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世の中にはどうにもならないことがある。

それはどんなに努力しても…

家業柄知っていた筈だった。

小さな頃から見ていた父の働く後ろ姿…

だけど、私は諦めたくない。


今日も遣る瀬無い気持ちのまま往診に出る父の背中を見送った。









諦めない絶対に―









父がいなくなり、がらんとした診察室で、薬研を前後に往復させてごりごりとする手応えを感じながら、ただひたすらに同じ動作を繰り返していた。

出来上がった其れを秤に乗せて包みに仕舞い、何個か作り終えると戸締りをして誰もいない家に「行って参ります」と声を掛けて外へと出た。

夏の肌を射るような日差しから少し和らいで、朝晩と随分過ごしやすくなって昼間も柔らかくなった日差しを浴びながら通りを歩く。

胸に抱えた包をぎゅっと握れば、会える喜びとちくりと少し痛む胸の痛みとで複雑な心境が湧き出てくる。
だけど、それを振り払うように息を吐き出し痛む原因の不安を心から追い出した。


これから向かう処には、週何度か通っている。


今から三月前から…



あの日は太陽が痛いぐらいに燦々と降り注いでいて、それと比例して茹だるような暑さに身体から出る汗を止める術も無い暑い日だった。

父の診療所へと来る患者さんの診察の手伝いと、目で父の医術を学ぼうと日々必死に医者を目指して頑張っていた。

患者さんも途切れると、薬箪笥から薬の包の束を出して私へと差し出してきた父。

「これは?」

「新選組に届けて来て欲しいんだ」

「え、新選組?」

京で評判のあまり良くない新選組だから素っ頓狂な上ずった声が出たわけではない。
私が驚いたのは、父が私を新選組へと向かわせた事。
忙しい松本良順先生の代わりに、彼と蘭学を学んで親交も深かった父が変わりに、新選組の健康管理をしにたまに往診に出掛けていたのだ。
父の医術を学びたかった私は必死で往診にも付いて回っていたのに、新選組の時だけは留守を守れと決して連れて行ってはくれなかった。
それなのにその日は薬を届けて欲しいと私に頼んだのだ。
なぜ急に…と言う気もしなくもなかったけれど、父の手伝いが出来ると二つ返事で新選組の門を潜る事になったのだ。

「お前が、なまえか?」

「…はい」

門を潜って初めて通されたのは、多分副長さんの自室。
案内してくれた人が"副長"と言って障子戸の手前で声を掛けたから。
そして、通された部屋にはとても綺麗な顔をした男の人。
こんな整った顔の人は見たことが無いと見惚れたのも一瞬…

座れと言われて部屋に入って腰を落とすと、眉間に皺を寄せて私を睨むように見て居るんだもの。
蛇に睨まれた蛙のように固まって、冷や汗が背中を伝う感覚がした。
なんで私は頼まれごとを果たしに来たのに、この人に睨まれて居るのだろうか。
混乱した頭で副長さんを見つめると、はぁ、と呆れたように溜め息を吐かれてしまった。
わ、わたし何かしました…?
益々分からないこの状況に泣きたくなる私の心とは裏腹に、すまなそうな声が聞こえてきた。

「わざわざ来てもらってわりぃな。薬を飲まねぇ馬鹿がいんだよ。わりぃが、それを届けるついでに飲むように諭してくれねぇか」

「…私が…ですか?」

「ああ。誰の言うこともまともに聞きゃあしねぇんだよ。やってくれねぇか?」

先ほどの眉間に皺が酔った不機嫌そうな雰囲気は何処へやら、眉尻を下げてほとほと困ったと言った風の副長さんに「お力になれるかわかりませんが」と承諾した。
身体の何処か良くないにも関わらず薬も飲むのを否定するなど、医者の見習いだからといって見過ごすわけにはいかなかった。

鼻息荒く案内された部屋の前まで来ると、「後は頼んだ」と去って行く副長さんの背中を見送ってから障子戸へと視線を向けた。

「あの…なまえと申します。薬をお持ちしました」

そう声を少し張り上げて口にしたのに一向に返事がなく、「あのー!」と声を張り上げると「聞こえてるんだけど。入れば?」と抑揚の無い声を投げかけられた。

聞こえているならばもっと早く返事をしてくれてもいいのに、と少しむっとしながらも「失礼します」と障子戸に手を掛けた。

中へ入ると、布団の上に座ったその人は顔色こそ悪いけれど、何処が悪いのかと思うほどやせ細ったりも無く見た目は普通だった。
少し拍子抜けしながらも布団の横へと腰を下ろした。
だって、薬も取りに来れないほどの重度の方だと思ったのだもの。
私もまだまだ勉強不足だとその人を見た。

「あの、この薬。朝昼晩と食後に飲んでください」

すっと彼の横の畳へと置くと、ぐっと此方に押してきた。

「嫌だよ。苦いのは嫌いなんだ」

「は?」

なんて子供みたいな事を言っているのだろうか。

「飲まないと治りませんよ」

「それでもいいの。用はそれだけ?もう帰って」

そう言って布団の中へと潜ってしまったその人にこれ以上どうしたらいいのかも分からずその日はそのまま帰ってきた。

それから、数日あの彼はしっかり薬を飲んでいるのかとそればかり考えてしまう私は、大半を名前も知らないその人の事を考えて過ごしていた。

そして居ても経ってもいられずに、屯所へと訪ねてしまったのだ。

この心配な気持ちはこの時はただ、薬を飲まない困った患者に感じる責任感の様に感じていた。
そう、絶対に薬を飲まさなければと…

「あの…飲んでもらえるまで帰れません」

「何度言っても飲まない」

この押し問答を明くる日も、その明くる日も続けたのだ。
そして、私の顔を見るたびに嫌な顔をする。
その度にずきっと息が苦しくなるほど痛くなる胸に、薄々只の患者に抱く責任感だけじゃないものが混ざっていることに気づき始めていた。

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