▼三周年記念リクエスト企画小説 | ナノ


昼休憩に近くの定食屋へと来ていた私はメニューとにらめっこをして散漫する視線に決められない、と頭を下げて捻っていた。
いつも一緒に社食にいく同僚は体調不良のため休みで、ごった返すそこに一人虚しく行く気になれず一人ランチをしようと出てきたわけなのだけど、割りと決まったものしか食べず冒険しない私は一点に絞りきれていたのだ。
しかし白のブラウスでそれを食べるのは危険すぎると視界から追い出そうと格闘して、メニューと無意味なにらめっこをしていた。
「ご注文お決まりですか?」
「あ、え、えっと…カレーうどん、で」
注文を聞きに来た店員さんに咄嗟とは言え視界から追い出そうとしていたメニューを口走ってしまって後悔したけれど、満席の店内に忙しなく動き回る店員さんを呼び止める勇気は無くがくりと音が出そうなぐらい肩を落としてその背中を見送った。
「おまたせしました〜、カレーうどんです。」
元気に言う店員さんが持ってきた美味しそうな匂いと湯気を立てた目の前に置かれたどんぶりを見て迷いはふっ飛んだ。
私、カレーうどん大好物なんだもん。
格闘したって結果は変わらなかったと目の前のカレーうどんになかなか選ばなくてごめんね、となんの懺悔かわからない謝罪をして箸を割ると蓮華を左手に構えた。
カレーうどんは箸から落ちたときと啜っている時の麺の端から跳ねるのだ。
蓮華で支えて上手く食べれば問題ないのよね、万が一と言うこともあるからチョイスから外していたけれど、ちゃんと白のブラウスでのカレーうどんの食べ方は心得ている。
ちゃんと蓮華も先程店員さんに頼んでおいたんだ。
にんまりカレーうどんを眺めるのも終わりにしてそろそろ食べようと箸をどんぶりに沈めようとしたら、上から降ってきた声が低音ボイスの良い声で聞いたことのあるそれに思考が止まった。
「此処良いか、」
そう言って目の前に座ったのは、眉間の皺の彼、土方さん。
今は眉間には皺は寄っておらず私の返答を聞かずに当たり前と言わんばかりにメニューを見ている。
私、いいなんて一言もいってませんよね?
なにより一言も発してないし、あなたとはただ顔を知っている程度の間柄でしかないじゃないですか。
なのになんでそんなに落ち着いてさも友人か何かが一緒にランチに来ていますよ、的な雰囲気になっているんだ。
しかもあんたあんな可愛らしい彼女居るんでしょ、大して知りもしない私なんかとランチして良いの?
…って自分の心の声の彼女と言う特別な単語に心を抉られた気がした。
ちくちくと苦しい胸のうちを隠すようにちらっと周りを見れば満席の店内。
まあ知り合いがいたら相席をするのも頷ける。 ん?知り合い程度じゃしないよな、友達、否気心の 知れた人じゃない限り相席お願いするなんて私できない。
脳内で一人葛藤をしている私なんてそっちのけで店員さんに注文すると此方をやっと見た。あ、格好いい。こら、見とれてる場合じゃないだろ、私。
「おまえ食わないのか?」
「え、あ。た、食べますよ」
そう言って何故か頬が熱を持った感じがした私は慌てて蓮華にカレーうどんを乗せると口に運んだ。
きっと頬が赤くなっているに違いない。
だって暑いもん、ほっぺ。赤くなった頬にどきどきと早くなる鼓動は目があった所為なんかじゃない。
「しかしよくカレーうどんなんて危険なもん注文したな」
そういうとククッと薄く形の良い唇を弧にして微笑した顔にどくんと大きくなる鼓動に耐えられなかったかのように箸からうどんが滑り落ちた。
「あ…」
「あ…」
スローモーションのように落ちていくうどんがカレーの汁の中に着地すると飛び散るそれ。
辛うじて自分のブラウスは無事だ、と胸を撫で下ろして無惨に飛んだ机の汁を拭こうとおしぼりに手を伸ばして視界に入った目の前の彼の白いワイシャツに、見事に大きな楕円形を描いた黄色い染みが数ヶ所目に飛び込んできて止まった。
拭こうとした手も思考も。
「ご、ご、ごめんなさい!ど、どうしよう、」
そう言ってガタッと音を立てて椅子から中腰になるとおしぼりでそれを拭くとじわっと益々広がってしまうそれに涙目になると、ため息が降ってきた。
あー、完全アウト、呆れてものも言えませんって雰囲気をひしひしと感じます、そのため息に。
「おまえ、本当にそそっかしいんだよ。もっと落ち着いて行動しろ」
「……、ごめんなさい。Yシャツ弁償させてください」
「俺はそんなことが言いたい訳じゃねえ」
きっと彼の言葉には毎朝の出来事め含まれているだろうと思うと居たたまれない。
仰る通りすぎて頭を下げて弁償させてほしいと言う私にもういいから飯食え、残すな、と席に座らされた私は仕方なく食事を進めるけれど味なんてしたもんじゃなかった。
「本当に、弁償させてくださいよ!」
「何度言ったらわかる、いらねぇっていってんだろ!」
眉間に皺を三割増しにして定食屋から出た私たちはそんな堂々巡りな会話を続けていた。
もうすぐ会社に着いてしまうし、なにより彼が何処に勤めているかなんて知らないから道が違えばもう弁償するタイミングを逃してしまう。
頑なに否定し続けている彼の胸には無惨なカレー汁の跡。
頭を抱えた私は目の前のビルにYシャツ屋さんが入っていたのを思い出して横を歩く彼の腕を掴むと吃驚したのだろう、見開かれた瞳で見下ろされた。
「そんな染みが着いたYシャツで仕事するんですか?みっともないです」
「てめぇ、誰の所為だとおもってんだ」
「私ですよ、私の所為であなたが恥ずかしい思いをするのは本望じゃないです、だからYシャツ買いますよ、ここ、Yシャツ屋さん入ってますから」
そう言って目の前のビルを指差すと顔をしかめて仕方ねぇな、と言う言葉を貰えた。


