左手を空に伸ばす。

 夕闇の空は冷たく、私をオレンジ色に染めた。冬の屋上はとても寒い。

「ね、だから言ったのに」

 私は、真っ青な顔でへたりこんだ相手に笑いかけた

ナイフが右手から落ちてかわいた音をたてる。

「……あなたが死ぬなんて考えなくてもいいの。わたしさえしねば万事解決なんだから」
 左手からぼたぽたと血が滴り落ちた。大動脈は、やっぱりそこにあった。だから私はそこを切ったのだ。

「僕は君を殺されたくなかった。……死なせたくなかったんだよ。なのに、何故」

「わたし、あいされているね」

 おろした左手を右手でつかんだ。大袈裟にあふれる血は私の体力をうばっていく。
 頭がクラクラして、世界が歪んだ。だけど、彼の顔さえ視界に入るならそれで構わなかった。

「わたしも、あいしてるよ」

 力の入らない声を私は絞り出した。

 しびれるように鼓動打つ左手の痛みは「はやく死にたい」と私に訴えていた。

「何で勝手に自分を傷つけるんだよ。……君が死ぬ必要なんてないのに。俺がしねばよかったのに」

「無理だよ。だってわたし、あなたがいなきゃ生きていけない」

「そんなの俺だって同じだよ。俺ら何年双子やってるとおもってるんだよ!」

「……うん」

 頬が濡れた弟は私を抱きしめた。泣いているらしい。

「血が、ついちゃうから」

「うるさい……止血しなくちゃ」

 のろのろと彼は動き出した。

 自分のシャツを無理矢理破いて私の腕を縛った。だけど血は止まらない。

 もう私の出血量は尋常ではなかったし、彼は私が死にたがっていることを知っているはずだった。

「何でとまらないんだよ……っ!!」

「もういいんだよ。わたし、今まで十分に幸せだったよ」

「虐待されて何が幸せなんだよ! 俺が母さんを殺した時、二人で一緒に楽しい思い出作るって約束したのに!」

「……もうムリだよ」

 わたしがそう言うと、彼はもう叫ぶ気力もないのかうなだれた。

 確かに私を虐待していた母さんは、死んだ。だけどそれで幸せになれるはずがない。

 ニュースで私たちのことは一切やらなかった。母さんは、自然死のように見えたのだ。弟が、そうしたのだから。

 だけど、私は、怖かった。いつばれるのか、いつ逮捕されるのか、わからない生活に限界を感じていた。

 母さんと警察が夢にまででてきた。気持ち悪い顔から逃れるように私は眠れなくなった。

 私はだから思い付いたのだ。私が死ねば、私を犯人ということにすれば弟だけは幸せにいきられる。

 姉が受けた虐待を辞めさせるために犯した罪なんてないほうがいいのだ。

「姉さん」

 久々にその呼び方を聞いた。

 顔を少し上げると弟の顔があった。彼は、泣いていた。

「姉さんが幸せじゃなきゃ、俺も痛いんだ。ずっと大好きだったのになんでわかってくれないの?」

 彼はそういって、落ちていたナイフを手に取った。

「姉さんが死ぬのなら、僕も死ぬよ」

「……そう」

私はニコリと笑った。

 正直一人では死にたくなかった。それに彼を止める権利は私にはなかった。

 多分、私も同じことをするだろうから。

 彼は、勢いよく首の動脈を切った。

 勢いよく溢れた血は彼の顔を汚した。

 私は最後の力を使って倒れ込んできた彼の手を握った。

 オレンジの視界はやがて、まぶたの裏に消えた。








愛しているわ、テディ様お題作品
(おててつないであなたと心中)


双子の兄弟愛のお話