鍋が湧いてきて、ぐらぐらと煮立ってきたから、火から下ろして味噌を入れて溶いて。
よし、これで完成〜。
我ながら、この生活も随分と板についてきたな。
ってまぁ、あんまり変わらないんだけどね。
背後で今度はトンボを追いかけてよたよたと歩いている将太と、一緒に追いかけて足取り軽く走り回っている孝太が遠くまで行かないように目を光らせつつ、雄太へと視線を向けて、私は驚いて立ち上がった。
「雄太!?」
小川沿いに雄太が居ない!!
「雄太!遠くに行かないでって言ったでしょ!」
辺りに視線を向けるけれど、生い茂る草が雄太を隠してしまっているのか、見当たらない。
「雄太!?」
「おっかあ、こっちだ!」
草の上で、ひらひらと揺れている細い棒がある。
作ってあげた竹竿らしい。
「雄太!」
急いで駆け寄る私の耳に、雄太の暢気な声が聞こえてくる。
「おっかあ!人が死んでる!」
「・・・・・・は!?」
「ここー。」
「・・・え!!?」
ちょっ、やだやめてよ!
人が死んでるとか、どんな死に方!?
雄太が見て泣かないような死に方って事!?
とにかく、あんまり子供に見せたくない物には変わりが無い。
あんな・・・、死んだ人だらけの戦場なんか絶対にこの子たちには見せられない・・・。
だから、あの生活から抜け出したのに・・・!
「雄太!!」
見つけ出した雄太に駆け寄って抱き寄せて、雄太の足元に倒れている死体を見下ろした。
洋装に身を包んで、腰に刀を差しているその人物は、長い前髪で顔を覆い隠してぐったりと横たわっている。
外傷が見当たらないので、本当に死んでいるのか判断がつかない・・・。
良かった・・・、残酷な死に方じゃない・・・。
自分を追いかけてきた孝太と将太が、背後から抱きついてくる。
私は恐る恐るその死体の胸に手を当てた。
「・・・死んでないじゃん。」
瞳をぱちぱちと瞬いて、腕に包んだ雄太を解放して見下ろすと、雄太も瞳を瞬いて首を傾げた。
「死んでないのか?」
「死んでないよ。ほら、胸に手を当ててごらん。ドクンドクン言うから。」
「ふぅん。」
雄太が興味津々に倒れている人物の傍にしゃがみ込んで、手を高く掲げてから思い切り振り下ろした。
「雄太?」
叩く勢いで振り下ろされた雄太の小さな手が、突然何かに包まれた。
何か、じゃない。
それまで倒れていた人物が、突然起き上がって雄太の手を掴んで地に押し付けたのだ!!
「うわあああっ!!」
ころん・・・と簡単に転がった雄太が悲鳴を上げてから、泣き叫ぶ。
私は裾を捲くって太ももに手を当てて・・・・・・っ!!
そ、そうだ・・・、もうここに無いんだった!!
「・・・子供?」
低く伺うような声がして、こちらを振り返った人物。
その動作は一連の流れの中に、一瞬に起こった。
雄太を確認して、呟いてからこちらを振り返った相手と、私が立ち上がりながら一歩を引いて、孝太と将太を背後に隠して太ももを探った流れが同時に起こり・・・。
相手の顔が一気に赤く染まった。
それまでの青白く死んだような顔色が信じられないくらいだ。
相手の視線が、自分の足元に釘付けになっている事に気づいて、私も自分の足元を見下ろした。
「・・・・・・あ!!」
慌てて手を放して裾を直すと、相手が気づいたように視線を逸らして、雄太から手を離した。
しまった・・・、太もも、思い切り見せちゃった・・・。
「・・・・・・すまない。」
小さく呟き、ゆらりとよろけながら立ち上がった、細身のその人物が、無防備に背中を向けて立ち去ろうとする。
「雄太!大丈夫?」
相手から視線を逸らさずに雄太に駆け寄って抱き起こすと、泣き声は落ち着いたけれど未だにしゃくり上げている。
「ねえ!」
去ろうとする相手に、思わず声をかけてしまった・・・。
「・・・もう、謝ったはずだが。」
こちらを振り返らずに、刀に手をかけたまま返事をする相手に、敵意が無いことが分かった。
女子供には手を出さないような人・・・なんだと思う。
雄太を子供だと確認した途端に手を放してくれたし、私を見て殺気を消した。
・・・いや、多分太ももに毒気を抜かれたのかもしれない。
って、こんな場面で太もも見せてるって、どんなよ!
うわ、改めて声をかけるんじゃなかったかも・・・!
でも・・・でもぉ・・・!
「名前は?」
「・・・・・・。」
「何で倒れてたの?」
「・・・・・・。」
「お腹空いてない?私、倒れてる子供を拾うのが好きなんだけど、拾ってあげようか?」
「・・・は?」
「面倒まではみないけど、今食べる分くらいは、あるよ。」
「・・・・・・。」
「あ、私はまる。さっき倒されたこの子が雄太で、こっちが孝太、その一番小さいのが将太。」
将太が、相手に向かってよたよたと歩いて、足に抱きついた。
多分、将太が近づいている事は気づいていただろうけれど、避けずにいてくれた。
何だろう・・・、悪い人には思えないんだよね。
何でこんな所で倒れていたのかは分からないけど。
「お腹空いていないなら、別にいいんだけど。」
そう言う私を振り返って、相手が驚きに満ちた瞳を向けてくる。
長い前髪が邪魔をして表情を半分消してしまっているけれど、多分、驚いている。
「ね、名前は?」
「・・・・・・斎藤。」
「斎藤さん?こっちにおいで。一人分くらい、余分にあるから、大丈夫だよ。さっき魚いっぱい獲ったし。ね。」
「うん。てつだったもんねー。」
「ねー。」
大分落ち着いた雄太を地に下ろして、三人で先に歩き始めると、背後から人がついてくる気配がする。
名乗ったという事は、多分お呼ばれする意思があると、伝えてきたんだろう。
少しだけ振り返ると、将太が短い小さな手を挙げて、斎藤さんと手を繋ごうとしているのが見えた。
戸惑いながらも、それを受け入れている斎藤さんを見て、私はきちんと振り向いて微笑んだ。
斎藤さんの視線が彷徨ってから、伏せられた。




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