▼三周年記念リクエスト企画小説 | ナノ


見ず知らずの大して話したことなんてない人の顔が頭から離れない。

何時も眉間に皺を寄せ怒っているんじゃないかと、否、絶対怒っているとしか考えられない綺麗に整ったその顔が頭から離れてくれないんだ。





気になる正体







「あ、すみませんっ!」
肩ぐらい当たったぐらいなら皆何もなかったように過ぎていく空間、朝の通勤ラッシュ真っ只中の構内。
そう、少し位当たったり足踏みつけてしまったりはあるあるの戦いの場の空間に、人波に押されながら通路からでた私は、どんっと身体半分以上が当たってしまった所為で抱き止められる形となってしまった。
うん、抱きとめられちゃうのはアウト、完全アウトですよね。
無視して無かったことにもできず謝らないわけにもいかないと、目の前にいっぱいにネクタイが広がって煙草の匂いまでした距離はかなり近くて、パニックになりそうな頭で慌てて謝って一歩下がろうとしたけれど、朝の通勤ラッシュの人波のせいで離れられなかった。

困惑した私は恐る恐る見上げるとめちゃくちゃ眉間に皺のよった怖い顔をした……

でも切れ長の目に鼻筋が通った綺麗な顔立ちをした男の人が私を見下ろしてチッと舌打ちしてから何もなかったように歩いていってしまった。
後ろ姿まできれいだな、なんてぼんやり見ていた私はそんなことより遅れちゃう!と人込みに紛れた彼が進んだ方向へと小走りに進んだ。

……というか、あの人舌打ちしたよね、謝ってるのに舌打ちとはなんだよ、と今更ながらイラッとした気持ちも抱えて会社へと向かった私だったけれど、その日の終業時間になるころにはすっかり朝の眉間の皺の彼の事など忘れていた。



「ご、ごめんなさいっ!」
あれ、焦ってこんな謝罪の言葉を吐いたな、つい最近。
否、昨日の朝か。
なんて冷静に思いながらも項垂れた私は、もう目の前の人を見る勇気もない。
通勤の人の波に押されてやってしまったのだ、通路から出てまた誰かに抱き止められる形になってしまっている。
もう都会には向いてないんだ、本当にごめんなさいどんくさくてと、思うと鼻についた煙草の匂い。
まさか昨日の、と思うと少し早くなる鼓動に胸がきゅっとなって何だ、何かを期待しているのか!と自分に突っ込んでからゆっくり視線を上げると、
「、おまえ…」
「、あ…」
「わざとじゃねーだろうな」
と睨まれた綺麗なお顔には青筋が見えるようか気がする。
初めて聞いた眉間に皺の彼の低音ボイスにいい声だな、なんて場違いな感想が頭を過ったけれどそんなことより目の前の彼はめちゃくちゃ怒っている。
だって、ほら皺が三割増しぐらいしちゃってるし…
「わ、わざとなんかじゃないです、何言ってるんですか」
「ならいい、」
そういうと呆れたように溜め息を吐き出して歩いていってしまった。
舌打ちよりはいいけどね、呆れたと言わんばかりの溜め息も結構心が痛いよ?
仕出かしてしまったってこれでも反省してるんだ、そんなあからさまな対度をされたらへこむってもので自然と溜め息がでた。
ていうかさ、あんな言い方しなくてもいいと思うの。
まあ確かにね、あの顔だ言い寄ってくる女の子は沢山いると思うけどさ。
まさか通勤ラッシュに託けてお近づきになろうなんておもっちゃいないわ。
膨れる頬を感じながらもこんなところで突っ立ていたら邪魔以外の何物でもないと気持ちを入れ替えて歩きだした。



そして次の日も極限まで体力が消耗される満員電車に乗って、まさか三日続けてまで無いだろうと何も考えずに例の通路を曲がった。
「…」
「…」
二度あることは三度ある、という言葉が頭のなかで浮かんだ私はさすがに自分に呆れた。
そして目の前の、私を抱き止めた彼もまた私と同じように私に呆れ返っているだろう。
自然と見つめあう形で見上げるといつもの眉間の皺が心なしか少なくなっていて、切れ長の瞳をほんの少し見開いたかと思ったら逸らされた。
そら三日も同じ過ちを繰り返せば怒るのも馬鹿らしくなってくるだろう。
目の前の彼も同様に不機嫌そうな眉間の皺も若干減ったそこに「気をつけろよ」なんてため息交じりに漏らしても、舌打ちなんてものは聞こえてこなかった。
ほら、怒るより呆れてますよね、本当にごめんなさい以外なにも出てこない。
そして通勤ラッシュの人波にまみれて見えなくなってしまった。
自分の不甲斐なさに溜息が漏れ出てしまうのは仕方ないとどんよりと落ち込む今の気持ちを隠す術も知らない私はとぼとぼと歩きだした。

