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私には癒しの三点盛りならぬものがあるのです。
この三点盛りに出会えた日には、掃除や洗濯夕飯作りにまでが捗り幸せに満ちた一日を送れるのです。
私の原動力なるものです。
癒し盛り―
昼餉の片付けも終わり、買い物も済ませて後は洗濯物が乾くのを待つだけと縁側に一人腰掛けた私の膝の上には丸くなった猫。
「いい天気ですね。一さんは巡察頑張っておられるでしょうか」
いつもしている様に頭を撫でながら声を掛けるとミャーと小さく鳴いた。
「ふふ。お返事してくれるのですか」
膝の上を貸してあげているからか、律儀に私の問に答た猫ちゃんに口元が緩んでしまう。
鼻筋は通り耳の毛は短く、全身の毛もそれ程長くない白、茶、黒の三色の器量良しさんだ。
「あれ?女の子なのでしょうか?」
頭から背中に掛けて撫でながら顔を覗くと目を瞑って気持ちよさそうにしていた。
「としぞーは男だよ」
背後から声を掛けられてはっと振り返ると、口を弧に描いた沖田さんが腕を組んで立っていた。
「あっ、そうですね。としぞーだもの」
「あ、なまえちゃんもついに"としぞー"って呼んだ」
「あっ…土方さんには内緒ですよ!」
慌てる私に肩を震わせて笑っている沖田さんは私の横に腰を降ろすと煮干しをとしぞーの鼻の前に置いた。
呑気な沖田さんに溜め息を吐いて、膝の上のとしぞーを見ると、ミャーと鳴いて沖田さんの膝の上へと飛び乗った。
動物は飼い主に似るって言うけど、としぞーも気まぐれな沖田さんにそっくりだ。
まあ、猫は気まぐれな生き物だけれど。
あれは、一さんとこの縁側で日向ぼっこをしていた午後。
「一さん、今日のお茶はどうですか?」
「ああ。あんたが入れた茶は美味い」
「よかった」
湯呑みから視線を私に向けた一さんは目を細めて微笑んでくれた。
微かにだけれど…私には分かるその微笑を向けられて胸が弾んだ。
非番の日や少し時間の空いた午後はこうしてこの縁側で日向ぼっこをするのが私達の決まりだった。
そして決まってこうしてお茶の感想を求める会話をするのも私が心から癒やされる刻だった。
一さんの静かに湯呑みに口を付ける横顔を見て、胸いっぱいに広がる暖かさに幸せを噛み締めいていると、ドタバタと廊下を走る騒がしい音と微かに聞こえる怒号…
この怒鳴り声は…
私達の座っている縁側は南側では無く、西側に面してあまり人気が無い場所だ。
人気なのは陽がよく当たる南側に面した縁側なのは決まりきっていること。
人気がないのは私達にとって都合が良かった。
それに西南気味ではあるのでかろうじて此方側の縁側にも当たっている陽は在るのだ。
「一さん…この声って」
「ああ。副長だろうな」
「そうですよね。そしてこんなに土方さんを怒らせるのは…」
「…総司だろう」
頭痛がするとでも言いたげに眉を顰めると湯呑みを静かに置いた。
人気が無く滅多に通る人も居ないこの縁側に近づいてくる足音に、私も一さんから少し距離を置いて座り直す。
そして間もなくして、門を曲がって来た沖田さんが珍しく息を切らせて此方へと来た。
「一君!この子!土方さんから隠してっ!」
「はっ?」
沖田さんの腕で見えなかったけれど、その腕から一さんの膝に置かれたものに目を白黒させた私と、呆れたと言わんばかりに溜め息を零した一さん。
「あんたはまた此の様なものを拾ってきたのか」
「土方さんに猫鍋にされちゃうよ。頼んだよ、一君。その猫、としぞーって言うんだから大事に匿ってね」
「は?」
「断ったら二人が恋仲なのバラしちゃうかも知れないからね!」と爆弾を落としながら、楽しそうに走り去った沖田さんは逃げ足が凄まじく早くて、もう門を曲がって姿が見えなかった。
「は、一さん。…沖田さんにバレて…」
片手を出して沖田さんを引き止めようとしていた一さんは目を見開いて固まってしまっていて、その肩を軽く揺すりながら、声を掛けた。
「ああ。そのようだな…」
一さんとは恋仲だけれど、ひと目を偲んでこうやって人気の無い縁側で相瀬をしたり、お互いの部屋を行き来する時も、細心の注意を払っていたので人に見られていることもないと思っていた。
故に沖田さんに気づかれていた事は一さんも予想外だったようで驚きを隠せない様子。
そんな私達に「総司っ!何処だっ!」と怒鳴る土方さんの声が先程より近くに聞こえてきた。
どうしましょうかと焦ったように一さんを見ると、呆れたように小さく息を吐き出して抱えていた猫ちゃんを、縁側に下ろした足元に置いた。
そして素早く縁側の下へと軽く足で追いやると猫ちゃんは大人しくそこで座っていた。
あら、この子人間のお話でも分かるのかしら…
身を前に乗り出して縁側の下を見ていた私はふふふっと笑みを漏らすと、一さんに肩を後ろに引かれて前屈みになっていた身体が何も無かったかの様に縁側に落ち着いた。
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