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「なんだ、沖田君はまだ飲まないのか」
何冊もの本を開いて薬研をごりごりと前後に動かしている私の背に問いかけてきた父。
「はい。苦いのは嫌だって」
「困ったものだな。それでおまえは毎夜其れをやっているのか」
「はい、少しでも苦くないものをと」
「…そうか。患者の立場に立つことも大事だが周りが見えなくなる程に一人の為だけにはいかんぞ。なんどきも周りをしっかり見定めておかねば失敗に繋がる」
そう言ってぽんと私の肩を叩くと部屋から出ていった。
「一人の為だけに…か」
確かに今の私は彼だけのために彼にどうしたら薬を飲んで貰えるかを…それだけを考えていた。
毎日見せる冷たい瞳が周りを拒絶したように冷え切っていてどうしても私を見て欲しかった。
そして、私は彼がなんの病気かまだ知らない。
知らないけれど調合してある物を見れば、どの効能があるかなど分かる。
だから其れと似た、他に苦くないもので代用したりと出来る限り彼が飲み易いものをと思ったのだ。
幸い薬師の知識は書物を読んだり小さな頃から薬草を摘んでは調合したりとしていたので申し分ないと思う。
秤に乗せたものを包むと机の隅へと置いて布団へと入った。
「沖田さんっ!」
「…君さぁ、入りますとか声も掛けずに障子戸開けるってどういうこと?」
「あっ、すみません…でも、此れ」
次の日居ても経っても居られずに屯所へと行くと小走りに沖田さんの部屋目掛けて訪れた私は、入っていいよと言うお許しも無しに勢い良く障子戸を開けた。
だって…毎夜頑張っていた薬がいい具合に出来て、苦さを押さえられたものが出来たんだもの。
此れなら沖田さんも飲んでくれるかもしれないと、期待で胸が膨らんでいてそれどころではなかったのだ。
静かに障子を締めると何時ものように布団の横へと腰を下ろした。
「なに、これ。まだ薬ならあるよ」
ふいっと顔を逸らされてしまった事に寂しさを感じたけれど今は薬を飲んでもらうのが最優先。
「これ苦くないんです」
「…」
ちらりと此方を見た沖田さん。
これはもうひと押ししたら飲んでくれるかも。
「すべて調合し直したので、沖田さんが前に口にしたものより絶対にいいはずです。試しに一度飲んでくれないでしょうか」
そう力を込めて言う私の上身体は半歩前に乗り出して居るだろう。
そんな私に、「飲ませてくれるならいいよ。君が」と耳を澄ましていないと聞こえないぐらい小さな声で呟いた沖田さん。
飲ます…私が…
一瞬頭が真っ白になったけれど此処で食い下がったらこの先意地でも飲んでくれないだろう。
横を見下ろすと盆に乗せられた湯呑み…
今持ってきた包の中を口に含むと湯呑みを煽った。
そんなガサガサと音を建てる私に、そっぽを向いていた沖田さんが此方を見て目を見開いたけれど、そんなのお構いなしに彼の肩を掴むと彼の唇目掛けて自分の其れを押し付けた。
じんと熱を持つ初めて人と触れた其処に体中の熱が上がって意識が飛んでしまうんじゃないかと思った。
だけど彼に口付けた理由を思い出し、口を開いてくれない彼に舌で無理矢理抉じ開けて口の中の物を流し入れた。
「けほっ、けほっ…なっ何するのさ」
「ほら苦くないですよね?」
暫くして離れた距離に寂しさを感じて瞼を開ければ、真っ赤になって睨む沖田さん。
「そうじゃなくて…君は患者が薬を飲まなかったらそうやって誰にでもやるの?」
「だっ!誰にでもやるわけないじゃないですか!沖田さんにだからです」
むきになった私は声を張り上げて言った言葉に頬が熱くなる。
これじゃ好きだと言っているようなものじゃないか…
好き?そうか…私いつの間に沖田さんが好きになっちゃったんだ…
今更大胆な行動に恥ずかしくなって下を向く私をふわっと包む感覚に生まれて初めて感じる胸の高鳴り。
「…明日から君が飲ませてくれるなら毎日飲むよ。勿論口移しでね」
「ちょ、沖田さっ!」
反論しようと彼の腕で抱きしめられた身体で彼の顔を見上げると真っ赤なその顔に、「もう…しょうがないですね」と言った私の胸は充足感で一杯だった。
彼との出会いに思いを馳せていた私は、涼しい風を感じながら屯所の、門を潜った。
この門を潜るのは何度目だろう。
当たり前のように其れを潜ると当たり前のように目的の部屋まで来た。
「沖田さん」
「…ん。なまえ入っておいで」
「はい」
出会った頃より少し細くなった身体に少しだけ悪くなった病状。
暇を見つけては薬を届ける用向きでは無くてもこうして彼の元へと通っていた。
「元気ないね?」
「そうかな?」
「んー、そうかも。こっちおいで」
そう言って、定位置に座った私の手を引っ張るとすっぽり彼の胸に抱きしめられた私は彼の胸からも私と同じように聞こえる鼓動に涙が出そうになった。
彼は生きている。
何時訪れるか分からない別れより今目の前で私を愛してくれる彼を誰よりも深く愛したい。
私は諦めない。
絶対に…
―終―
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