▼三周年記念リクエスト企画小説 | ナノ


隣にあるはずの温もりがない事に気付いた沖田は何かに追い立てられるように一刻も早くその温もりを探そうと障子戸を開けると思いのほか早く見つかったなまえに気持ちが落ち着くと声を掛けた。

「寝れないの?」

「総司、さん」

振り向いたなまえははっきりとは見えにくいが月明かりでぼんやりと見えた瞳は動揺で揺れているのが分かった。
最近なまえは不安げにしていることが多かった。
昼間も泣いていたように瞳が濡れていたのを沖田は気付いていながらも自分の気持ちで一杯でその理由に触れずに居たことに小さく見えた後ろ姿に後悔した。
自分が守ってやらずに誰がなまえを守るのか、惚れた女一人も心から笑顔に出来ずに何をしているんだと叱咤して隣へと腰を落とすと膝の上に置いたなまえの手を握った。

「なまえ、何か不安なことあるよね、話して」

「、私のことより総司さんは」

「僕はいいから君の話し」

夕無を言わさず見下ろすと視線をさ迷わせたなまえは観念したかのように口を開いた。
沖田が言い出したら逃がしてはくれないのを分かっているからだろう。

「…桜のこと」

「桜の?」

「はい。…この子が産まれたら…、桜と分け隔てる気持ちが芽生えてしまったら、と怖くて…仕方ないんです」

そう言って下を向いたなまえの横顔を見れば辛そうに下唇を噛んでいた。

「そんな気持ちになるぐらいならと、今更産むのを躊躇する気持ちにこの子にも申し訳なくて、どうしたらいいのか、わからなくて、」

つっかえながら心の内を話したなまえの瞳からはぽろぽろと涙が零れ頬に伝って心に秘めた想いでどれほど苦しかったのかが伺い知れた沖田は唇を噛んで握っていた手を引いて抱き締めると優しく頭を撫でた。
なまえはいつもそうだ、一番に桜のことを考えてくれている。それがなによりも有り難かった。

「君が一人でそんなに抱え込んでいたのに聞いてあげるのが遅くなってごめんね」

頭を一生懸命横に振るなまえに愛しさが込み上げてきてお腹を圧迫しないようにぎゅっと抱き締め直した。

「君一人じゃない、僕もいるんだ。もしそういう気持ちが芽生えたとしても僕が補うから、君を支えるから…安心して産んでよ」

「そう、じ、さん、っ」

しゃくりあげるように泣き出したなまえの背中を宥めるように優しく何度何度も撫でてやっていると安心したのだろうか啜り無く声が聞こえなくなったと思えば規則正しく小さな寝息が聞こえてきた。

「…寝ちゃったの?」

ずしっと重くなったなまえの体に顔を除き混むと濡れた双眸は閉じていた。
想いを打ち明けたことで気持ちが軽くなっていてほしいとひんやりとしてしまった頬を拭ってやれば擽ったそうに身を縮込める姿にくすりと笑うと膝裏に手を差し込んで大事に抱えあげて布団まで運んだ。

ぐっすり寝ているなまえの頭と腹を優しく撫でて、隣で布団を蹴飛ばして寝ている桜に頬を緩めた沖田は其をかけ直すと暗い室内から廊下へ出た。

空を仰ぎ見れば先ほどまでは幾らか出ていた星も厚い雲に覆われて先ほどの姿が微塵も感じることの出来ないそこに気分までも滅入ってしまいそうだと重い溜息を吐き出しながら縁側に腰を下ろした。


「安心して産んでよ、か…」

お産が来るのを誰よりも心待にして、誰よりも恐れていたのは自分自身なのにと自嘲めいた乾いた笑が漏れた。
自分がこんなでは安心して産めるものかと気持ちを立て直そうとしたけど、もしもを思うとそれこそなまえではないが今更ながら産むことへの戸惑いが生じていた。
そのように思う原因は違えど同じことを思っていたとは夫婦とは不思議なものだと思うと同時に弱い父親で腹の子に申し訳なくなって仕方がないのだ。
そうはいっても記憶の根底にある根付いた大切な人の死に対する恐怖で身動きが一歩も出来ないのだ。


重く苦しくなる胸の内を必死に押し込めて思い耽っていると室内から苦しそうな声が微かに聞こえてきた沖田は飛び上がるように障子戸を開けると目を見開いた。
座って体を前のめりに丸めているなまえが視界に入ってきたからだ。

