟きは夕闇に呑まれて、誰にも聞こえずに、消えた。







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