林から出て一番近くの宿へと駆け込んだ五人は、急いだけれど水浸し、着物を着たまま川にでも入ったんじゃないかと言う程に濡れてしまって居た。
「おんやまぁ、随分ずぶ濡れでねが。こん雨ん中走っで来だのけ?」
「ああ。すまぬが、部屋は有るか?」
「待っでろ。今拭く物持っでくっがら。風呂は準備出来てっがら、部屋さ用意しでやっがら、先にへえれ。」
「有難うございます。あの、着る物もお借り出来ませんか?」
「おらだちの着物で良ければ、貸してやれっけど…。」
「それで良いです。お願いします。」
宿の女将さんが頷いて、去って行った。
流石に雨に濡れて起きた将太は今私の腕の中で、孝太と雄太は一緒に玄関に佇んでいる。
「斎藤さん、本当に色々と迷惑をかけてしまってごめんなさい。ここの宿代、私が出すので、今日は斎藤さんも泊まって下さい。」
「…いや、俺はこれで失礼する。こうも濡れたのでは、洗ってもらった服を着ようと変わりがないからな。」
静かに淡々と告げる斎藤さんに、私は始めて頷いた。
「何かきっと、急ぐ理由が有るんですよね。私が引き留めたばかりに…、本当に迷惑をかけてしまって、しかも雨にまで濡れてしまって。」
謝ろうと頭を下げかけた私の肩を、そっと押さえる手があった。
顔を上げると、斎藤さんが静かな瞳でこちらを見つめて、首を横に振っている。
「いや、あんたのお陰で、その・・・・・・。」
逡巡するかのように瞳を伏せてから、再びこちらを見つめた斎藤さんの瞳に、心臓がきゅんと締め付けられるように感じた。
「馳走になった。俺はこれで失礼する。」
言うなり、斎藤さんが玄関を出て走り去ってしまった。
雄太も孝太も将太も呆然と、反応をする時間すらない程に素早い動きで、私ですら玄関の外へと顔を出した時には闇の中斎藤さんの気配を感じる事は出来なかった。
「行っちゃったねぇ。」
「いっちゃったぁ。」
雄太と孝太が顔を見合わせて寂しそうに手を繋ぐ様子を見て、私も同意の頷きをした。
「行っちゃったね。」
二人を玄関へと座らせると、開いたままの玄関を閉めていた私の後ろから女将さんが戻ってきて、子供たちへと手ぬぐいを渡してくれた。
「おんや、旦那さんはどした?」
「旦那さん?・・・ああ、斎藤さんはここまで送ってくれただけで、帰りました。泊まるのは私たち四人です。」
「あんだ、そうだったんけ。早ぐ風呂さへえれ。子供ら風邪ひいちまう。」
「はい、有難うございます。」
女将さんから手ぬぐいと着替えを受け取ると、二人を促して宿の中へと上がりこんだ。
女将さんに導かれるままに風呂場まで行き、湯気の満ちた浴場に思わず微笑が漏れた。
こうして浴槽に浸かれるのは久しぶりで、とても嬉しく感じてしまう。
いつも、桶の中に溜めた水で髪を洗ったり、身体を拭ったりするだけだったから。
きちんとした屋根の下で、お風呂に浸かって眠れる・・・、幸せだ。
「おっかあ、これ。」
自分で着物を脱いでいる孝太が、邪魔だと突き出してきた塊を受け取って、私は思わず声を上げて驚いてしまった。
それは、斎藤さんの上着・・・。
確かに、そう言えば、斎藤さんは私の着物を着たまま去って行った・・・。
身体に合っていないのに、雨に濡れすぎて身体に張り付いていたから、そんな事に気づけなかったのかもしれない・・・。
もっとちゃんと洗って、乾かしておいてあげよう。
自分のずぶ濡れになってしまった着物や、子供たちの着物も浴場へと持ち込んで、全て一緒くたに揉み洗いをして、ゆっくりと湯船に浸かり、身体を綺麗にして部屋へと行くと、既に布団が敷かれていた。
窓を開けると、張り出した軒の下に、雨を防いで洗濯物を干せるほどの空間があったので、全てをそこに干して布団へと潜り込む頃には、お風呂ではしゃいでいた子供たちは既に夢の中だった。
「おやすみ、みんな。」
寝かしつける必要も無く寝てくれた事に感謝をして、自分も布団に潜り込むと、瞼を閉じた。
暖かい布団はきちんと用意していたけれど、暖かい家は用意してあげられなかった・・・。
やっぱり、あんな御座で作ったような家では無理があったのかもしれない。
土砂降りで崩れて去ってしまうような家、せっかく揃えた家財道具は今頃水浸しだろう、着物も、布団も、帰ったら干さないと。
家は・・・、必要だろう。
枯れた木で作ったとして、どれくらいきちんと作れるだろうか。
作るよりも、ここから去って、ちゃんとした生活を子供たちに与えてあげられたほうが、良いに決まっている、分かってるんだけど・・・。
どうしても、決心がつかないでいる。
それは・・・、自分が・・・・・・。
ぎゅぅっと閉じた瞳の裏に、斎藤さんの眼差しが浮かび上がってきた。
藍色がかった濃い瞳はとても静かで、見つめていると色々と見透かされているような気がしてくる。
斎藤さんが去り際に残した眼差し・・・。
ドキリとしたのは、本当に見透かされているんじゃないかと、怖くなったからだ・・・。
あんたは、俺を傍に置いてはおきたくないのだろう?と、語りかけられている気がした。
―あんたは、俺を引きとめたのを後悔しているのだろう?
そうだ、後悔している。
だって、後悔、するでしょう?
斎藤さんだったら、後悔しない?
斎藤さんが新選組の斎藤一だって、最初から疑っていたけれど、それでももしかしたら違うかもしれないなんて、そんな暢気な考えで食事に招いてしまった。
斎藤さんが普通の、寡黙で大人しい静かな、そして優しい人だって気づいてしまったから、今は後悔しかない。
―あんたは、俺に去ってもらいたかったのだろう?
去って欲しい・・・?
去って・・・・・・、どっちなんだろう、分からない。
斎藤さんが子供たちと遊んでいる・・・と言うか振り回されているのを見ているのは楽しかった、子供たちもゆっくりとだけれど斎藤さんに慣れていったし、何よりも、子供たちには父親くらいの年齢の男性と接する機会が無いから、とても嬉しそうにしていた様子を見ていて、私も嬉しかったんだ。
雄太には少し若い父親かもしれないけれど・・・ね。
―あんたは・・・・・・、俺の・・・・・・。
違う、斎藤さんがそこまで見透かしていたかどうかなんて分からない。
斎藤さんは何も考えていなかったかもしれない、今のは全部私の想像でしかない。
上着・・・、斎藤さんの上着を返すのに、もう一度は確実に会わなければ・・・。
大丈夫・・・、大丈夫だよね・・・。
もう私は・・・違う・・・・・・。
ばしゃばしゃと降り続く雨の音を子守唄にして、私は眠りの淵へと吸い込まれていった―――――。



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