「本当、すみませんでした」
無事買えておニューの真っ白なYシャツに袖を通した彼のそれには先ほどまでの染みは無くなってホッとした私は、ビルから出て立ち止まってから改めて頭を下げた。
「おまえ、本当頑固だな。そそっかしくて頑固なんていいとこねぇじゃねぇか、まあ、ありがとな」
「良いとこないってのは聞き捨てならないですけど、まあ確かにそうですね。」
今までの彼への自分の仕出かしてしまった数々の失態を思えば今の言葉も反論の余地もないと少し落ち込んだ気持ちになった私は、手元の"Yシャツ屋さん"と書かれた袋を彼が見えるように少し持ち上げた。
「これ、染み抜きして返しますね。」
「捨てちまって良いっていってんだろ」
「頑固ですら、私。出来たら連絡します」
そう言って頭を下げると昼時を終えた人々が勤め先へと足早に帰っているであろう道を、自分も同じ目的で歩きだそうとして捕まれた腕によってそれが叶わず吃驚して彼を見上げた。
「おまえ、連絡するもなにも連絡先知らねぇじゃねぇか」
「あ、」
珍しく、と言うか初めて見た眉尻を少し下げて微笑した彼は「全く、此処まで来ると可笑しいな、」と笑ってポケットからスマホを取り出した。
「おまえの番号、」
「へ?」
「へ?じゃねぇよ、おまえの番号言え。ワンギっとくから」
「ああ、」
納得した私は番号を告げると、じゃあなと言って去っていく後ろ姿を見詰めていた。
本当、背中まで憎らしいほど格好いいんだから。
また熱を持ち出す頬は初夏の強い日差しのせいだ、と私もまた会社へと帰った。



