左利きの彼との距離感(斎藤/現パロ)

▼バレンタイン


左利きの彼との距離感(斎藤/現パロ)

私の部署は、そんなに人数は多くないが男性が多くて2月14日の出費は結構痛かったりする。

チョコも配り終わりお昼も食べて、ちょうど眠くなる午後一…
今日も何時ものように眠気と戦いながら、無駄にパソコンと資料を交互に睨めっこしていた。
さっきから同じ行ばかり読んでる…

ダメダメ。

眠すぎて座ってたら此のまま寝ちゃう…
珈琲でも入れてこようと、隣で入力作業をしている千鶴ちゃんに声を掛けた。

「あっ、私が入れてきますよ」

『有り難う!でも、眠くて少し動きたいから行ってくるね』

何にでも気を使い、自分がやると率先してくれる良く出来た子だ。
気持ちだけ有り難く貰い、給湯室へと向かった。
フロアは幾つもの部署に別れていて、給湯室は一番奥。
必然的に他の部署の前も通る訳で…
ドアだけはガラス張りになっていて覗けば中を見れる。
給湯室に行くときに必ず緊張する部署のドアの前を通りすぎれば自然と肩の力が抜けた。
席で仕事をしていたら、彼が私に気づく事は無いと分かっていても背筋が伸びてしまうのだ。

給湯室に着いた私は、珈琲缶に手を伸ばすと後ろから伸びてきたマグカップを持った手に肩を跳ねさせた。

『そ、総司っ?!』

「僕にもちょうだい?」

其処に居たのは、沖田総司。
同じ部署の同期で飄々としている彼と仲良くなるなんて入社当初は思わなかったけど、同じブロジェクトを手掛けることになり、いつの間にか気が合う仲間になっていた。
今では二人で飲みに行ったりする仲だ。
同じ目標に向かう結束力って凄いと思う。
あんなに、掴み所が無い彼が苦手だと思ってたのに今ではなんとなく分かってしまうんだから。


『気配消すの止めてって何度言ったら分かるのよ。吃驚する』

「嫌だよ。吃驚するなまえが楽しいから気配消してるのに」

『…私で遊ぶなら入れてあげない』

「ふぅん、いいんだ。僕に強気で。折角お膳立てしてあげようと思ったのにぃ。」

"今日なんの日か忘れた訳じゃないよね〜"と口角を上げて見下ろしてきた。

…お膳立て?
何を企んでいるんだ。
その裏のある含み笑いが怖すぎるよぅ。

『…総司に手伝ってもらわなくても平気だもん』

「へ〜、渡せなかったって、バレンタイン次の日に泣きついてきたくせに?今年こそ渡しなよ。いい案もってきたから」

口を尖らせながら、缶を開けて計量しようとする私に楽しそうに目を細めた総司が、耳に唇を寄せ囁いた"いい案"に眉根を寄せた。

『無理、そんなの!緊張して死ねる!!』

「誰かにとられちゃうよ?別に僕はいいけどね」

"あー、さっき女の子からチョコ貰ってたなぁ、一君"
そう言った総司の言葉に、胸がぎゅっと痛くなった。

斎藤君が誰かに取られちゃう?

浮いた話は無い彼だけど、誰とも付き合わないなんて保証は無い。
だけど、勇気が出ない私は告白もせず、ズルズル片想いを続けていた。

『そ、総司っ!!私頑張るっ!』

計量スプーンが折れるんじゃないかって程握りしめて詰め寄った私に、珍しく後ずさりした総司は目を丸くしていた。

チキンな私が乗るとは思わなかったんだろう。
やるときはやるんだ!見とけよーっ!

総司に頑張る宣言をしてからと言うもの私はそわそわと落ち着かず、時計ばかり気にしていた。
残業にでもなって、折角の決心を水の泡にしたくない。

人生の一代決心。

今日失敗したらもう斎藤君に想いを伝えられないと気合いの入った私は尋常じゃない早さでキーボードを叩く。
必死過ぎてたぶん凄い形相で入力作業をしている私を見た千鶴ちゃんが軽く怯えている気配を感じながら。
度々…
大丈夫ですか?
どうしたんですか?
休憩しましょうっ!!と怯えながらも声を掛けてくれたがそれに全て首を横に振ったのは、全てこの後の為なのだ!


