▼三周年記念リクエスト企画小説 | ナノ


籍を入れて半年、「土方」の名字もなんとなく馴染んで来た私は前にもまして仕事が忙しくなって休日出勤なんてざらで多忙な日々を過ごしていた。

只救いは同じ職場、余程のことがないかぎり出社と退社は一緒なことだった。

最近まともに話してないな、そんなことを考えると焦りのような気持ちで落ち込むようになった私は新婚らしくない日々を過ごしていた。






彼のWORST DAY










「トシさん…出来たみたい」

「…何がだよ」

「…」

何がって、夫婦になってすることしてたら出来たと言ったら答えは一つしかないんじゃないかと思うんだけど。

…ってそう言えば最近多忙でご無沙汰だったな。
仕事が立て込んでそんな暇はなかったっていうのもあったけど少しでも体調が優れないと今度こそ出来たんじゃないかってすごい期待しているトシさんが…

重い。

重いってもんじゃないのよ。
あのあからさまにガッカリするあなたを見て私だって望んで無いわけではないんだから毎回違うの、と否定の言葉を口にする私の気持ちも考えて欲しい。
彼の子供がほしいと言う気持ちを重く感じることにも罪悪感が抜けず、身体を重ねることも多忙で疲れたと理由に断ることが多かった。
やることやってなければ出来たかなんて問われることも、違うと言わなければいけないと気負いすることもない。
自分から仕向けたことなのに私が言った言葉なんか別段興味もないといったように、いつもと変りなく靴を履いているトシさんの後姿に後悔する日が来るなんて。

「、間違いだろ。最近やってねーし、誰の子だよ」

そう言ってパンプスを履こうとした私を一瞥するとドアを開けて出ていってしまった。

…、なんなの、
あんなに欲しがってたのにもっと、こう…何て言うか喜んでくれると思ってたのに。
確かに忙しいし避けていたけれどあんた以外となんてやってないわよ、
心で悪態を付くのがやっとで目頭が熱くなる、妊娠を告げたのに喜んでもらえない所か疑われた、惨めだ。
全くやっていないわけじゃないじゃない。
生理が遅れて二週間、確かに前回そういうことをしたのは二週間以上前でそれだって随分ご無沙汰なものだったけど。
あー、トシさんがあんな態度だから胸の辺りがモヤモヤとして気持ち悪くなってきちゃったじゃないよ。
最近する胸焼けを感じながら悪阻が始まったら仕事も辛くなると全部今のトシさんの態度の所為だと決め込んで仕事に遅れては大変だと悶々とする気持ちのまま玄関のドアを開けた。




「おい、なまえ。ここが違う。何度言ったら分かるんだ」

「…」

「聞いてんのか!」

「はい。すみません、」

腕を組んで座っているトシさんから不貞腐れたように反らした視線のまま謝った。
朝のトシさんとのやり取りを根に持っていた私は公私混同もいいところだけれど不貞腐れた態度を改めるべきだと頭ではわかっているのに気持ちが着いて行かないんだ。
最近大人の対応、とやらが出来なくて何かと感情的になってしまう自分に戸惑っていた。
まあ元から勝ち気な性格だけどトシさんにはもっとこう、可愛いい態度も出来ていたと思うんだけど。
自分で可愛い態度とか笑っちゃうけどそれなりに素直に甘えたり、喧嘩腰にならないように思いやりを持って接することが出来たはずなのに。
彼のデスクに置かれた書類を手に取ろうとしたら腕を掴まれて思いっきり睨んで振り払った私に「てめぇ…」と低い声を出した彼なんかお構いなしに席へとついた。


「ちょっと、どうしたのさ」

「どうもしませんよ」

やってしまった。
反省半分、トシさんのせいなんだからねと勝気な気持ち半分といった感じでやはりどうにも上手く感情のコントロールの出来なかった自分に溜息を吐くと、目の前の席の沖田さんがペン立ての横から覗いてきて彼には珍しく声を潜めて聞いてきた。
気を使うとかできるんだ、と的外れなことを思っていると、

「何でもいいけどさ。土方さんの機嫌損ねるととばっちりくるのはこっちなんだからね」

「あーあ、ほら」と溜め息を吐きながら後ろを向いた沖田さん。
書類を持っていった藤堂君がさっそく餌食となっていた。
あちゃーごめんね、藤堂君。

「でもさ、本当どーしたの?あんなにウザったいぐらい仲良かったのに。最近険悪じゃない?僕が聞いてあげようか?」

私を心配して言ってるんじゃないことは目の前の彼の瞳が好奇心で黙ってられませんと言っているようにキラッキラッしていることでわかる…
分かるけどさ、もう少し隠してもいいんじゃないでしょうか、沖田さん。
目は口ほどにものを言うとは言うけど分かりやすいったらありゃしないわ。
どうせなにかトシさんをイジるネタがないかと詮索をかけているんだろう。
物好きな人だ。
まともに相手にしてもこっちが疲れるだけだと「結構です」と目線をパソコンの画面へ向けて言うとつまんなーい、なんて間延びした声がした。
あなたを楽しませるネタなんてないわ。
いらっとしてしまう気持ちを落ち着けるように目の前の仕事に集中した。

それから大きなミスもなくひと段落した私は時計がもうすぐ三時を差そうとしていることに気付いて席を立った。
お盆を出してマグカップを出そうとしていると給湯室のドアが開いた。

