キスのお味は?(土方/学パロ)

▼バレンタイン


キスのお味は?(土方/学パロ)

ホームルームが終わり、早々に帰る生徒や部活に行く生徒でざわつく廊下や教室の雑音を聞きながら…
緊張で汗ばむ手を制服のスカートで無造作にゴシゴシ拭いて、帰り支度をする私に皆憐れみの視線を送ってくる。

古典の授業をサボった私はこれから、準備室で土方先生の補習と言う名の扱きを受けに行くのだ。
大抵の生徒は、鬼教師と言われている土方先生の授業をサボるなど無いから、其の扱きを受けた事のある生徒は実は余り居ない…らしい。
噂だから良く分からないけど。
あ、沖田君はしょっちゅうサボっているらしいけど、放課後の扱きにちゃんと準備室に行っているのかは謎だそう。
これも噂なんだけど。

真面目な私が、サボったって何か理由があると話しているうちに、其の扱きが無くなってしまっては困るのだ。
だから、一日ひたすら土方先生から逃げて、昼休み過ぎ…

諦めたのは土方先生で…
放送で放課後、準備室に来いとお呼びだしが掛かったのだ。
気遣わしげにする周りの友達を気にして、嬉しく目尻が下がるのを我慢し、心の中でガッツポーズをした。
だって、こうでもしなければ二人きりにはなれない。

まぁ、準備室に一人で居る時が分かればいいけどなかなかタイミングも合わないかもしれない。
それに、逃げれない状況に追い込まなければ……
絶対に渡せないと…思うんだ。

鞄の中に忍ばせたチョコレートを…

机の上に乗せたカバンを覗くと、チョコの入ったピンクの紙袋。
それを浮かして下側に、教科書とペンケースをカバンに仕舞い終えると潰れないように、教科書を下にして腕に乗せるように真横に持った。
箱にすればよかったのに、チェック柄の透明の袋にリボンを付けたラッピングはいつもの様に縦に肩に掛ければ、教科書で潰れるなんて必須だ。

慎重に歩き出した私に、クラスメイト達が頑張れよっと送ってくれるエールに苦笑いして。
皆がエールをくれた意味と、私がこれから頑張るものとは違うけど。

三階の教室から二階に降りて、北館に繋がる渡り廊下を歩く。
一階が職員室だけど、古典の準備室は、二階の理科室などに並んであるからあまり人気が無い廊下を歩いて準備室と書かれたプレートの前まで来てドアをノックした。

『土方先生、みょうじです。』

「…入れ 」

返事がしてから開けようとするが、両手にカバンを抱えている様な体制で上手く開けれない。
カバンを持ったまま、少しドアを開けると残りは足で開けた。
どうか先生がこっちを見てませんように…と念じて。
だけど、丁度此方を見ていた先生に足で開けている所をバッチリ見られてしまって…

「みょうじ、一日俺を避け続けた挙げ句、足でドアを開けるとはいい度胸だな」

眉間の皺を濃くした土方先生が此方へ歩いて来た。
その形相が余りに怖くて縮こまって固まった私の前まで来て右手を引っ張ろうとしたから咄嗟に体を捻って土方先生に背を向ける。

「おまえ…」

背後から低い声が聞こえるが、腕を捕まれてカバンが落ちたらチョコは潰れてしまうだろう。
此処で屈する訳にはいかないのだ!

『カバンが落ちちゃう!!』

「は?」

『カバン、机に置かしてください!』

土方先生の横をすり抜けようとすると腕を掴まれて、カバンの取っ手部分を引っ張られてファスナーに手を掛けた。

「カバンに何が入ってんだよ、俺の補習より大事なものなんざぁ没収だ!」

『!!』

ダメなんですー!!

無理矢理、それを引っ張った所為で私達の回りに散らばったカバンの中身……
ペンケースに、お弁当箱、ポーチに…

教科書…の下にピンクの袋から出たトリュフをラッピングした袋…

それは、潰れてしまっていた。

目を見開いて無惨なチョコを見つめながらしゃがんで散らばった物を片付け出した私に罰が悪そうに"悪かった"と私の前にしゃがんでペンケースを渡してきた土方先生が息を呑んだ気配がしたけど…
悲しい気持ちを静める術を知らない私は、只熱くなった目頭から流れるものを我慢できない。

「…すまなかった」

『……』

無言の私に、潰れたトリュフを渡してきた。
渡したかった相手に渡されているこの状況に益々悲しくなる。

「これ…誰かに渡すんだったんだよな」

『もういいんです…潰れたのなんて渡せないし、捨ててください』

窓際まで飛んでしまったポーチを取りに行こうとガバッと立ち上がった。
そしたら、土方先生も立ち上がって私の右手を掴んで無理矢理チョコを渡してきた。
怪訝そうに見上げると、苦しそうに苦笑いしている土方先生と目が合った。

なんで…
なんで土方先生がそんな苦しそうな顔をするんですか…

「形なんか関係ねぇよ。気持ちだろ?」

『…大事です。こんな潰れたのあげたって…』

「俺は、潰れたってなんだって嬉しいけどな」

"お前から貰えるなら"と、小さすぎて聞き取れないほどの音量で呟いた言葉は、此処が音など無い二人だけの静かな空間だから辛うじて耳に入ってきたわけで…
そう言うと窓際のポーチを取りに行くのか背中を向けた。

今…なんて?
どういう意味?私からのチョコが嬉しい?それって…

慰める為の言い訳かもしれないのに、この時の私は社交辞令かもしれないそんな事より、土方先生の背中に向けて言葉を繋いでいた。

『じゃぁ!せ、先生が貰ってくれますかっ?…チョコも、わたしもっ!』

ゆっくり振り返った土方先生は見開いた目をさ迷わせるとズカズカと私の前まで来て…
私の手に握られていたチョコを取るとガサガサとラッピングを開けて一口口に入れると、口角を上げて悪戯っぽく微少した。
瞳は優しくて…
普段あまり見ない表情に胸がドキドキと高鳴る。

「言い出したのはおまえだからな。責任とれよ?」

『…え?』

なんの責任?と目を瞬いていると伸びてきた手に引き寄せられて…
広い胸板に顔を寄せる形になってしまった。

『せっ、先生っ!?』

「なけなしの理性で我慢してやってたってのに、そんな事言われたら我慢できねぇだろ。……好きなんだからよ」

『えっ?誰が誰を?』

抱き締められる形で顔を上げたいのに少しだけしか動かせない頭で目線だけ上を見上げた。

「なまえ、おまえ以外誰がいんだよ」

"もうすぐ卒業だし、いいか"と、口にした土方先生の唇が私の其へと落とされた。

初めてのキスは、甘いチョコとタバコの匂いの大人な味でした。



−fin−


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