「っ!!」
沈黙が流れる…。
腕を掴まれた私は、思わず、本当に何も考えず、条件反射で、手を捻って斎藤さんの手から逃れて一歩大きく後退してしまった。
御座がずれて、ザザッと音がしたことに気付いて、気まずさにお互い顔を見合わせてしまった沈黙…。
「おっかあ、凄いな!」
沈黙を破って拍手を送ってくる勇太のお陰で、緊張を解かれた私は斎藤さんへと向き直って、曖昧に微笑した。
「あの、すいません。自分で脱げますよね。」
「…、いや、その必要は無い。」
「いえ、駄目です。そんな服のまま帰せません。取り敢えず抜いで下さい。下は濡れてませんか?」
改めて近付いて、再び斎藤さんの上着の包み釦に手を掛けると、今度は探るようにおずおずと、斎藤さんが手を出してきて、私の手を再び掴んで止めた。
「結構だ。帰って自分で洗う。」
斎藤さんの瞳が、私を伺うように細められて居る。
先程までの気を許した穏やかな眼差しでは無くなっている。
そりゃ、そうもなるだろう。
ただの女だと思っていた目の前の相手が、武士である斎藤さんが掴んだ手をやすやすと外して、一歩大きく退くとか…、驚きを通り越して、警戒するでしょう。
せめて「きゃっ!」とか叫んで、頬を赤らめるか怯えるかしなきゃいけないところだったんじゃないのー?
恰好良い人の前で位自分を可愛い女に繕いなさいよー、もうっ。
でも、やってしまったものは仕方ない。
もう取り繕えないし、ここで逃がす程私は甘くないわよ。
私の手を掴んでいる斎藤さんの手を気にせずに包み釦外しを続けると、斎藤さんが若干身体を引いた。
「斎藤さん・・・、もう夜は冷えます。それに・・・、臭いますよ。」
「にっ・・・おう・・・だと?」
「はい、もうしっかりと。ごめんなさい、孝太が仕出かした事だとは分かっているんですけれど、斎藤さんが悪いわけではないんですけど・・・、臭います。」
「そっ・・・・・・う・・・か。」
ガクリと、本当に音がしそうなほどに項垂れてしまった斎藤さんには悪いのだけれど、わざとしなを作って斎藤さんから顔を背けた私の視界の隅で、斎藤さんが自分で包み釦を外しだしたのが見えた。
ごめんなさいね、斎藤さん。
でも、そうでもしないと絶対に洗わせてくれないでしょう?
警戒心が解かれたかどうかなんて分からない、けれど、お詫びはしっかりとさせてもらわなければ。
「さ、脱いでくださいね。・・・ああ、中までしっかり濡れちゃいましたね、ごめんなさい・・・。」
肌着・・・と言うのだろうか、上着の中に着ている黒い袖なしの服の下の白い布の服までしっかりと濡れてしまっている。
「今、何か羽織る物を持ってきますから。それも脱いじゃってください。お腹とか、手ぬぐいで拭いておいてくださいね。」
洗わせてくれるとも言われていないのに、しっかりと脱いだ上着を受け取り、それを物質にして私は自分の着物が入った籠を探りに斎藤さんの元を離れた。
気配で、ずっと探られているのが分かる。
そんなに探らなくても、胸に何か隠していることなんか、無いのに。
きっと、物凄く辛い戦いを生き抜いてきたのかもしれない・・・。
ここら辺はやっと落ち着いたけれど、戦の爪痕は町中にまで深々と突き刺さっているのだから。
焼けた家、襲われた家、家の目の前で小競り合いが起きたり、女と見れば容赦なく襲ってくる人すら居た。
そんな中に子供たちを置いておくわけにもいかずにここに来た。
ここは静かで良い。
寒いし雨漏りするけど・・・。
でも、戦は終わった、新政府軍が勝利したんだ。
だから・・・・・・、斎藤さんみたいに隠れなければいけないような敗残兵が居るのかもしれない・・・。
黒い上着が、遠くから見ていた以上に汚れてゴワゴワしている。
刀を持っている斎藤さんはきっと、返り血も沢山浴びてきたのだろう、ずっしりと重くも感じた。
「本当は、その下の服も洗いたいんですけどね。私の着物しか無くて・・・、この黒いので良いですか?身幅や裄が合わないとは思うんですけど、乾くまで辛抱してくださいね。」
籠から引っ張り出したのは、黒一色の袷。
一緒に帯も引っ張り出したけれど、帯は受け取ってもらえずに、自分の腰に巻いていた帯を指で示された。
それを使うから、帯は必要ないと言うことなのだろう。
それもそうか、女物の帯とは幅が違うし。
頷くと、帯は籠の中へと放り込んで蓋をして、大きめの桶に上着を入れた。
「脱いだ服、全部下さい。」
下さいと言いながら、半ば奪い取るようにしてそれらも桶に入れると、竃で沸騰しているお湯の元へと戻った。
「斎藤さん、座っていてください。」
先ほどからずっと立ち尽くしている斎藤さんへと言うと、御座の下に敷き詰めている落ち葉がガサガサと踏みしめられる音がした。
「ねえ、今日は一緒に寝るの?」
「・・・・・・いや。」
「帰っちゃうの?」
「ああ。」
「何で?」
「何故・・・とは?」
背後で雄太がしきりに斎藤さんへと話しかけている。
お昼を食べている時もだったけれど、どうやら雄太は怖い目に合わされたにも関わらず、斎藤さんが気に入ったらしい。
男の子特有の、強い者への憧れなのだろうか。
そう言えば、雄太はちゃんばらごっこが好きだった事を思い出した。
どこで見たのか、しきりに棒を振り回して、孝太を追い掛け回して、思い切り叱った事もあったっけ・・・。
「ねえ、それ、本物?」
「ああ。」
「見せてー。」
「いや・・・、見せびらかすような物ではない。」
「いいじゃん、見せてよ。」
斎藤さんの気配が、一瞬で鋭くなった。
何事かと振り返ると、刀を背後に隠して睨みつける斎藤さんと、手を前に出して驚きに固まっている雄太。
「雄太・・・?斎藤さん・・・?」
「・・・すまない。」
「おっかあー!」
雄太が駆け寄ってきて腰に抱きつく様子を見て、斎藤さんが眉根を寄せて視線を伏せた。
背後に隠した刀を握る手に力が篭っている・・・。
「雄太・・・。」
私は、雄太を腰からはがして、目線を合わせて雄太の肩を掴んだ。
「刀なんか触る物じゃない。あれは斎藤さんの命なんだよ。あんたは自分の命、誰彼構わずに触らせるの?」
「いのち・・・?」
「そう。立派な武士の刀はね、その人と一心同体なんだ。自分の大事な物をそんな簡単に人に触らせたりなんか出来ない物なんだよ。」
「・・・意味わかんないよ。」
「分からなくても、斎藤さんの刀は触っちゃダメ。これだけ分かればいいから。」
「何でダメなの?」
「雄太・・・・・・。」
私は、雄太の肩を掴む手に力を込めて、真剣な眼差しで雄太を見つめた。
そんな簡単に刀を触らせるような人だったら、私は斎藤さんをここには連れて来て居ないよ・・・。
見れば分かる、彼がどんな武士だったのか、その魂の扱い方で、分かるんだよ・・・。
「刀は、人を斬る道具なの。おもちゃの刀や木の棒とは違うんだよ。あれで誰かに触れたら、相手が怪我をするんだ。あんたにはまだ早い。」
一生持ってもらいたくも無い・・・。
「いい、絶対に刀に触っちゃダメ。あれは斎藤さんの魂なんだからね。」
「・・・分からないよ。」
「触っちゃダメ。」
「・・・それは、分かったけど・・・。」
ぶつぶつと俯いて呟く雄太に微笑むと、私は雄太を抱きしめて頭をぐりぐりと撫でてあげた。
その様子を見て、斎藤さんが己の刀を隠した手を見つめ、瞳を揺らした。



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