ゆれる、電車の中。夏の湿った空気の中、ガタンゴトンと電車のゆれる乾いた音が心地よく響く。
「もっと、離れてもらってもいいですか? 先輩」
 きついその言葉に僕は寝かけていた思考を元に戻す。
 横にいたのは、僕の後輩の女の子だった。小柄な彼女に、僕はうとうとしてもたれかかろうとしていたらしい。
「ああ、すまん」
 ヘラリと笑って冷たい視線から顔をそらす。
 僕の所属している音楽部は、僕と彼女とあと幽霊部員だけの部活だ。部の存続自体も危ういのだが、部長の僕のほかに彼女しか来ていないという状態はかなり寂しいものがある。
 僕が入ったときは先輩方も同年代の人もいっぱいいたのにみんないなくなってしまった。
 寂しいのだが仕方がない。みんなそれぞれ事情があるのだ。それに、僕だって来年には卒業してしまう。
 彼女を一人にするのは忍びないが仕方がなかった。
 彼女は、何を思ったのか僕をじっと見てそれからきつい言葉を吐き出した。
「先輩? そんなんだから私みたいなのに勝てないんですよ?」
「僕は君には負けっぱなしだね」
「うるさいです。男の癖になんで私なんかに負けてるんですか」
 彼女の言葉はとげがある。だけど、なぜか憎めない。きっとそれは彼女の持つ天性の才能なんだと思う。


「……開いてますか」
 そういって彼女が音楽部にやってきたのは今年の4月。僕は一人きりで熊五郎さんの隣でピアノを弾いていた。
 熊五郎さんは先輩たちが僕が一人ぼっちにならないようにとおいていってくれた熊のぬいぐるみで、真っ黒で目つきが悪い。だけど、こんなものおいてってもらっても寂しさが募るだけだった。そこに、彼女がやってきた。
「はい、開いてますよ。入部志望者?」
 ちなみに、僕は宣伝の類はまったくしていない。
 僕のように残った部員が一人になってしまうのはすごく悲しいことだからだ。なのに、彼女はきてしまった。
「拒否はしないけど、あまりこの部にはいるのはお勧めしないね。僕しか部員がいないんだから」
「むしろそっちのほうが都合がいいです。入部させてください」
「露には雨漏りがみずたまりをつくるようなところだけどいいの?」
「むしろそっちのほうが都合がいいです」
 彼女は、同じ言葉を繰り返して挑戦的に笑った。



 あのときのことはずいぶんはっきりと思い出せる自信がある。
 となりでいやそうな顔をした彼女と、はじめてあった日なのだから。
 それに、一目ぼれをした日なのだから。
「先輩、嫌いです。だからもっと離れてください」
「……君はいつでも屈折してるよな」
「それが私ですから」
 僕の手をつかみながら彼女は微笑む。
 寂しがりの僕と、少し強気の彼女。
 僕は彼女に一目ぼれをして、それから彼女は僕に恋をしていたらしい。
 いつからか、自然と付き合い始めた僕らの歩みは、ゆっくりでもいい。歩むような速度で、いつまでもいつまでも続いていけばいいと、僕は思った。




(君の事を一生愛する自身が僕にはあるのだ)



エデンと融合さまに提出。