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私は毎朝決まってする日課がある。
歯を磨くこと、顔を洗うこと、制服に着替えること、朝食を取ること。
そんな当たり前の毎朝の日課に、二月前から増えた事があるんです。





ただ見つめるだけの筈―





今朝もいつもの日課を済ませて、ローファーに足を突っ込んで、慌ただしく家を出た。
駅までは五分。
毎朝この猛ダッシュは変わらずで、でも二月前からこの電車に絶対乗り遅れてはいけないという決まりが私の中で出来たの。

乗り遅れでもしたら、次の朝になるまでずーっと朝起きれなかった自分を、呪うことになるんだから。

息を切らしてホームへと滑り込むと、丁度電車が来るのが見えた。

『よ…かっ…た!ま、似合ったあー!』

膝に手を付いて、息も切れ切れに言葉を吐き出した私は、この数秒で息を整え背筋を伸ばして、疲労と息切れで酷いはずの顔にも余裕を浮かべた。

私は女優、私は女優…とブツブツ呟きながら。

プシューとドアが開くと、乗り込んで行く通勤客や、まだ早い時間帯だからちらほら居る通学の学生より遅れて足を踏み入れ、右側のドアの傍に立った。
皆は席に座りたくて早く乗り込むけれど、私は最後ぐらいが丁度いいの。
ドアが閉まって揺れだす車内で、ドアの横に付いている鉄の手摺りに手を置いて、隣の手摺りを盗み見した。

其処には、背筋を伸ばして頭から足まで真っ直ぐに伸びた身体で、外を見ている人が居る。

その姿勢の良い人こそが、毎朝の日課に加わった事に関する人物なのだ。
この人会いたさに、乗りもしない何本か早いこの電車に乗っているのだから。

どちらかというと、と言うか朝は苦手で遅刻魔な私に、絶対朝一に学校に来るなんて出来ないよねと断言した親友。
小学生から同じ、その親友の言うことが正しいぐらいよく分かっていた。
分かっていたけれど、負けず嫌いな私は宣言したんだ。
次の日、朝一に学校に来てやる!と…
そして、乗ったこともない学生も疎らな数本前の電車に乗って、見事一番に登校してみせた。

その時に、このドアと同じ場所に立っていたこの彼に心奪われたと言うわけ。
うーん、所謂一目惚れだったのかな?
初めの印象はあまりにも姿勢が良すぎて、二度見したんだよね。
背中にながーい定規を挿したら間違いなく、お尻と頭を一直線で結んじゃうよね、あの人ぐらいで。
ちょっと私の笑いのツボを刺激したんだ。
でも、段々気になって…あの時間の電車に乗れば会えるかなって思ったのがきっかけで、それから呪われたかのように、朝の苦手な私は死人のような顔をしながら早起きをするようになったの。
勿論、電車に乗る前に女優魂を見せるけどね。

この数ヶ月の想いに耽っていると、私が降りる駅のアナウンスが鳴り、ドアが開いた。
後ろ髪を引かれる思いで、彼の存在を背中に感じ降りた。
彼の制服は、薄桜学園のものでこの駅から二つ先に在る高校のものだ。

ドアが閉まり、電車がホームから発車すると最高潮に伸ばした背中を丸めて息を吐き出した。

『はあああー!緊張したぁ。それに背筋がぴきぴき言っとる』

私猫背なのよ。
彼に感化されて、背筋ピン子を演じているけどさ。
結構シンドイんです、揺れる車内でってのがまたね。
得意の独り言をブツブツ言いながら学校へ向かう私の足取りはスキップに近かった。
だって、今日も会えたしね。

教室に着いても、まだ生徒は居なくて増えていく時間には、窓際の席でウトウトし始めてしまうんだ。
今日もいい感じで頬杖を付いて微睡んでいたのに、頭を叩かれて頬杖から顎がブレた。

『…ちょっ!脳が揺れた』

「お、は、よ、う!」

そう言って、自分の席でもないのに私の席の前へと当たり前だと言わんばかりに腰掛けた親友、千が視界に入った。

『もう、人が気持ちよく寝てるのに!あー!あと、五分は寝れた』

時計を見て、まだ寝れたことに落胆すると机に突っ伏して文句を言う私に、大きな溜息を吐いた。

「もう、遅刻しなくなったのはいいけど早すぎなのよ!そのせいで居眠りしてるなんて無意味だわ」

『うーんにゃ!無意味じゃないの!』

がばっとうつ伏せにしていた上体を持ち上げ反論する私に、ニヤリと口角を上げた千。

「ふふふ。薄桜学園の彼に会うためでしょ。でも、ただ一緒に乗ってるだけなんてそれこそ無意味よ!行動にうつしなさいな」

千は可愛い顔をしているくせに、積極的で焦れったいのが大嫌いなのだ。
だからって、私の性格を変えられるわけでもないし。

『いいの!私は見ているだけで心がほっこりするんだから!彼の背筋ピーンが見れるだけで一日頑張れるのよ』

「はぁ、昔っからあんたは恋に奥手なんだから。だから17年間彼氏も居ないのよ」

『うっさい、放っておいてよね』

プイッとそっぽを向くと、深い溜息を吐いて「今日の放課後は、予定開けておきなさいよ」と言った千は、やはり口角を上げて意味深に微笑んで去って行った。


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