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満開の桜も散り、暖かな空気が感じられるようになった。
庭でお転婆に走り回る我が子を背に感じながら、洗濯物を取り込む私は鼻歌交じりに心地よい陽気と可愛い娘に頬が緩みっぱなしのだらしの無い顔だろう。








可笑しな嫉妬―








「ほら娘もう少しで、ととさまが帰ってくるよ。遊びは程々にしてご飯の支度をしなくちゃ」


洗濯物を取り込み終わっても庭でしゃがんでいる娘の背後から覗き込むように声を掛けると、手に持っていた棒をお山のてっぺんに刺して遊んでいた。
そんな娘は、お山を弄る手を止めて振り向くと、にかっと眩しいぐらいの笑顔で「ととさまあいたいっ!」と頬を緩めた。
その顔が愛しの夫に似た、向日葵のように元気な気持ちにさせてくれる笑顔で私まで頬が緩んでしまう。
だって、本当にそっくりなんだもの。
大きな目が少し垂れていて栗毛色の髪の色に明るい性格、笑った顔なんか瓜二つ。
自分に似ている所なんて捜すほうが難しいと思うぐらい夫に似ていて、嬉しい反面少しでいいから私にも似てくれたらと寂しかったりもする。
それでも大好きな人との間に子を成せた事はこの上ない幸福な日々で満ち足りている。

「ほら、じゃあ父様はお仕事をして疲れて帰ってくるから、それまでにご飯の支度をしちゃおう?」

「うんっ!」

小さな手は土を触って埃っぽいけどその手を繋いであげると嬉しそうに此方を見上げた。

「さぁ、手を洗ってお家に入ろうか」

微笑み返して勝手場の横の井戸へと向かって立てかけておいた盥に水を入れると、手を突っ込んで顔を綻ばせて楽しそうだ。

「こらこら、静かにやらないと着物が濡れちゃうよ」

「はーい!」

素直に返事をし洗い終えて差し出した小さな手を手拭いで包んだ。
お転婆だけれど真っ直ぐ良い子に育った。
これも、夫に似たのかも。
真っ直ぐで明るくて、いい年しても少年のようにやんちゃで…
あー、早く会いたくなっちゃったな。
すぐ夫のことと結びつけて考えてしまう私は何年経っても彼が大好きで仕方ない。
脳内で惚気た私の少し熱くなった頬を感じていると、張り上げた娘の声に面食らった。

「あっ!ちょうちょ!」

「え?…こらっ」

手拭いで包んでいた小さいものがするりと抜けて、庭の方へと駆け出してしまった娘に溜め息を吐いた。

「ふふふ。また洗い直しかしら。本当にお転婆なんだから」

元気に走っていく娘の後ろ姿を横目に、盥の水を捨ててから立てかけて庭の方へと曲がると何やら話し声が聞こえてきた。
伺うように覗くと此方に背を向けてしゃがみ込む娘と夫の姿が在った。
いつもより少しばかり早い帰宅に目を丸くしたけれど、頭に閃いたことにくすくす笑いを堪えて忍び足で二人の背後まで忍び寄った。

「わあっ!!」

平助君の肩をとんっと叩いて脅かすと、肩をびくっとして「わあああっ!」なんて大きな声を上げて尻餅を付いてしまった。
予想以上の驚きぶりに此方が吃驚してしまった。
だって、何時もなら悪戯心が働いて驚かしても気配に敏感な夫は大抵気づいてしまうから。

「ご、ごめん平助君!」

「あー!びっくりした」

「でもなんで気づかなかったの?いつも気づくじゃない」

尻餅を付いたお尻をぱんぱんと叩いて立ち上がると、しゃがんでいた所の 葉を指さした。

「今集中してたんだよ!そこの蝶を…あ」

「あー!!!ととさまが大きな声出したからあ!にげちゃったあああ!」

泣く娘におろおろとしゃがんで頭を撫でて謝っている夫に申し訳ないと思いつつ、その姿が必死で笑いが漏れてしまう。
娘を抱きかかえた平助君。

「なまえなに笑ってんだよ。娘に嫌われたら俺生きていけねぇんだけど」と眉尻を下げて困り顔の情けない顔で此方を見て来る。

平助君に抱かれた娘はひっくひっく肩を揺らしていたけれど、彼の言葉を聞いて「ととさま…すき」と小さく口にしたその言葉を聞いて目を輝かせた平助君。

「でも、ちょうちょにがしたととさま、きらいー!」

とまた泣き出してしまった。
その言葉でがっくり肩を落とす平助君。
ちゃんと落とし方を知っている娘に、苦笑いしながら抱っこを変わった。
娘も父っ子だが平助君も負けないぐらい娘が可愛くて、その為に手放しに甘いのだ。
平助君と娘が仲が良いのは私も嬉しい。
別に嫉妬じゃないけど…
否、仲の良い二人に少し妬いちゃってるのかも…
井戸へと向かう私の後ろをとぼとぼ歩いてくる平助君に苦笑いしながら、偶にはこんなのもいいでしょと娘の額に口付けた。



「ととさま、ちょうちょ…」夕飯時になってもまだぐずぐずと蝶のことを言っている娘。
むくれ面ながらも平助くんの膝の上に座っている娘は、やはり文句を言いながらもととさまが好きらしい。

膳を運び終わると、平助君の前まで行って娘を抱き上げた。
こうでもしないと、膝の上から降りずにくっついているので平助君がご飯を食べられない。
だから娘は私の隣なのだ。
頂きますをして食べ始めても、小さな箸でつんつんとお新香をつついている。

「こら、食べ物をつついたら駄目よ」

「…だって」

「娘は今臍が曲がってるんだよな!仕方な…」

仕方ないと続けるだろう平助君を一睨みすると視線を泳がせて口を噤んだ。
放っておくとこうやってすぐ甘やかすんだから。
いけないことはいけないんです!
可愛いからって少し甘い平助君が私の無言の睨みで悟ったように慌てて湯呑みを持ち上げたのを、横目で見て口を開いた。

「娘、嫌なことがあっても食べ物はお口に入れるものだよ?つついていたら駄目。しっかり感謝して食べなさい」

「…はい。でもちょうちょ…」

まだ蝶のことを引っ張る娘に、心苦しくなってしまう。
だって逃がしてしまったのは私が驚かせたせいだから。

「娘ごめんね。かかさまがととさまを驚かせたから…かかさまがいけなかったね」

茶碗を置いて視線を落とすと、隣から小さな手が伸びてきた。

「かかさま?ないちゃう?」

「え?」

「かかさまわるくないよ、泣かないで」心配げに見上げる娘の優しさに目元が少し潤んでしまった。

「娘ずるいぞ!ととさまも悪くないよな?」

私たちのやり取りを聞いた平助君がすかさず娘に許しを乞おうと話に割って入ってくると、ぷいっとそっぽを向いて「ととさまは、ちょうちょにがした」と頬を膨らませた。
どうやら強情な所は私に似てしまったようだ。

「娘、ととさま大好きだもんね?あんまり怒ると、大好きなととさま悲しくなっちゃうって」

むくれた顔を覗いてそっと優しく言葉にするとちらっと平助君を見た娘は、「ととさまも泣いちゃう?」と私にだけ聞こえるような声で聞いてきた。
頷く私を見てもじもじ膝の上で手を弄り始めて、「ととさま、すき」と言うとにかっと笑った平助くんが「俺も娘大好きだ!」と嬉しそうにご飯を掻き込んだ。
全くどちらが子供なんでしょう。
娘の機嫌もなおり、胸を撫で下ろすと和やかな家族団欒を楽しんだ。

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