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放課後になり、帰って行く生徒と廊下ですれ違いながら挨拶を交わして私はある場所へと向かっていた。

東館のあまり人が通らない場所、"準備室"と書かれた教室へと入って静かにドアを閉めた。

右側には棚がずらりと並んでいて、真ん中には長机と椅子が数脚並んでいる。
その左側に歳さんが座っているデスクがある。
茜色に染まった空見ながら歳さんのデスクに、腰掛けた。

今日はあれから出張の彼は学校には戻って来ないだろう。
だから此処に来たんだけど。
鉢合わせになって、しかも彼のデスクに座っている所など出くわすわけにはいかない。

この準備室は初めて教師というプレッシャーに、押しつぶされそうになる私の背中を押してくれた場所なのだ。

頼りない副担任の私の話を毎回聞いてくれた彼…

そして、ここで彼からキスされたんだっけ。

そんな遠くない過去なのにもう随分昔の事のように思うのは私達の関係が色褪せた物になってしまったからなのだろうか。
私の中では今でも色褪せずにキラキラ輝いているのに、彼の中では霞んだものになってしまったのかと思うと目頭が熱くなった。

3月までは良かったのだ。
忙しくても、担任と副担任と言う間柄で一緒に仕事をする接点もあったし、仕事中だとしてもそれなりに一緒にいれて満足だった。
ところが4月からはそのポジションは君菊先生になり、私達は学校であまり話さなくなった。
それに加えて、三年生の担任とあってやはり忙しくて4月に入ってからは連絡を全く取っていない。

一月…付き合っているもの同士がそんな長いこと連絡を取らないなんて事があるのだろうか。
君菊先生は美人でスタイルも良くて、歳さんの横にいても美男美女でとてもお似合い。
私なんて背は低いし…顔は不細工では無いと思うけれど美人ではない。
二人で職員室などで話している所を見かける度に目を逸らしていた。
だって一月も連絡もなくて学校でも話さない…馬鹿な私でも気づく。

別れたいと思っているって。

でも…もう限界かもしれない。

私に気持ちが無いのなら、はっきりして欲しい。
…して欲しいけれど、はっきりしたらお別れしなくてはいけない現実に怖くて連絡を取ることも出来なかった。
夕暮れ時の空を窓から眺めながら机に突っ伏した。

歳さんの座ってる椅子…

中学生の時好きな子の椅子に座るみたいにドキドキしながら此処に座る歳さんを思い浮かべて目を瞑った。
目尻から流れる雫が頬に伝わって冷たいと思いながらも私の意識は其処で途切れた。


頬を伝う物が冷たいものでは無くて暖かい温もりで何故だか悲しくなってまた涙が出てきた。
机においた手に軽く触れたそれを掴んでみた。
夢かと思ったらしっかりした感触に吃驚して瞼を押し上げた。

「っ!…歳さん…」

上体を起こした事によってバサリと何かが床へと落ちて、見るとスーツの上着だった。
私に掛けてくれたんだ…優しくされて嬉しい反面それも苦しくてまた流れてきそうになる涙を堪えて、歳さんの手を掴んでいた手で拾いあげようとして、逆に歳さんに手を掴まれてしまった。

「なんで泣いてたんだ?」

なんでって…わけを話したら別れ話が待っていることに口を開けない私の頬を親指で拭ってくれる手が優しくて涙腺崩壊した私の押さえつけていた感情も崩壊してしまったようだ。

「ひっく…別れたい…なら、っはっきり言ってください。…うう…連絡くれないの待つのは辛いです」

泣いている所為で途切れ途切れ言った言葉に、「別れたいのはおまえだろ」と冷たい声が聞こえた。

なんで…

私から振れってことですか?

自分で振るのは悪者になるから?何、そんなの狡い。

「歳さ、んが…別れたいならはっきり…言ってください」

もう涙で前が歪んで見えないし、ひくつく喉が痛い。

「お前原田が…好きなんだろ?さっきも原田が来たら嬉しそうだったじゃねぇか」

「な、なんで原田、先生…?歳さん、が好きじゃなきゃ…こんな、に涙なんか…でません。歳、さんこそ…君菊先生が…す、きなく、せにいい」

もうこんなに苦しいなら向き合いたくないとばかりに走って去りたいと立ち上がると、走り去る前に逞しい腕の中に収まった。

「馬鹿野郎。何勘違いしてやがる。俺が愛してんのはお前だけだよ」

「わ、わたしだってぇ!歳…さんしかいりませんっ!」

「言ったな?余所見してみろ、たっぷり仕置してやるからな」

そう言うと、優しく口付けを落としてくれた。

どうやらお互いがお互いに、原田さんと君菊さんに気持ちが移ってしまったと勘違いをしていて、話しかけることも電話することも出来ずに悶々としていたよう。

霞んでしまったと思ったけれど、私達の間には確かにつながった絆がキラキラ光輝いていたようで、安堵の涙が暫く止まらない私を優しく抱きしめてくれていた。




―終―



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