▼三周年記念リクエスト企画小説 | ナノ


庭で楽しそうに遊ぶ桜は桃色の着物を纏って無邪気に笑っている。
縁側に座ってその姿を眺めながら慈しむように目を細めて幸せそうに微笑んでいたなまえは照りつける太陽の日差しが強くなってきた近頃に汗ばむ額を手拭いで拭った。
大きくせり出して重くなった腹を優しく撫でながら。






二人の母と妻なる器







「かあさま!」

にこにこと嬉しそうに駆け寄ってきた桜はぐうにしていた手をなまえの膝の前でそっと開けてにかっと笑った。
そこにはだんご虫が4匹。

「わあっ!桜、たくさん」

「すごいー?」

「うん、すごーい」

「これ、とおさまでしょー、かあさまでしょー、さくらでしょー、あと、あかちゃん!」

そう言って小さな手にのっただんご虫を指差して嬉しそうにしている桜の頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた。

「あかちゃんまだうまれないー?」

そう言ってだんご虫がいない方の小さな手でせりだした腹を触ってきた。
毎日この質問をしてはまだだと言う返答に早く会いたいと言う桜は姉になることを心待にしているようで安堵する気持ちと複雑な気持ちが交じり合い乱れる気持ちを隠すように桜に微笑んだなまえ。

「もうすぐかな。桜が毎日お腹に話しかけてくれるからきっと赤ちゃんも桜に会うのが楽しみだよ」

「うん!」

桜はそう言うと手に持っただんご虫を縁側したの隅の方へと逃がしてやると腰かけていたなまえの隣へとひょいと登って腰かけた。
ぱんぱんと小さな両の手をはたいて懐へと突っ込むとお手玉を取り出しなまえを見上げてにっこりと笑った。



庭で駆けずり回りお手玉で遊んで疲れたのか寝てしまった桜を布団に運んでぱたぱたと団扇で風を送りながら日が傾いた中庭を見つめていたなまえは視線を其処から桜へと向けた。
手を止めて団扇を置くと汗で張り付いた額の前髪を手拭いで拭いてその存在を確かめるように優しく撫でながら自分の腹に視線を下げた。
其処は存在を主張するように随分と出っ張っていた。近日中には産まれてくるだろうと言われてやっと会えると嬉しい反面桜と分け隔てなく愛せるのかと今更ながら不安を感じていた。
勿論桜は愛しい
その気持ちに偽りの欠片も無いと自信を持って言うことは出来る。
けれど腹を痛めて産んだことのない自分が己の腹を痛めて産んだ子と分け隔つ気持ちが芽生えてしまったら…
そんなことになるぐらいならば…と産むことへの戸惑いをこんな間際に感じてしまうことに腹の子にも後ろめたい気持ちで胸が痛くて申し訳なくなる。

目頭がジンと熱くなって桜を撫でていた手と反対の手をぎゅっと握ると同時に「ただいま
」と愛しい人の声が聞こえた。

考えていたからだろうか沖田の気配を感じ取れなかったなまえは障子から顔を出した沖田に涙で潤んだ瞳を悟られないようにと視線を逸らしながら「おかえりなさい」と口にした。

「…どうかした?」

「、いいえなんでもないですよ」

「涙目、」

「あ、欠伸したからです」

隣に腰を下ろした沖田に必死に言い訳を考えたなまえがそう口にした。
あながち嘘でも無いのだ。
出産が近づき夜半も何度も起きるようになって四六時中欠伸が出るなまえの言い訳に納得したのだろうか「そっか」と口にして転がると正座しているなまえの膝へと頭を預けた。

「総司さん、」

「ん、」

なまえが呼びかければ自然と視線が交わり心に安らぎを感じたなまえは栗毛色の髪を優しく撫でた。
気持ち良さそうに双眸を細めた沖田に彼もまた自分と同じように安らぎを感じてくれて居ればうれしい。
上に向けていた顔を横に向けて体を捩った沖田は腹に頬を付けるようにしながら両手を腰に回した。

