▼深く愛した故に



俺が病んでいる?


…そんな筈は在るわけがない。


俺は…俺は…今凄く幸せなのだから。








「斎藤くん、お待たせ!」

「…」

「斎藤くん?」

「総司はどうしたのだ?」

会社のエントランスで待つ俺に笑顔で駆け寄ってきたみょうじだったが、"総司"と言う名前を出すと一瞬表情を曇らせるが、また笑顔になった。

否、笑顔になったのではなく笑顔を貼りつけたと言ったほうが正しいだろう。

この様な表情をするようになったのは何時からだろうか。

「総司は用事が入っちゃったんだって」

だから、二人で行こう?そう言ってにこりと微笑んだみょうじだったがちっとも笑えてなどいない。

あんたは幸せではないのか?
ぎこちない笑顔が俺の心にドス黒い物を染み渡らせる。

普通に笑っているようにも見えるが、常にみょうじの近くに居た俺にはその笑顔が偽りの物だと言うことぐらい手に取るように解ってしまうのだ。

「そうだな。折角の金曜日だ。このまま帰るよりは共に酒でも呑んだほうが有意義だな」

「もう…斎藤くんは言い方から硬いんだから」

くすくす笑うみょうじに、俺の頬も幾らか和らいでいくのが分かる。

エントランスを抜けて茜色に染まる大通りへと足を踏み出すと、俺達のようにスーツの男やOL風の女達が頬を綻ばせて歩いている。

そうだ、今日は金曜日。

この後飲んで帰る者も多いだろう、少々浮き足立つ人々を視界に捉えながら隣を盗み見ると、何処か呆けたように前を向いて歩くみょうじが居る。
その瞳は前を見ているようで、此処ではないどこか遠くを映しているように感じる。

前までは此処に総司が居た筈だった。

俺達は同期の付き合いで、生きてきた中ではまだほんの4年程の付き合いだがその中身は濃厚なものだった。

休みの日は三人で出かけ、会社帰りには今のように呑んで帰る。

部署が違う総司とは就業時間内で共に居ることは無いが、其れ以外は俺達三人はいつも共に居た。

だが、ある日総司とみょうじが付き合ったと聞いて酷く動揺した。

俺はみょうじを好いていたからだ。

総司に取られた挙句みょうじと共にいられないなど気が触れてしまうと思ったが、総司とみょうじは当たり前のように三人で居ることを望んだ。

二人の関係は変わったが、其処に俺も友人として居場所があった。

みょうじが笑顔なら…

俺の想いは告げることなど無いと思っていた。


「…斎藤くん?」


「っ!なんだ」

「珍しい。斎藤くんがぼうっとするなんて」

くすくす笑って「考え事?」など小首を傾げて俺の前に座って可愛らしく聞いてくるみょうじに手元のジョッキを煽った。

心なしかぬるくなったビールが咽を通っていく感覚に眉根を寄せた。

「みょうじ、最近総司は…」

「さ、斎藤くん!今年の夏休みは何処行こうか?もうそろそろ予定立てないとね」

「…ああ。そうだな」

総司のことは聞くなとばかりに話題を変えるみょうじの必死ぶりにそれ以上総司の事を口に出せなくなってしまった。

上手く行ってないのは目に見えてわかっていた。
こうして三人で飲みに行くにも総司が来る機会が減った。
それなりに二人の間では行き来はあるようだが、みょうじが昔のように溢れるような心から幸せな笑顔を見せることは無くなっていた。

総務課の女との噂があることも小耳に挟んだ。
それが原因じゃないかと俺は踏んでいる。

だが、俺とみょうじが話しているのは面白くないとばかりに刺々しいオーラを放っているあたり…

あんたは一体何がしたいのだ…

総司への鬱積をどうすることもできずに…

今夜もみょうじの作り笑いを見ながらやり場のない気持ちをひた隠しにして酒を煽った。




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