そして次の日も例に漏れず満員の電車に揺られて最寄り駅へと降り立つと気合いを入れて通勤ラッシュの人波にのりながら階段をおりた。
さすがに4度目、ともなるとどんな視線を向けられるのかと思い浮かべて少しへこんだ。
呆れすぎて空気のように存在そのものを無いものにされそうだ、と気分が落ちたのは言うまでもない。
そしてあの眉間に皺の彼とぶつかる通路へと出ると今日はその人物が居ないことに少し残念に思う自分がいることに気がついた。
いや、ね、あんなに格好いいんだ仕方ないよね。
そうよ、なんの意味もない朝の目の保養よ。
でもなあ、態度悪いんだよねあの人、と舌打ちと不機嫌そうな眉間の皺を思い出しながらも目はきょろきょろとさ迷って今頭の中を占めている人物を探していた。
居るわけないか、こんな人込みなんだもん見付けることができる方がおかしいや。
そう思ってさ迷わせていた視線を目の前へと向けると紫色のサラサラした髪の毛、後ろ姿までもが綺麗なその人を視界に捉えた。
というか前に居るじゃん、なんて思って何人か挟んで斜め前ぐらいを歩く眉間の皺の人を盗み見て目を見開いた。

だって隣に歩いている小柄な女の子に笑いかけて居たから。
なに、あんなに優しい顔して笑えるんじゃないよ。
私は眉間に皺を寄せた顔しか見てないのに、なんて知り合いでもないのに文句を言うと視線を逸らした。
なんだか見ていたくない、胸がちくちくするのは気のせいだと視線を逆側へと向けて視界から追い出すといつの間にか燻りだした気持ちの原因の二人の姿はなくなっていた。


そして次の日もその次の日も可愛らしい小柄な子と肩を並べて歩いているのが嫌でも視界に入ってきた。
こんなに人が溢れ返っている空間で何故眉間の皺の彼を視界に捉えてしまうのか、そしてそれを目撃して無視できず観察しては沈む気持ちに戸惑って動揺する自分にどうすることも出来ずに一日を過ごしていた。
通路に出るのが上達した私は必ず出る前に気をひきしめていた為にぶつかることも無く、ただ視界に入る知り合いとも言えない二人の存在に何とも言えない気持ちを抱きつつ毎朝のその時間を憂鬱な気分で遣り過ごしていたのだけど。
今日は警戒しすぎて歩く速度を緩めすぎたのか後ろから追い越し様にどんっと当たられた所為で前のめりに通路へと出てしまった。
…もう穴があったら入りたい。
無くても掘って今すぐ入りたい。
いつものパターンだとこれは眉間の彼に違いないだろう。
言葉も発することができずに居たたまれなくなって目の前いっぱいのネクタイを見ると、何時もシンプルなそれはちょっと派手目なものでおまけに何時よりも少し上にあるそれ。
そしてなにより煙草の匂いがしなくて甘くていい匂いがした。
恐る恐る上を見ると目を細めて口を弧に引いた、これまたイケメンな人に抱き止められていた。
「大胆な子だね」
「…おまえ、」
見開いた目に一瞬だけ動揺の色が見えた瞳で私を見下ろしたのは眉間に皺の彼。
しかし私の目の前の彼の問いに何時もの眉間に皺を寄せた顔に戻った。
「知り合いですか?」
「知り合いなんかじゃねぇーよ、…それよりいつまでくっついてやがる」
「いいじゃないですか、知り合いじゃなきゃ土方さんに関係ないでしょ?」

「…いくぞ、千鶴」
千鶴と呼ばれた子ははいっと困惑した返事をしてから私に頭を下げて、小走りに土方さんと呼ばれた眉間に皺の彼の後追いかけていった。
可愛い、小走りなんかしたものだからちょっと体格が良いおじさんに当たってしまった千鶴と呼ばれた子は、小さく頭を下げてひたすら眉間の皺の彼の後を追っていた。
そう、三歩下がってついていきます、的なあれだ。
眉間の皺の彼みたいな上から目線な男にはぐっとくるだろう、尽くしてくれそうな彼女に女の私から見ても可愛すぎる、とちくっとする胸に顔をしかめた。
「そんな切なそうな顔して、まだ僕ここにいるんだけど」
「あ、すみません、ってなにが切なそうな顔ですか。切なくなんてありません」
まだ抱き止められたままだったことなんてすっかり忘れて二人の後ろ姿に意識を持っていかれていた私は、目の前の彼からの言葉で我に返ると慌てて離れた。
「土方さん、彼女いるよ、ほら今一緒に居た千鶴ちゃん」
「…」
別に聞いてないし聞きたくもない情報をさも楽しそうに話してくる、というか私初対面なんですけど、なんでそんなに絡んでくるのよ。
つか、軽いよ、軽すぎる。
すっごい嫌なんですけど、不快な気持ちが顔に出ていたみたいで「すっごい眉間に皺、土方さんと良い勝負だ」って面白そうにでこぴんされた。
「いったー、なにするんですか、」
「そんなことより、早くしないと遅刻しないの?」
そんなことで片付けられたのも腹が立つけれどそれよりも思いの外、この目の前の人に時間を取られたことによって視線を落とした腕時計の指していた 時間に慌てて歩き出した。
構内を出れば清々しい朝の空気に触れて気分が良くなるけれど、今日は何故か隣を歩く彼のペースにのまれて会社近くまで一緒に歩くはめになってしまった。
別れ際「彼女居るけど、頑張ってね」なんて口を弧にして何を考えているのかよく読み取れない笑顔で、信じられない言葉を残してひらひらと手を降って去っていった。

何を頑張れと言うのか、呆れた私のため息はいつもより重くて胸が痛んだ。
眉間の皺の彼と千鶴と呼ばれた可愛らしい女の子と二人の姿が頭にちらついて……




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