「総司さんこそどうしたんですか、最近甘えん坊です」

「…僕に甘えん坊とかお仕置きされたいの?」

「またそんなことを」

なまえの問いに一瞬だけ動揺の色をした瞳を隠すように目を細めて微笑んだ沖田に複雑になる胸の内を隠してなまえもまた微笑んだ。

「さあ夕餉の準備をしないと」

「もうちょっと」

そう言って腰に回した腕に加減をしながらも力を込めた沖田の表情は大きくせり出た腹に埋めている所為で伺い見ることはできないけれど、最近暇さえあればこの様にくっついてくるのだ。
触れてくるのは何時ものことだが何かにすがるように隠しきれていない不安そうな姿が気になっていたなまえは、ただ優しくその背中を撫でていた。

その後もなかなか離してくれず寝息をたて始めた沖田を起こさないよう膝から頭を下ろすと、夕餉の支度をして何時ものにぎやかな時間を無事終えた。


夜半になって静まりかえる室内になかなか寝付くことの出来なかったなまえは両隣から聞こえだした規則正しい寝息が幸せな気持ちにさせてくれた。


「夕方寝たのによく寝れる」

布団で寝ていたなまえは月明かりが障子を照らしてぼんやりと明るい室内でくすり笑うと自分の体を抱いている沖田を仰ぎ見た。
閉ざされた双眸には長い睫毛が掛かって翡翠の綺麗な瞳は見えない。
昼間も気になったが不安げに揺れている瞳に気付くと居てもたってもいられなくなって確信を突こうとすればかわされてしまうことへ焦りとも何とも言えない気持ちに支配されていた。
沖田を支えるだけの器がないのだと言われているようで…
夫婦なのだから何かあるのならば力になりたい、支えたいと思うのにと寝息を立てる頬に手を添えて少しでも気持ちが安らぎますようにと願いを込めてから沖田の腕から抜けて隣の桜に布団を掛けなおしてから部屋を出た。

夕方からなんとなく腹が重く便秘ぎみだからなのかと何度目かになる厠へと行こうと廊下へ出てから乾いた喉に気付き、勝手場に行こうと廊下を歩いていると居間から漏れ出る灯りと話し声が聞こえてきた。
まだ飲んでいたのだろう永倉の大きな声に微かに聞こえるのは原田のもの。
斎藤はいるのかと思案して酒を飲んだ永倉に絡まれたら長くなるなと思ったなまえは、足音を立てまいと気配を消して部屋の前を通ろうしたが沖田の話をしているのが分かると立ち聞きはいけないと思いながらも「千鶴」という二字に自然と足が止まってしまった。

「総司、最近不安定だよな」

「あぁ、なまえのお産が近いからな。仕方なかろう、」

「そうだよな、千鶴は桜を産んで死んじまったからな。なまえとは違うと分かっていても怖いんだろうよ」

そこまで聞いてそっと来た道を引き返して自室に戻る気が起きずに障子戸は開けず縁側へ腰を下ろした。
千鶴と自分を重ねていたのかと衝撃を受けるというよりもやはりと納得した気持ちの方が大きかった。
お産が近づけば近づくほど不安げに揺れる瞳の奥に薄々感じていた。
大事な人を亡くしたのだ、同じ境遇にもうすぐなろうとしているなまえに不安を感じるのは致し方ない事で…
仕方のない事だと頭では理解しているが自分を見ながら千鶴を見て居たことに亡くなった人に妬いても仕方がない事もわかっていながらも胸が疼いて仕方がない。
目頭がじんと熱くなると励ますようにぐぃっと腹の内側から抉るように力強く感じた胎動に目を見開くと手を当てて頷いた。
沖田に二度と辛い想いをさせないことが今の自分に出来ることなのだ、命を懸けて産むけれど絶対に沖田と…桜と…赤ん坊を置いて行くことはしないと心に強く誓った。

「寝れないの?」

背に掛けられた言葉に振り向くと少し着崩れた着流しの沖田が立っていた。


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