斎藤君に告白in居酒屋!…の為!

何で、ムードもなにも無い居酒屋かって?

それは、総司が出してくれた"いい案"のせい。
私が、斎藤君が好きだとバレて、面白がった総司が、二人で行く飲みに斎藤君を勝手に誘ったのが始まりで……
あたふたした私を見て面白がると言う鬼畜な遊びを覚えてしまってからよく斎藤君も交えて飲みに行っていたのだ。
あれから一年ちょい…
部署は違えど総司のおかげで飲み仲間と言う接点を作ってもらえた私は、今だそのポジションにいた。

だから、今日も三人で飲みに行く体を作っておいて総司は残業で行けずに二人きりにしてくれる…
と言うのが総司が考えた、何時までも行動に移せない私の為に仕組んでくれた"いい案"だ。
だから、居酒屋は外せない。
今日だけお洒落なレストランとか行っちゃって怪しまれちゃったら困るし。
騙しているみたいで気が引けるけど…
今日だけは許してください。斎藤君!

終業時間になり、帰り支度をする周りに交じってパソコンの電源を切り総司の席を覗くとまだ席に着いて資料を見ている背中が見える。
本当に残業になっちゃったのかな、と哀れみの視線を投げ掛けるとバッと此方を向いて、"頑張って"と口パクしてきた。
な、なに?
何で私が見てるって分かったの?本当怖いんですけど。
取り敢えずガッツポーズで頷いといた。
私物を鞄にしまうと、気合いを入れて千鶴ちゃんに別れを言って課のドアを出た私は緊張でプルプルする足を叱咤して急いだ。

って、何処で待ち合わせ?

何時も総司が居るから自然とエントランスだけど、二人だと会社の人に見られたり嫌じゃないだろうか…
だって、彼は会社じゃモッテモテだしチンチクリンな私なんて釣り合わない。
と言うか、チンチクリンな私が告白なんて振られに行くようなものじゃないか。

急に怖くなりエレベーターの前で足を止めると、バイブの振動がコートのポケットでしてスマホを手にした私は、画面に映し出されたメールの文章に眉根を寄せた。

”一君は、エントランスだって。逃げたら……分かってるよね?結果、楽しみにしてるよ。総司”

と、楽しそうに笑う総司が脳裏にちらつく…
そして、逃げた時の待っているであろうお仕置きに背筋が冷えた。
彼のお仕置きと言う名のイタズラは、小学生かと言いたくなる物ばかりだ。

でも、超ド級に酷かったのは、土方部長の密かな趣味らしい句集のノートを彼に提出する書類に挟んだこと。
なにも知らない私は当然、普通に提出し、"これはなんだ?"とこの世の者とは思えない恐ろしい形相の土方部長に怒鳴られる羽目になった。
もう、あんなお仕置きは御免だ。

諦めて、斎藤君の元へと行くしか無いようだとエレベーターのボタンを押した。

エレベーターを降りて、エントランスの柱に平行するように背筋を伸ばして立つ斎藤君が視界に入った。
柱があるのに寄りかかりもせず、平行過ぎる姿勢に目尻が緩む。

毎回あの姿を崩さない彼に、疲れませんか?と聞くと、一瞬目を見開いた彼が”丸めると背骨に負担が掛かる。あんたは可笑しな事を聞くな”と言っていた。
背骨の事まで考えるとは、さすが斎藤君!
背骨を労うなんて発想、私にはありませんでしたっ。
実直な彼らしい思考にますます惚れてしまった。
総司にはなまえのツボが全く分からないと呆れられてしまったけど。


肩に掛けた鞄をぎゅっと抱えると意を決っし、斎藤君目掛け歩いた。

『斎藤君、お待たせしました』

「今来たばかりだ。…総司は残業のようだな」

『あ、は、はい!』

「終わり次第来ると言っていた故…何時もの処でよいか」

『はい!』

「先程から、'はい'としか言っていない」

『え、はいっ、すみません』

ふっと口角を上がるか上がらないか微妙に上げた?斎藤君。
すっごい、微々たる表情の変化だけど私を見て微笑んでくれている!
一人感極まっていた私に、"では行こう"と声を書け歩き出す斎藤君の後に付いて歩き出した。