「うーん、どうしよ…」
目の前の白いYシャツに向かって喋りかけるのは何度めだろうか、
カレーの汁を飛ばしてしまったYシャツをすぐにクリーニングに出したけどうっすらと残ってしまった跡に申し訳なくて項垂れた。
多分おしぼりでごしごしと拭いたせいで滲んで広くなってしまった為に完璧にとまで落ちてはくれなかったようだ。
「無理だったって言うしかないよね、」
日曜の5時を回った時計を見上げて仕事で出れないことはないかな、とこの前ワンギリされた電話番号にちゃっかり"土方さん"と電話帳に追加した番号を表示して受話のマークを押した。
何度か呼び出し音が鳴って出ない電話の相手にタイミングが悪かったと終話マークを押そうと耳に当てていたスマホを離そうとして、同時に耳に届いた声に慌ててそれを元に戻した。
「も、もしもし…えっと、」
あ、自分の名前も名乗ってなかったなあ、と思って言葉煮詰まると「ああ、どうした?」と言う返答が来て私だと解ってくれたのかとこの言葉だけでははかり知れないと思いながらも話を続けることにした。
「今大丈夫ですか?」
「ああ、」
「あのですね、Yシャツなのですが…シミが上手くとれないので申し訳ないですが捨ててもいいですか?」
申し訳ないけれどどうすることもできない私が口にすると少しの沈黙のあと、
「今どこだ?」
「家です。」
「今から取り行くから待ってろ」
「え、で、でも家の、場所…」
「んなもんナビでわかる」
そう言われたのは数分前、落ち着かない私は家の前で行ったり来たりうろうろしながら待っている。
何処かへ遊びに行くのだろうか高校生ぐらいの三人組がなにやら不審者を見るような目で此方を見ながらこそこそと脇を通りすぎていった。
確かにちょっと落ち着きなくて怪しいかもしれないと思った私は、握りしめたスマホでも見て落ち着いている風を装おうとそれを目の前へ持っていこうとして鳴った着信音に「わあっ!」なんて肩が跳び跳ねた。
声を上げて驚いたものだからマンションから出てきた男の人にも伝染したように吃驚させてしまって気まずさに視線をさ迷わせながら小さく頭を下げて受話マークを押した。
「もしもし、」
「なにやってんだよ」
「なにって…」
次の言葉を口にしようとして近くに立っている土方さんとその後ろの路肩に停まっている彼のであろう車が視界入った。
「たく、見てて飽きねえな」なんて微笑する彼にどくんと高鳴る胸と同時に切なくて仕方ない。
彼女が居るならそんな顔しないでほしい、だってもっと好きになっちゃうじゃない。
うん、気になる正体はきっと好きだからなのだと思う。
複雑な想いを隠して手元の袋を渡そうと前へ出した。
「これ、すみません。」
そう言って彼へと渡して頭を下げた私はすぐ去っていくと当たり前に考えていたのだけど……一向に目の前から動かない土方さん。
無言のままの彼に首を傾げると、
「茶でも飲んでけとか、いわねぇーのかよ」
そう言って腕を掴まれると「いくぞ」と言って歩きだした。
「えっ?どこに?」
「お前んちに決まってんだろ」
「えっ、うち?」
「茶でも飲ませろ」
命令口調なのだけど斜め前に見える頬がほんのり赤いような…
ってそんなことよりも彼女がいる人を家に上げるわけにはいかない。
「あ、あの!彼女がいる人とは二人きりにならない決まりなんです!」
なんの決まり?と心で突っ込むけれど、立ち止まった私に腕を掴んでいた彼も立ち止まる形になって振り向いた彼が目を見開いた。
「なんの決まりだよ、そんなことより彼女なんて居ねぇよ」
「えっ?」
「え、じゃねぇよ。彼女なんて居たらお前みたいな頑固でそそっかしい女相手にわざわざYシャツなんて取り来るかよ」
「な、!じゃあ、なんでわざわざ取りになんて来たんですか!捨てるって言ったじゃないですか。もう頑固でそそっかしい女のことは忘れてください」
マンション前の道で口喧嘩のような、と言うか口喧嘩を始めた私たちにちらほらといる往来の人たちが好奇な目を向けてくるのに居たたまれなくなって、彼女なんて居ないって嘘でしょ!と思いながらも腕を振りほどいてエントランスへと駆け込むと追いかけてきた彼の腕に動けなくなった。
「…、な、なにしてるんですか」
「なにって人の話最後まで聞かねぇから逃げられないようにしたんだよ」
「だからって」
何故か私は土方さんの腕の中に居て抱き締められているこの状況に頭は混乱するばかりなのに嫌だと言って押し返せない。
「頑固でそそっかしい女も嫌じゃねぇんだよ」
「なにそれ、意味わかんない」
「そそっかしくて俺の視界にばっかり入ってきやがって、責任取りやがれ」
そう言って抱き締められていた腕を少し緩めて見下ろして来た彼と目があって。
その瞳が見たことないぐらい優しい色をしていたから思わずこくんと頷いた私に満足そうに口許を緩めた彼にもっと好きになってしまうな、とどこか冷静な自分が自分を分析していた。

うん、それも悪くないかもしれない。




END



ぴーちゃん様→





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