「この間言っていた食事の件ですが…いつなら都合が、よろしいです、か…っと」
わたしは連絡先をもらったその日の夜、早速山口さんにメールを打っていた。
あぁでもないこうでもない、淡白すぎるとかガンガン行きすぎだとか。
たった一通のメールを送るだけだというのにこんなに考えてしまうのは、わたしはやっぱり彼に…
(一目惚れなんて柄じゃないんだけどなぁ)
そんなことを思いながら、何度も文章を打っては消して打っては消して。
そうしてようやく完成した文章は
『桜庭まるです。この間言っていた食事の件ですが、いつなら都合がよろしいですか?』
うん、なんとも事務的な文章に仕上がってしまった。
だけど、メールで好感を上げる必要なんてないんだし。
そう思ったわたしは、ドキドキしながら送信ボタンをピッと押す。
返事ちゃんと来るかな…。
「える、おー、ぶい、いー、は・じ・め!!!フォーーー!!!はじめカッコいい!!!」
「?!」
メールを送ってまるで恋する乙女のようにしっとりした気持ちになっていたわたしは、色気の欠片もないそんな掛け声にびっくりして思わず携帯を床に落としそうになった。
そうだ、忘れていた。
わたし、今、リビングでメール打ってたんだ。
社会人になったからと言って無理に一人暮らしをする必要はないでしょうと思うわたしは、未だに実家暮らしで親の脛を齧っている。
いや、生活費は入れているわけだし、脛齧りというのは自分を卑下しすぎだな、うん。
まぁ、そんなわけだから、今の下品な掛け声は同じく実家で暮らしている高校生の妹のもので。
だけどわたしが驚いたのは掛け声の大きさもあるけど、それだけじゃない。
その掛け声の内容に吃驚したのだ。
「ちょっと、あんた。はじめって、誰?」
「んあ?お姉ちゃん、もしかして"新選組"知らないの?!」
「"新選組"?」
新選組って、あれでしょ?
幕末の時代に京都の治安を守っていた組織…よく分からないけど。
「今大人気のアイドルグループだよ!土方歳三に原田左之助、沖田総司に藤堂平助に永倉新八…それから、わたしのイチオシはなんと言っても斎藤一!!」
あの程よい身長と無口なところがたまらんですなぁ、ハァハァ。
うちの残念な妹はそんなことを言いながらテレビ画面に釘付けになっている。
だけどわたしは、この後すぐにもっと吃驚することになったのだ。
だって…妹が見ているテレビ画面には…
『斎藤さん、好みの女性のタイプは?』
『……タイプというものは特別ないですが、強いて言うのなら、人の外見より中身をよく見ていて、己の意見をしっかりと持っているような女性に惹かれます』
司会のアナウンサーに質問されて、真面目な表情でそう答えている…
彼の姿がそこにあったのだから。
そっか…わたしが彼のことをどこかで見たことがあると思ったのは、テレビで彼のことを見たことがあったからなんだ。
ピロリロリン〜
[明後日ならば空いている。それ以降だと一ヶ月以上後になってしまう]
そんなメールが彼から帰って来たのは、生放送のテレビ番組が終わってから一時間後のことだった。
まだ山口さんが、"新選組"の斎藤一本人だと決まったわけではないけれど。
もし本当にそうだとしたら、わたしはどうするべきなんだろうって。
その日の夜はずっとそんなことを考えていた。
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