小川沿いでの食事を終えて、子供たちを連れて去ろうとした私を引き止めたのは、斎藤さんだった。
「え・・・、いえ、大丈夫なんですけど・・・。」
戸惑いを滲ませた笑顔でやんわりと断ったのだけれど、斎藤さんは頑として譲らなかった。
曰く、「このような場所、いつ何時何があるか分かったものではない。食事のお礼に、家まで送ろう。」と・・・。
いや、家まで送られるの、とっても困るんだけど・・・。
子供たちが散らかして汚いとか、そういう問題ではない。
家を知られたくない、単純な理由だと言うのに、斎藤さんてば、女の気持ちに疎い・・・?
「ここまでだって平気だったんだし、いつも来てるけど何にも無いんですよ。だから、何も家まで送ってくれなくても・・・。」
「いや、町までは少し離れている。子供たちも遊びつかれているのだろう?」
そう言う斎藤さんの視線は、眠ってしまっている将太と頭をカクンカクンと落として寝入りそうな孝太を捉えている。
「ん〜、将太は雄太が抱いてくれるから。」
「俺、平気だぞ。」
釣ったザリガニを鍋に入れて大事そうに抱えている雄太が元気良く言うけれど、斎藤さんはあえて嫌な事を指摘した。
「孝太を抱くと言うことは、その鍋を置いて帰るという事だ。」
「え?」
「いくら籠の中に鍋を入れてしまうからと言っても、歩いているうちに水は零れるだろう。」
「ザリガニは水が無くても多少平気です。」
「他にも色々と籠の中には入っているのだろう?ザリガニが潰れないとも限らない。」
「うっ・・・げ。」
ザリガニが潰れている、それは悲惨だ、見たくない・・・。
海老とザリガニは違う、すり身にしてどうこうという問題ではない。
「おっかあ!俺のザリガニ、持って帰れないのか!?」
炙ったイカがふやけた頃にやっと釣れた一匹だ、連れたときのはしゃぎようを考えると、ダメだとは言えないし・・・。
「なら、将太を籠に入れちゃいますから。」
「流石にそれは無理だと思うが・・・。」
大き目の籠、だけど確かに将太は入らない。
くそぅ、何で見逃してくれないんだろう・・・、とんだ拾い物をしてしまった気分。
どうしても町まで送りたいらしい。
「お礼なんか要らないですよ。借りはすぐに返したいという考えの持ち主なんですか?」
「いや、すぐに返したいとか、そういう問題ではない。ここにもじきに・・・・・・いや、何が来るか分かったものではないと言っているのだ。」
自分が倒れていた場所を視線だけで探った斎藤さんが、ふっと息を吐き出した。
溜息ではない、前髪で隠れた瞳が揺れて、一瞬だけ口元が歪んだ。
「俺が傍に居たほうが、危険かもしれぬな。」
右差しの刀の柄にそっと触れて独り言を呟いた斎藤さんの、その手の上にそっと手を乗せてみた。
細い・・・、だけどしっかりと使い込まれている、無駄な肉が無い手の感触がする。
と、視線を感じて斎藤さんの手から目を離して斎藤さんを見上げると、驚いたように瞳を見開いてこちらを見下ろしていた。
「・・・あ、ご、ごめんなさいね。思わず触っちゃった。悪気は無いの。」
あらやだ、おほほ!と口元に手を当てて笑いながら、斎藤さんに触れた手を振って誤魔化したけれど、斎藤さんはじ・・・としばらくこちらを見つめて、ふっと肩の力を抜いた。
「籠を貸せ。俺が背負う。」
「だからっ、送ってくれなくていいから!」
「どうせ俺も移動する。送るのではなく同行なら、どうだ?」
どうしても一緒に行くと言う斎藤さんに、結局押し負けた。
はぁ、私も甘くなったなぁ・・・。
降参・・・。
両手の平を空へと向けて挙げてみせて、こくりと頷いた。
「途中まで、一緒に帰りましょう。途中までね。」
「ああ。」
表情を緩めた斎藤さんが、返事と同時に背後へと回ってくる。
思わず警戒して全身を針のように尖らせてしまったけれど、斎藤さんは籠を私の肩から下ろしただけだった。
いつもの癖で、背後に回る人を警戒してしまったけれど・・・・・・、変に思われて居なければ、いいな・・・。
「随分と重いな。」
気まずさに顔を顰めて、雄太と顔を見合わせていた私の背後から、斎藤さんの声が静かに聞こえてきた。
「重い?その籠ですか?」
「ああ。」
「採った山菜と、お水が入っているだけですよ。」
「水か、そうか。」
「ここの小川の水、凄く綺麗でおいしいんです。だから、わざわざここまで来るんです。ねぇ、雄太。」
「うん。」
背後を振り向いて斎藤さんの背中に背負われている籠を見て、何だかおかしくてニヤニヤしてしまった。
だって、斎藤さんってぱすっごく真面目な顔をしているのに、大きな籠を背負って・・・。
洋装と合ってない!
背中に背負う籠だろうと、手提げの籠だろうと、絶対に着物で持つべきものだよ。
洋装ならば・・・、どんな手提げが合うのかな?
とにかく、それはあってない!
「何ゆえ、そのように笑っている?」
自分に向けられているニヤニヤ笑いを怪訝そうに伺いながら問いかけてくる斎藤さんの口調が、更に合っていない!と思って、ニヤニヤからくすくす笑いへと変わってしまい、斎藤さんが更に憮然とした表情になってしまった。
「あ、ごめんね、悪気は無いの。ただ・・・、斎藤さん、そういうの似合わない!」
「・・・そうか。」
笑いの理由が分かった事で納得したのか、斎藤さんは一度浅く頷いただけで、コクリと舟をこいでいる孝太を抱き上げた。
怒らないの?
笑われたら怒るのが普通なのに?
「何をしている、帰るのだろう?」
「あ、はいはい、帰りまーす。」
慌てて自分も将太を抱き上げて、雄太を隣に沿わせて歩き出した。
私の家に帰るって言うのに、斎藤さんは先を歩いている。
どこに帰るのか知らないのにね。
町じゃ、無いんだけどねぇ、私の家。
・・・ま、途中までは一緒だから、いっかぁ。
それにしても・・・・・・。
真面目な顔して、籠背負って子供抱いて洋装着て・・・、すごく合わない!!
斎藤さんて、そうゆう人だったの!?
何だかすんごく、何だろう・・・、親近感が湧いちゃうのは、所帯じみた格好のせいなのかな。




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