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誰でも欲しかったものを手に入れれば嬉しくて、其れがとてもキラキラ輝いて見えるものだ。 

だけど…それが当たり前になってしまえばキラキラしていたはずの物は、くすんで何時しか輝きが消えてしまうのかもしれない。

そんなことは無いと思いたいけれど…

そうなのかもしれない。










霞んだものは輝けない?―









「今日はここまでね。今配ったプリントを忘れずにやってくるように」

チャイムがなり終わり、教卓の前で生徒に声を掛けた私は宿題のプリントを素直に仕舞ったり、嫌な顔をしたり、酷いと飛行機なんかを折っている生徒を横目に教室を出た。

「ねぇ、なまえちゃん」

振り返らなくても、今出た教室から出てきた少し軽く声を掛けてきた声の主の顔が思い浮かんだ。

「沖田君、何度言ったらいいのかな?みょうじ先生でしょ」

「えー、だってなまえちゃんの方が可愛いでしょ」

「先生に可愛いとか関係ないの」

「いいじゃない。それよりさ、今日の授業も上の空だったけど、土方さんと何かあったの?」

口角上げて含みのある笑みを浮かべた沖田君と目が合って肩を跳ね上げた。

「だから、土方先生でしょ。何も無いよ」

「ちぇ、土方さんの何か面白いネタでもないかと思ったのにな」

「わかったから、休み時間なくなっちゃうよ?教室戻った」

はーい!なんて間延びした返事をしてひらひら手を振って来た道を帰って行った。
窓の外、中庭に植えられた一本の大きな桜を見て溜め息を吐いた。
ついこの間まで満開だったそれは、5月になりあんなに綺麗に咲き誇っていた花弁が見る影もなくすっかり散ってしまった。
私の恋も散ってしまった気分だと胸が痛くなるのを気づかないように其処から視線を戻した。

沖田君と話すとどっと疲れる。
なぜかって言うと、会うたび会うたび土方先生のことを聞かれるから…

確かに前までは土方先生は担任で私は副担任。
沖田くんは土方先生にだけ素直じゃなくてテストの解答用紙に土方先生の似顔絵の落書きをしたり、授業をさぼったりと何かと絡んでくる生徒だった。
だから、私にその土方先生の弱点聞きだそうとするのは担任、副担任故の繋がりだと気にも止めなかった。

…止めなかったんだけど。

この4月からは、土方先生は三年生の担任。
私は一年生と全く接点が無くなった。
だから聞くなら、今の副担任の君菊先生に聞くのが筋だと思う。

君菊先生と自分で言っていてずしりと重くなる心に溜め息を吐いた。

そうこうしているうちに、職員室へと着いた私は、ドアを開けて顔を顰めてしまった。

今の今まで考えて居た土方先生と君菊先生が楽しそうに話していたから。
歳さん…じゃなくて土方先生の微笑した顔なんて久しく見てないな。
複雑な気持ちで自分の席へと着くと、隣の原田先生に頭をポンと叩かれた。

「湿気た顔してんな」

「え?そうですか?普通ですよ」

「…そうかね?無理すんなよ?そうだ学年会の資料なんだ。作っといてくれねぇか?」

「はい。わかりました」

すまねぇなと肩を叩くと職員室を出ていってしまったから次は授業なのかもしれない。
私は次の時間は授業が入っていないので、原田先生から頼まれた学年会の資料を作成することにして、パソコン立ち上げた。

教師二年目の今年は、原田先生のクラスの副担任なのだ。
大体三年目ぐらいで担任を任されるらしいので、担任ぶりを盜もうと必死で彼を観察していた。
その彼が言った無理するなよという言葉。
きっと土方先生と君菊先生を見ていたのに気づいちゃったんだ。
私と土方先生がお付き合いしているのを知っている数少ない先生だから。

そんなに顔に出ちゃってるのかな…

立ち上がろうとしているパソコンに映る自分の顔を覗いた。
少しやつれたかも…
向き合っても無いのに失恋したようでろくに食べ物が喉を通らないのだ。

パソコンが立ち上がると同時にチャイムが鳴った。
職員室を見るとみんな出払ってしまっているのか、誰も居ない職員室など珍しいと資料に目を向けた。

まず資料に目を通していると、ガラガラと職員室のドアが開いて目を向けると今は会いたくない人が入ってきて、合わさった視線を慌てて資料に戻した。

一人ぼっちの職員室に姿を現したのは土方先生…。

幸い後ろ側のデスクだから私の視線からは見えずに胸を撫で下ろした。
これが目の前の席とかだったらどうしたらいいのか分からない。

次いで入力作業に取り掛かった私は一段落した所で、コーヒーでも入れようと席を立った。
職員室の奥の給湯室へと行くと缶の中に入っている珈琲をスプーンで掬おうとして手が止まった。
これは、土方先生にも持っていくべきだよね…

でも、気まずい…

二人しかいない空間が尻込みするのを手伝っていた…。



「先生…珈琲どうぞ」

やはり自分だけ飲んで、淹れないわけにも行かずにカップを二個手に持って土方先生の席へと置いた。

「……ああ」

素っ気ない返事と…
その沈黙なんですか…。
やっぱり話したくは無いんですね。
ぎゅっと痛むのが何処なのかも分からないぐらい激痛が襲って目眩がした。
それだけ土方先生が好きなのだ。
素っ気ない返事だけで、こんなに痛むのに別れ話なんてされたら私どうなっちゃうんだろう…
未だに土方先生のデスクの横で突っ立ったままだった私は我に返り一歩踏み出そうとすると、手首を掴まれて其処から動けなくなってしまった。

何…ここで、別れ話?

止めてよ。泣いちゃうじゃない。

そう下唇を痛いぐらい噛んで土方先生が口を開くのを待っていると、ガラガラっと戸が開いて原田先生が入ってきた。
これでもう、ここではこれ以上話さないだろうと胸を撫で下ろして原田先生が来てくれたことに感謝して「授業じゃなかったんですか?」と一歩踏み出すと、土方先生の手が離れた。

久々に繋がれた手は絡めるでも無く一方的だったけれど、私の手首に残った温もりは確かに土方先生のもので、無性に胸が高鳴って仕方なかった。

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