「なまえさん、お手伝いします」

「あ、千鶴ちゃん。ありがとう」

にこっと可愛らしい笑みで顔を出した千鶴ちゃんは私の隣に立つとコーヒーの瓶を持った。
働き始めはまだトシさんに気持ちがあるんじゃないかと勘違いして気まずかったけど今では女子は私と千鶴ちゃんだけなのもあって随分仲良くさせてもらっている。

「あ、そうだ。お土産あるんです」

そういうとあらかじめ作業台の隅に置いておいたのだろう某テーマパークのキャラが書かれた可愛らしい缶に手を伸ばした。

「行ってきたんだ」

「はい、彼の誕生日だったんで。あ、なまえさんには別にお土産あるので後で渡しますね」

いつもの倍くらい眩しく微笑む千鶴ちゃんの幸せ全開オーラを纏った笑顔に胸の奥が燻るのに気づかないふりをしてお礼を言った。
トシさんなんて混むところは嫌いだから連れて行ってもらったことなんてないし、それが分かっているからお願いしたこともない。
千鶴ちゃんなら可愛くておねだりするのかな、彼女が上目使いなんてしながらお願いしたら凄まじい破壊力だろうな、そんな可愛げ微塵もあわせ持っていない私は同じ女として凄まじい敗北感で肩を落とした。
う、羨ましい。

「沢山入っているからおひとつどーぞ」

そういって缶を差し出されて一つ貰うと千鶴ちゃんも一粒口に頬張ってから湧けたお湯を注いで第一弾、いってきまーす!と元気に出て行った。
残りを持って行かなきゃなと包みから出したチョコレートを口に含んで噛んでいると胸からせり上がってくる感覚にうっとなって口の中で溶けたそれを流しに吐き出した。
口を漱いでも一向に胸のムカつきは治まらないし少し目眩なんかもしてしまって、しゃがみ込むと後ろのドアが開いた。
千鶴ちゃん戻ってきちゃったのかな、心配させちゃうと思うのに上手く力が入らなくて立ち上がることが出来ない。

「なまえ?!どうしたんだよ!」

吃驚したのか上ずった声で駆け寄ってきたのは左之だった。

「ちょっと眩暈がしてね」

気持ち悪いなんて言って変に感づかれても嫌だったからそれは伏せて説明すると覗いて来た左之は顔を顰めた。

「アレか?すげぇ顔色だぞ」

「え?あ、…うん」

「…なに照れてるんだよ」

「いや…」

柄にもなく照れてしまったことを悟られて目が泳ぐとくくっと笑った左之につられて笑ってしまった。

「コーヒーだよね、今もっていくから」

そう言うと手で制され立ち上がれなかった私は目の前にしゃがんだ左之を見た。

「ぶっ倒れそうな顔色してんぞ?休んで来いよ、土方さんには言っといてやんから」

頭をぽんぽんとした左之はちゃんと休むんだぞと言ってお盆を持って出て行ってしまった。
勤務時間中に休憩することに抵抗もあるけれど何かきっかけがあれば吐いてしまいそうな今の状態で左之の申し出は有難くて立ち上がると資料室を目指してのろのろと歩き出した。


転がっていても一向に良くなる気配がなくてトイレに駆け込んで胃の中身を空っぽにしたにも関わらず、ムカムカは取れてはくれないことに焦りを感じていた。
至急のものは片付け終えていたから私が抜けても問題は然程ないとは思うけど…
思い通りに体がいかない事に本当に妊娠しているんだと実感して嬉しくなると同時に今朝のトシさんの言葉を思い出して目頭が熱くなった。
体調が優れなくて生理も遅れていたことから期待しないように試してみた検査薬が陽性を示していてすぐにでもトシさんに報告したかったけど病院に行って確実になってからの方がいいのかと考えあぐねていたら言うタイミングを逃してしまっていた。
でもよくよく考えてもみれば検査薬の箱には99パーセントと書いてあるし期待させて違いましたってこともないだろうと今朝勇気を出して報告したのに…
あんな言い方ありえない…
目尻から流れた涙が耳の方まで流れて気持ち悪さを感じて拭うと腕を目の上に置いて濡れた目元を隠した。


「…起きてるか」

ドアが開くと私しかいなかった静かな空間に響いた声。
大好きな落ち着くその声に眉が寄ったのを感じた。
職場で二人きりになるなんてあまりないから嬉しくて胸の高鳴りを隠しながら返事をするはずなのに、
今は話したくない。
腕を顔に乗せといて良かったと思いながら寝たふりを決め込んで返事をしないと傍に気配を感じて頭を心地よく撫でたトシさんの手。
それからすぐ部屋から出て行ったのを感じ取って顔から腕を退けた。
心配してきてくれたのは分かっているのに素直になれない自分に腹が立って仕方ない。
だけど今朝の”誰の子だよ”発言がどうしても許せなかったんだもん。
トシさんだっていけないんだから、と責任転嫁していると重くなってきた瞼を必死に押し上げようとして失敗したんだと気付いたのは終業時間になって左之に起こされてからのことだった。
トシさんは外回りに出てしまっていたようで遅くなるからと送るように頼まれた左之に送ってもらって家まで帰ってきた。



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