何時も行く、会社近くの居酒屋へと足を運ぶと二人掛けの並んで座る…
所謂カップルシートと言うものに通された。
何時も総司と一緒だったから、この店にカップルシートなるものがあるなんて知らなかった私は完全にフリーズ状態。
その横で、斎藤君が"あと一人連れが来る"と店員さんに告げると、この席しか無いと言う。

『さ、斎藤君!総司、まだ掛かるって言っていたし、取り敢えず此処にしません?合流したら移ればいいですし!』

捲し立てるように言葉にして"斎藤君がお嫌じゃなければ…"と付け足した。



私の提案を快く了承してくれ、カップルシートへと座ることとなった私は、自分の言動に大いに後悔していた。

先程から当たっては互いに謝るこの距離に……

斎藤君が左利きなの忘れてたぁ!
カップルシートに舞い上がりすぎた私は、この狭いシートで左利きの彼と腕が微かにぶつかる事なんて想定外だった。

「先程から、申し訳ない。」

『いえ、私の方こそ』

そんな会話ばかりで泣きたくなってきた。
斎藤君に気を使わせながらなんて、きっと楽しくなくて二人で飲みに来た事を後悔しているに決まっている…
盗み見た斎藤君との距離があまりに近すぎてドキドキ鳴る心臓に息苦しくなる。

「本当に申し訳ない。店を変えるか?」

『い、いえ!私は嬉しいんです』

「何がだ?」

怪訝そうに此方を見る斎藤君に、店を変えるか?と聞いてきた彼の問いに検討違いの答えを返した事に冷や汗が出る。

私としては、触れていられる事が嬉しいから店は変えないでも大丈夫ですとの意味で、思わず口に出てしまった。
怪訝そうな彼に、此のまま黙ってたら変に思われてしまうと意を決して口を開いた。

『その…私は斎藤君と触れられて嬉しいんです』

「なっ!」

顔を赤くした斎藤君が口を押さえて目を見開いてしまった。
あれ………
触れられて嬉しいとかだめ?だめだった?!
焦った私は、何故かガサゴソ鞄を漁り出し頑張って包装したピンクの包みを彼に渡した。

「これは?」

『あ、あの…ちょ、チョコです…』

首を捻った彼は、ピンクの包みと私の顔を交互に見た。
やめてください。近くて無理!

「チョコなら昼間貰ったが?」

確かに、昼間渡したのだ。
渡せなかった時のために、買ったものを。

『あの…あれは、買ったもので。こ、こ、これは本命なんです!』

"受け取ってもらえませんか?"と恐る恐る深蒼の瞳を見ると、目を見張った斎藤君。

「本命とは…その」

『は…い。その…』

"待て!"と顔の前に出された手に、続きは聞きたくないと言うことかと肩を落とした…
あぁ。無理だから聞きたくないんだと、俯いた私に、"俺から言わしてくれ"と言う言葉が降ってきて………

「なまえ、俺はずっと前からお前を好いている」

聞こえてきた言葉に、弾かれるように顔をあげると、至極優しく微笑む斎藤君。
どうしよう。こんな顔見たことないよ。
嬉しすぎて、幸せすぎて瞳から流れ出す滴を我慢できない。

「な、泣くな」とおろおろする斎藤君が、頬に流れた涙を拭ってくれる指が優しすぎて益々我慢できない。

『だっ、…だ…って、嬉しくて!…ずっと、斎藤君を見てたから』

「…有り難う。だが、俺とてずっとなまえを見ていた」

『いや、私のがずっと見てた!』
「否、俺だ!」
『私だもんっ!』
「俺だ!」『私!』「俺だ!」

何回目か分からないが、同じタイミングで吹き出した私たちは、見つめ合った目尻を緩めて笑い合った。

『斎藤君の負けず嫌い』

「あんたもな。似た者同士、此からも宜しく頼む。」

『はいっ!宜しくお願いします』

見つめあって握り合った手には、ピンクの包み……
私の溢れる気持ちが詰まった愛情たっぷりのチョコレートが其処に在った…




−fin−


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