山菜ときのこと水を背負ったまま、斎藤さんが孝太を抱いて歩いている。
その後を追いかけるように歩きながら、私は相変わらずくすくすと笑い続けていた。
時折斎藤さんが怪訝そうに後ろを振り向いて、何事かと目で訴えてくるのだけれど、それに首を振って何でもないと言い続ける私は、もしかして不審者?
でも、そんなこと構わない。
一期一会の出会いなんだし、不審者だと思われようとなんだろうと、可笑しいのだから仕方無い。
「おっかあ、そんなに笑って、どうしたんだ?」
鍋を大事そうに抱えて、時折水がこぼれないように慎重に歩みを遅らせる雄太が、こちらを見上げて首を傾げた。
「ん、だって、何だか可笑しいんだもん。」
「何が?」
「斎藤さんの格好。着物ならまだ笑わないで済むかもしれない。」
「着物?着てるじゃん。」
雄太が斎藤さんを指差そうとして、鍋を傾けた。
拍子に水が少しこぼれてしまったけれど、慌てて持ち直した事で、中のザリガニは何とか無事だ。
将太を抱きなおして雄太の鍋の持ち方を直す事を手伝いながら、斎藤さんを盗み見た。
どうやら、話は聞いているらしい。
仏頂面・・・?
ううん、違う、ほんの短い時間しか一緒に居なかったけれど、あまり表情が動かない人なだけなんだと思う。
まぁ・・・、太もも晒した時は流石に驚いた表情だったけど・・・。
「あのね、雄太。斎藤さんが着ているのは、洋装なの。着物じゃないの。」
「ようそうって、何だ?」
「雄太が着ている着物みたいに、帯で留めるんじゃなくて、何だって、あの、えっと・・・、こう、小さくて丸い・・・。」
「包み釦だ。」
「そうそう、包み釦っていうので、前身ごろを合わせるの。」
斎藤さんが、そっと助け舟を出してくれた。
やっぱり、聞いていたらしい。
「くるみぼたん?どれ?」
雄太が自分の着物を見下ろして探しているのを微笑ましく思いながら、首を振る私の横に、先を歩いていたはずの斎藤さんが戻ってきて並んだ。
「包み釦とは、これの事だ。」
そう指を指して示してくれる斎藤さんに近づいて、雄太が見上げている。
見えない事に気づいたようで、斎藤さんがしゃがみ込んでくれる。
背中の籠の中身は結構な重量になっているはずなのに、物ともしない動きに見とれながら、雄太がじっと包み釦を眺めているのを待っていた。
「でも、帯してるじゃん。」
「ぶっ!!」
雄太の指摘に、思わず吹いてしまった・・・。
そ、そっか、そうだよね、確かにね。
「これは、刀を差すための帯だ。服が脱げないようにする為のものではない。」
斎藤さんが至極真面目に答えてくれている。
私が吹いた事なんかなんのその。
斎藤さんて・・・、笑うことあるのかな・・・?
「よく分かんないよぉ。」
戸惑ったようにこちらを見上げてくる雄太に斎藤さんが浅く頷くと、頭を撫でてから立ち上がった。
「分からなくとも、問題は無かろう。」
「まぁ、そうですね。」
頷く私の下で、雄太がぷっくりと頬を膨らませた。
「帯無いって言ったじゃん。でも、それ帯があるじゃん。」
「そうだね、ごめんね。私の言い方が悪かったね。帯は洋装でもするんだって。」
「・・・すまぬ、これは刀を提げる故、必要な物なのだ・・・。」
「ようそうも、帯するんだな!?」
「うん、するする。」
「ああ。必要だ。」
「ほら、おれの言う事が正しいんじゃん!」
「そうだね。」
ふんっ、と鼻息荒く息を吐くと、納得したのかしていないのか、雄太が先を歩き出した。
斎藤さんと思わず顔を見合わせて、首を竦めてしまった。
小さい小さいと思っていても、立派な男なんだよね、雄太。
あんたのそうゆう所、本当におっかあは可愛くて仕方が無いんだよぉ。
慈しみを込めた瞳で見つめて、私も雄太の後を追うように歩き出した。
今度は、その後ろをついてくる斎藤さん。
顔を見合わせた時、何だか少し心が通じたような気がした。
ふと、瞳の緊張が薄れて、微笑んだような気がしたんだ。
胸がドキッとしちゃったのは、斎藤さんの顔が凄く整っていて、精悍なのに優しげな雰囲気もあるから・・・かな?
って、そんな男に気をとられてちゃぁいけませんね。
おっかあは、子育てに勤しまなければなんですよ。
「その・・・・・・、まる・・・。」
ふと、後ろから斎藤さんが声をかけてきた。
名前を呼ばれてドキリ・・・とか、嫌だよもう、斎藤さんの声ってば、私の好みなんだよねぇ。
・・・じゃなくて。
「はい?」
振り向いてみると、戸惑ったような斎藤さんの表情。
「ど、どうかしました!?何か・・・雄太の事なら気にしなくても・・・。」
とこちらも慌てて近づいてみると・・・、斎藤さんの上着の裾から、ぽたぽたと雫が・・・。
「・・・水?水こぼれちゃいましたか!?」
「・・・いや、恐らくは・・・。」
「恐らくは?」
水かと思って斎藤さんの背後に回りこもうとして、私は気づいた。
そう、気づいてしまったのよ。
斎藤さんの裾は、前側が濡れている。
孝太の着物の裾も、濡れている・・・・・・。
「ゴっ・・・・・・!!!ゴメンナサイ!!!」
孝太、孝太!!
やってしまったのね、やってしまいましたのね!!
「あ、洗います、洗わせてください!!もう、家がとんでもないとかそんな事でお見せするには恥ずかしいなんて言ってられませんです!!どうか、どうか我が家まで来てください!!もうもう、本当に、ゴメンナサイ!!!」
ただひたすらに謝り続ける私を、更に戸惑ったような斎藤さんが見つめ続けていた。
あぁ、ゴメンナサイ、謝ってる場合でもなく、すぐにでも洗って差し上げなければいけなかったのでございますですますです!!
が、激しく動揺中のわたくしめ、そんな事にも気が回りませんで、本当にごめんなさい。
とにかく、我が家へ来て下せぇ・・・。



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