とにもかくにも、早く我が家へ!!
平謝りに謝って、斎藤さんを結局我が家へと招待する事にした私たちは、後ろから着いてくる斎藤さんを振り向きつつ、振り向くたびに謝りつつ、家路を急いだ。
孝太ってば・・・、水をがぶ飲みするから・・・もう〜。
顔を前へと向けるたびに、眉間に皺が寄ってしまう。
全く、とんだ失態だ、もう。
子供だから仕方が無いけれど・・・、仮にも斎藤さんは武士・・・だと思う、井出達は洋装だけど、腰に刀を差してるし。
もしかしたら斎藤さんが怒って、斬られていたかもしれないのに。
あぁ、良かった、斎藤さんが怒ってすぐに斬るような人じゃなくて・・・。
すっかりと斎藤さんの腕の中で寝てしまっている孝太は、お漏らしをしてしまってもまだ起きる気配が無い。
肌の温もりの中で寝ているからだろうか・・・。
「斎藤さん、もう少しで着きますから。」
「・・・・・・。」
後ろを振り向いて告げると、斎藤さんが物言いたげな瞳でこちらを見つめてから、あたりをきょろきょろと見回し始めた。
そこは、木々の生い茂る林の中で、町への道はとうに反れている。
こんな所に家なんかあるのか?と言いたげな瞳。
多分。
斎藤さんの表情は変わらないから、読み取りづらい。
でも、みんなきっとそう思うだろうから、斎藤さんも人並みな感覚を持っているのなら、そう思うだろう。
「こんな場所が?って思いますよね。でも、こんな場所にあるんですよ。」
そう説明している私の前を歩く雄太が、目印を見つけて走り出した。
この先が家だ、と目印をつけておかなければ、林の中の風景はどこも代わり映えがせずにすぐに分からなくなってしまう。
これまでも、自分たちにしか分からない目印を追って歩いてきていたのだ。
雄太が走り寄ったのは、大きな木が四本ある間に提げられた御簾。
木と木の間に御簾を提げて、その周りに葉っぱを貼り付けただけの四角い空間だ。
天井にも御簾が張られている。
その上に葉っぱを沢山置いてあるのだけれど、雨の日は流石に雨漏りする。
改善の余地あり・・・。
「こ・・・・・・。」
斎藤さんが一語発しただけで固まった。
はい、そうですよね、そうでしょうとも。
だから本当は連れて来たくは無かったんです。
「これが、我が家です。」
落ち葉を敷き詰めた地面の上に御座を敷いてあるだけの床は、柔らかくて案外快適だ。
一応布団は普通のものを使っているし、箪笥代わりの蓋付きの籠なんかも用意されている。
真ん中には石で囲った、川沿いに作ったような竃もあるし、鍋や包丁など調理器具はきちんと揃っている。
広さも、江戸の一間の家よりはよっぽど広い。
難を言えば、隙間風と雨漏りが・・・。
改善の余地あり・・・。そのうちに、枯れ木とかで小屋みたいに作り変えたいと思っている。
冬になれば雪も降るだろうし、十月になってしまってから、大分寒くなってきた。
だから、本当は急ぎたいのだけれど・・・、なに分子連れなもので・・・。
あぁ、でも多分これは言い訳だな。
「・・・・・・では、送ったので、俺は失礼する。」
御簾の隙間に雄太が消え去ったのを見届けて、斎藤さんが畏まって告げた。
「・・・え?」
「この・・・、孝太だったか、と籠はどこに置けば良い?」
「斎藤さん!そんな格好では帰れませんよね!とりあえず、孝太と籠は家の中に!斎藤さんも入ってください!」
御簾を持ち上げて中へと招き入れると、斎藤さんがおずおずと入り込んできた。
去りたいのだろうけれど、外で孝太と籠を受け取ってもらえないならば、家の中に入って寝かせるしかない。
勿論、そのつもりで受け取らなかったのだけどね。
畳んで積み重ねてある布団を引っ張って床に敷くと、その上に将太を寝かせて、すぐに竃に火を起こした。
日が傾いてきている、少し肌寒さが気になるようになってきたし、夕飯の支度も必要だし。
そうしている私の後ろで、斎藤さんが孝太を同じように布団に寝かせようとしていた。
「待って!!」
思わず叫んだ私に、振り向いた斎藤さんが口元に人差し指を当てて、「しーっ。」と・・・。
斎藤さん、何だろう、その仕草にきゅんときてしまったんですけど・・・。
素で女をきゅんとさせる天才なんですか?
って、そうじゃないよ、自分!
「孝太の服を変えないと。濡れたままじゃ風邪をひいちゃう。」
「・・・そうか。」
呟く斎藤さんは、孝太を寝かせようとした姿勢のまま固まっている。
私を待っている・・・のかもしれない。
けれど、雄太がザリガニの場所を決めて鎮座させてから、籠の中から孝太の変えの服を持ってきてくれた。
「はい。」
斎藤さんに渡している。
「・・・・・・す、すまぬ。」
何故か謝りつつ受け取る斎藤さんの様子を探りながら竃の火を点け終えた私は、立ち上がってそのまま、斎藤さんの元へは行かずに籠の中から手ぬぐいを取り出した。
斎藤さんの視線が注がれているのが分かる。
さて、どうしたらいいのか、とても戸惑っている斎藤さんをどうしようか。
見ていて微笑ましいと言うか何と言うか、新米の父親を見ているようで、胸がくすぐられすぎて感覚が可笑しくなりそうですよ、もうっ。
「ちょっと待っててくださいね。今濡れ手ぬぐいを持っていきます。」
水がめから水を掬って手ぬぐいを濡らすと、少し火に当ててぬるくした。
ずっと、斎藤さんはその様子を伺っている。
雄太も、布団に座り込んで一緒になって伺ってくる。
って、そう言えば斎藤さんてば、籠背負ったままだし。
振り向いた私の目に飛び込んできた斎藤さんの格好を見て、思わずくすくす笑いが舞い戻ってきてしまった私に、斎藤さんが眉間に皺を寄せて唇を引き結んだ。
「あ、ご、ごめんなさいっ。悪気は無いの。でも、斎藤さんの姿が・・・、なんだか微笑ましくて。」
笑いながら近づく私へと孝太を差し出す斎藤さんは、きっと孝太を手渡してすぐにでも去って行きたいと思っているんだと思う。
でも、そんな事はさせません。
斎藤さんの腕の中で眠っている孝太をそのままにして着物を脱がせ始める私へと、斎藤さんが一瞬だけ瞳を開いて、観念したように吐息を漏らした。
「っふふ。ちょっと待ってくださいね。」
着物を脱がされて寒くなったのか、孝太が身じろぎをするのを、戸惑うように危なっかしい手つきで抱き続けている斎藤さんを見て、面白くて仕方が無い・・・って言うのは失礼なんだけど。
なんだか、真面目そうな表情が少しだけ崩れていて、馴染みやすくなった気がした。
急いで身体を拭いて着物を着せてあげると、やっと安心したのか、斎藤さんが孝太をベッドへと横たえて、肩から力を抜いた。
「あんたは・・・。」
「え?ごめんなさいね、手伝ってもらっちゃって。すごく助かりました。さ、次は斎藤さんですよ。」
そう言いながら斎藤さんの上着の包み釦を外しに掛かると、斎藤さんが一瞬固まって、私の手をガッと力強く掴んだ。



5/18
prev next


[ back ]





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -