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「おい、俺のジーンズどうした?」
『え?クローゼットの中でしょ?若いのにもうボケちゃった?』
日に日に増してく願望―
あははっ!と小顔だが大きな口から白い歯を見せて笑うと、菜箸を顔の横で小さく振るなまえは朝食の準備中だ。
コーヒーメーカーがコポコポと音を立てて其処から漂う匂いが部屋に充満して、ウィンナーが音を立ててフライパンで焼かれているどこにでもある休日の朝の一コマ。
そこに不機嫌な俺の声が交ざる。
「あの俺がよく履く…お気に入りのやつだよ。クローゼットの中にもねぇぞ」
『…はいはい、よく履く…ね』
「なんだよ?」
『…ぶっ!だって、…お気に入り』
とか言いながら口元押さえて笑いを堪えているが、堪えきれてねぇんだよ。
たく、笑うんじゃねぇ。
不貞腐れた俺は無言で寝室へと入るとガチャッとドアを開け、慌てて姿を現したなまえ。
『もう!すーぐ、眉間に皺寄せるんだから短気は損気なんだからね』
「うっせぇ、眉間の皺を寄せさせる奴がわりぃんだよ」
『うわっ!俺様!』
「そんな俺様の俺がいいんだろ。なまえは」
『も、もう!その自信は何処から来るんだか』
頬を膨らませてそっぽを向いたが、頬に赤さが差してんのは、照れてる証拠だろ。
図星をさされて照れてるってとこか、と上機嫌の俺はベッドに腰掛けて足を組むと、クローゼットを開けるなまえの背を見ていた。
『もう、忙しいのに』
なんて言いながらクローゼットの箪笥を引く後ろ姿を見て、文句をいいながらも俺の世話をするのに優越感に浸るなんて俺も相当惚れ込んじまってるな。
文句を言われてまでしてもらうんなら自分でやったほうがマシだと思わねえんだ。
世話妬かれることに心地良いって思っちまってる。
『ほらっ!トシさん。あったよ』
「なんだ、そんなすぐ見つかったのか?」
『お気に入りはすぐ出せるように此処に閉まってあるって言ったじゃない。これだからたまの休みになると困るのよね』
スーツばかりだから忘れちゃうのよ。
なんて言いながら部屋を出て行っちまった。
手元に渡されたジーンズに視線を落とした。
俺が履きやすいから気に入ってるとか一言も言ったこともねぇのに、聞きもせず言い当てちまうのは、それだけ俺のことを見ているって事だよな。
自惚れじゃねぇなまえの気持ちが見えて柄にもなく緩んでいく頬の俺がクローゼットの鏡に映っていた。
着替えも済ませた俺はさっきまでの不機嫌はどこへ行ったと言うように上機嫌だ。
表にはださねぇがな。
『ねぇ、トシさん。折角の休みだし何処か行こうよ?』
準備をし終えてダイニングテーブルに腰掛けてウインナーを頬張ってからなまえが口を開いた。
「んー、何処かって何処だ?」
口に飯を放り込んだ俺はなまえの返事を聞く前に、そうだったと日頃考えていた事を口にした。
「不動産屋行くぞ」
『え?不動産…屋?』
目を見開いて少し不安そうに見つめてくるなまえに苦笑いが漏れた。
大方、不動産屋って聞いて同居解消だとか言われるとか思ってるのかもな。
虐めてやりたくなった俺はちょっと素っ気ない素振りをしてみせることにした。
「ああ」
『ああって、引っ越すの?』
「そうだな」
『そうだなって…なんで急に』
「急じゃねぇ。前から考えてたんだよ」
明らかに動揺しだすなまえは左手で持った茶碗を見つめて動かなくなっちまった。
見るからに、一回りも小さく見える肩を落としたなまえ。
やべぇな、なんだこの見るからに落ち込んでますって生き物は。可愛くて仕方ねぇ。
くく、少し虐めすぎたか。
「此処も二人で住むには広すぎだろ。お前の部屋はほぼ使ってないで俺の部屋で寝てんだ。もう少し狭いとこに越せば、家賃も安くなるしその分結婚資金貯めれるだろ」
『…けっ、けっこんっ?!』
「なんだよ、したくないのか?」と言う俺に首がもげちまうんじゃねぇかってぐれぇ首を横に振りたくる姿に、笑いが漏れた。
「少し落ち着け」
『う、うん!って落ち着いてられないよ。…結婚って』
「俺はずっと考えてたけどな」
そう言うと頬を染めて席を立ってリビングのドアから出て言っちまった。
頬を染めたり反応は好感触だが、何故無言で席を立っちまったんだ。
唖然と、ドアを見ていると暫くして開いたそれ。
なまえの手にはクリアファイルが握られていた。
「なんだ、それ」
無言で渡されたファイルの中身を見ると数件の物件情報が印刷されていて、綺麗にホッチキスで綴じられていた。
こんな所にも几帳面な所が出てるなとなまえの性格の現れを発見すると気持ちが和む。
俺だけが見つける小さなものだろうものがなぜだか優越感なんだ。
『私も、此処は広すぎだと思って情報集めていたの。トシさんが考えていてくれたとは思わなかったから吃驚しちゃって』
そう言って恥ずかしそうにはにかむなまえに「不動産屋に行くか」と言うと嬉しそうに頷いた。
その顔…反則だろ。
可愛すぎだと緩みそうになる頬を飯を掻き込んで誤魔化した。
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