よく千鶴がお人形を放りださなかったと思う。
あまりに驚いて体がカチンコチンに固まってしまったのかもしれないけれど。

「おおおおおおおお、お人形が」
「しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃべった!」

母子(おやこ)揃って壊れたCDみたいにどもって、零れ落ちてしまいそうなほど目を大きく見開いて。
このアンビリバボーな状況で、けれど当のお人形さんだけは奇妙なほど冷静だった。

「驚いているところすまないが…、急須を……」

喉がからからに乾いているような掠れた声で、なぜか急須を所望するお人形さん。
その必死な様子に、少しだけ頭がクリアになってきた。

「急須?急須がほしいの?」
「…ああ…頼むっ…くっ…」
「ママ!おにんぎょうさん、ケガしてる!!」
「えっ!?やだ、本当!」

私と同じく少し動揺が収まってきたらしい千鶴が、ボロボロになったお人形さんの着物の裂け目から血が出ているのを見つけた。
不思議なことに、その怪我を見た途端、私は一気に冷静さを取り戻し、脳が高速で回転し始めた。

怪我発見!→薬箱!→止血!→消毒!→絆創膏!

ポンポンポンとこの流れが頭に浮かび、「千鶴!お人形さんをうちの中に運んで!」と指示が出せたのは、5年間のママ歴の賜物だと思う。
千鶴は思わず笑っちゃいそうなほど真面目な顔で「はいっ!」とお返事して、靴を脱ぎ散らかしてお人形さんをリビングへ運び、私はその間に大急ぎで救急箱を持ってきて、手当てを開始した。

お人形さんの体には、としぞーにやられたらしいひっかき傷と噛み痕がいくつもあったけれど、幸いどれも軽傷だった。
多分、としぞーも本気で襲ったわけじゃなく、じゃれていただけだったんだろう。
一通りの手当てが終わると、私は千鶴に「お人形さんを看ててあげてね」と言い置いて、キッチンで急須を探した。

「最近使ってないからな〜、ああ、あった!」

食器棚の奥から出てきたそれは、使い古されて茶渋が取れなくなった急須なのだけれど……こんなのでいいのかしら?

「お人形さん、急須、持って来たけど……」
「かたじけ、ない……。俺を、その中に入れて……くれ」
「えっ?急須の中に?」
「…ああ…」
「お湯も入れる?」
「俺は、茶では、ない…。はや、く……」

苦しげに呼吸しながらも、やっぱり冷静につっこみを入れるお人形さんを、私はそっと抱え上げ慎重に急須の中に入れた。

「これでいいの?」
「蓋を……」
「はい」

言われたとおり蓋をして、じっと見守ること数秒。

「わわ!」
「わわわ!」

急須の口からモクモクと煙が出てきた。

「ママ!」
「千鶴!」

煙に怯えた千鶴が抱きついてくる。
これから何が起こるのかとオロオロして、千鶴を抱きしめながら見つめていると、もくもくの煙が人のような形になり始めた。そして……


ボンッ!!


「「わーーー!!!」」

小さな爆発音と共に煙が消えて、代わりに現れたのは。

「俺は急須の妖精『はじーにー』だ。手厚い看護に感謝する」

ボロボロだったのが嘘のように身体も着物もぴかぴかになった、お侍のお人形さんこと『はじーにー』だった。



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