「っ、なまえ!!」

「、総司さん、桜が、起きちゃう、」

痛そうに顔を歪めながらも桜のことを心配しているなまえの元へと駆け寄るとその横に慌てて腰を落とす。
しかしどうしたらいいのか慌てふためきおろおろとしている沖田に眉間に皺を寄せながらも微笑んだなまえにはまだ余裕がありそうだ。

「お腹いたいの?」

「はい、とうとう、来たようです」

頷きながら見上げたなまえの苦しそうな顔を見れば途端にざわざわと疼きだす押し止めていた感情に戸惑いが隠せず沖田は瞳を反らした。
しかし次の瞬間頬を包んだ自分より小さな手に反らした筈の視線をなまえへと向けると柔らかく微笑む瞳とかち合った。

「大丈夫です、総司さん。私、頑張りますから、きっと大丈夫。安心して、どんと構えててくださいね、」

切れ切れにそう言ったなまえの何かを決意したような力強い瞳の色に、冷静さときっと大丈夫だとなんの根拠もないのだが心が落ち着きを取り戻した沖田は力強く頷いた。
大丈夫だと仕切りに言ってくるなまえは半分自分にも言い聞かせているようだったが沖田の目をまっすぐ見ている力強さに自分の弱い気持ちは見透かされていたんだな、と確信めいたものを感じた。
自分も不安だろうなまえのこんなにも自分を心配して真っ直ぐ向けてくる言葉に向き合おう、踏み出せた一歩。
怖がって守るべき大事な存在をを見失って守られてばかりいたようだと気付いた沖田は今度は自分が守る番だと立ち上がった。

「今お産婆呼んで来るから、すぐだからね、待ってて!」

そう言い残して凄まじい速さで部屋から出て行った沖田の慌てように目を見開いたなまえの「慌てないで大丈夫ですからね!」と言う言葉は届いていなかった。



「まだ、かよ」

「まだ、だろうな」

「何刻掛かるものなのだろうか」

「「「…」」」

こういう時の男と言うものは兎に角情けないもので隣の部屋から聞こえる呻き声が微かに聞こえる度に上記の遣り取りを飽きず何度もしていたその輪には入らずに立ち上がると障子戸を開けて居間から出て行こうとした沖田。

「総司何処へ行くのだ」

「少し外の空気吸ってくる」

後ろ手で障子戸を閉めて隣の部屋の前へと移動してその前の縁側へと腰かけた。

落ち着いてみせるのも限界だ、そわそわした姿を見せないようにと部屋から出てきた。
あれから三刻経っている。すぐに産まれるものではないと理解してはいるが早く痛みから解放させてあげたいと唸る声の合間に「痛い」と声にするなまえに思わずには居られない。
産婆に見てもらった時には大分進んでいたようで聞けば夕刻位から鈍い痛さを感じていたようだ。
なまえの変化に気付かなかった自分に腹が立って拳を握ると同時に耳朶に響いた「おぎゃあああ」と元気な産声に目を見開いた。

「男の子!産まれましたよ」

障子戸を開けた助手の横をすり抜け部屋へ足を踏み入れれば慈愛に満ちた笑みを産婆に抱かれた我が子に向けていたなまえが沖田を見た。

「なまえ…」

やっとの思いでそれだけを口にすれば沖田に伸ばされて来たなまえの手。
嬉しさと感謝と何とも言えない胸一杯になる気持ちで握ろうと傍に寄ろうとして伸ばされた手がぱたっと力なく落ちた。

「え、なまえ、?」

先ほどまでの慈愛に満ちた瞳は閉じていてぐったりとした体に蒼白な顔を見て全身から血の気が引いた。

「沖田さん?!いけない、出血量が多かったから!」

そういうと騒然となった室内で慌てた産婆は産まれたばかりの赤子を置くと処置を始めた。

「なまえ、なまえ!!!」

「旦那さんは外に出てください!」

助手の声も届いて居ない沖田は永倉達に抱えられるように外へと出された。


「総司…」

「なんで…、大丈夫って言ったじゃない」

抱えられて辛うじて立っていられた沖田は振り替えって障子戸へと小さく呟くしか出来ない無力な自分自身を恨んだ。





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