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今日の私は仕事中も超上機嫌で、普段の数倍の処理能力で仕事を熟した。
だから、残業などにならない筈だった。
なのに、何で他の皆も帰って鎮まり帰返った会社でカチカチカチと入力作業をしなくてはいけないのか。
時計を見ると、もうすぐ19時を指す針に聞こえないように浅く息を吐き出した。
何を期待していたんだ。
もしかしたら、何処かから情報が入っているかもと期待していたけれど。
彼は、忙しくて情報に耳を傾ける暇など無いと肩を落とした。







嫉妬は危険につき妬かせるな―








「…悪かったよ。あと少し頑張ってくれ」

『別に私何も言ってませんよ?』

部長のデスクから声を掛けてくるトシさんが私の様子を伺うように下手に声を掛けて来たけど、優しくなれない私はそんな可愛く無い返事をしながらキーボードを叩く手に力が入ってしまう。
大きな音を出しながら入力されていく文字に、不機嫌丸出しの私。
別にトシさんがいけない訳ではないけど、素っ気なくなってしまう。
だって、今日は私の誕生日なんだよ!トシさん。
まぁ、自分から今日が誕生日なんて言っていないから知らないかもしれないけど。
少しだけでもアピールしておけば何かあったかな、と寂しくなる気持ちを押さえて早く終わるように作業に集中した。
別に何かプレゼントが欲しいとか言う訳じゃないの。
誕生日ぐらい恋人らしいデートがしたかったんだもん!
仕事ばかりでまともにデートをしたことなんて無い。年末の社員旅行で思いが通じて、今は陽気も暖かくなってきた三月。
三ヶ月少し経ったのに、デートらしいデートをしたことがないなど、焦りを感じていた。

考え事をしながらも、仕事を終えたのは、八時を少し回った頃。
私たちは家へと帰る為トシさんの車へ乗り込んでいた。
此れは本当に何も無い誕生日で終わるな…と寂しくスマホを出して友人達からのおめでとうメールを眺めてから鞄に仕舞うと窓の外を眺めた。
うん。みんなが祝ってくれたじゃない、寂しくなんか無い。本当は隣の大好きな彼に祝って欲しかったけど、その気持ちを誤魔化すように、ひらすら窓の外の店の明かりが続く通りを見つめた。

『…トシさん、何食べたい?大したもの冷蔵庫に入ってないから、買い物して帰らないと駄目かも』

「あぁ、そうか」

『近所のスーパにでも寄って下さい。あーでも早くしないと閉まっちゃうね』

疲れた身体をシートに沈めて、視線は窓の外のままトシさんへと声をかけた。
あ〜あ。誕生日に自分でご飯作るとか泣けるな。
でも、今更今日誕生日なんだけどって言う気にもなれずに流れる外の景色を見つめていると、ウィンカーを出してどこかの駐車場へと曲がっていく。

『トシさん?ここ何処?』

「前におまえが行きたがっていただろ、このホテルの展望バー」

『は?』

「は?じゃねぇよ。着いたから降りるぞ」

確かに、雑誌の特集で行きたいと言ったことがあるけど、まだ付き合って無い時でかなり前だし。
覚えていてくれたことに固まっていると、いつの間にか助手席まで回ってきたトシさんによってドアが開けられて、引張りだされた。

車から降りて、駐車場からの入り口の自動ドアを潜るとすぐ横にある大きめのエレベーターへと乗り込んだ。
行き先ボタンは35階。もう絶対夜景が綺麗すぎるでしょ。
上昇するエレベーターでお決まりの胃の浮遊感は好きでは無いけど、それより今は行きたかったと言っていたことを私すら忘れていたのに覚えていてくれたトシさんに頬が緩んでしまう。

『あれ、でもなんで今日なの?もう時間も遅いし他の日でも良かったのに』

「今日じゃなきゃ意味がねぇだろうが」

そう言って私の方を見ていた顔を背けたトシさんの耳がほんのり赤かった。

今日じゃなきゃ意味がない?

…ってまさか?

『え!トシさん知ってたの?』

「俺を誰だと思ってる」

自信に満ちた眼差しで見下されて、きゅんとした私は思い切りトシさんへと抱きついた。

『トシさん!大好き』

「おまえの事なら何でも知ってんよ」と落とした甘い言葉と口づけに幸せを噛み締めていると、ポーンと到着音が鳴って離れていく温もりに少し名残惜しさを感じながらも、バーへと向かった。

通された席は、夜景が眼下に広がるガラス窓を前にした長いテーブル席だ。
回りを見ればカップルが多いかと思いきや意外にも同性の客も多いようだ。
あ、あっちのほうで男が立ちながらグラスを持って座っている女をナンパしているわ。
ちらっと横の彼を見て若干の不安を抱いて心がざわついた。
だって、声掛けられそうじゃない、いい男だもん。
でも私が居るし問題ないわよね、それに今日は誕生日だから楽しもうと決め込んだ。

間接照明で雰囲気のいい店内と、クッションが異常にいい椅子に腰を掛けてカクテルのグラス片手にって言いたいところだけど、イエローの綺麗な色の飲み物はパイナップルジュースだ。
そんな横で、好きじゃないのにアルコールを飲んでいるトシさん。
夜景を楽しみながら、日常とは違う空間に、あっという間に時間は過ぎていった。

『トシさん、ちょっと御手洗行ってくる』

トシさんの肩をソフトタッチしながら立ち上がると、気怠そうにしながらも私の手に手を重ねて「あぁ」と返事をした。

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