▼柵に囚われて(後編)



キスより何よりも先に伝えたかったことを口にすると目を見開き固まっちまった。
無理もねぇよな。会社の為にした結婚をぶち壊して会社も辞めちまったんだからな。
だが、経営も安定して離婚すると言っても義父の会社もうちと切るよりは提携したままの方がいいと踏んで結婚していた時と変わらない状態に安堵した。
ついでに妻も愛する人と一緒になりたいからと離婚に積極的で、義父を説得したりと協力してくれた。
二年の結婚生活で心が一つになったのが離婚など些か可笑しな話だが。

「なまえ…」

一向に固まったままのなまえを呼ぶと瞳を揺らして口にしたことは、"会社は大丈夫なの?"と来たもんだ。
俺が近藤さんと会社を大事にしてた事を誰よりも理解してくれてんから、どんな言葉より会社の心配なんかしちまうんだよな。
だから結婚が決まった時も黙って俺の話を聞いていたし、辛抱強いお前は俺に辛いなんか吐かずに一人姿を消したんだ。
会社の話をしてやると安心したのか身体の力を少し抜いた。

『…あ、あとここ誰に聞いたの?』

「…千だよ」

『えっ?』

「離婚もして会社を辞める時、教えてくれたんだ…なまえを今度こそ泣かせない自信があるなら会いに行ってあげてくださいってな。言ってたよ…お前は今でも俺を待ってるってな」

そこまで言うと、顔を歪めてぽろぽろ滴を頬に流すなまえに胸が痛む。

「なぁ、なまえ…。数えきれねぇ程、お前を苦しめた俺だが…まだ傍に居たいと思ってくれるか?」

言い終わる前に俺のスーツの襟を掴み胸に顔を埋めて…"歳三さんじゃなきゃ嫌だっ"と最後の方は、声をあらげて言葉にしたなまえを強く抱き締めた。

これからは、なんの柵も無く…

只なまえを愛していこう…







『歳三ーっ!』

しゃがんで手を叩く私に飛び込んで来た歳三をひょいっと芝生に胡座をかいて座っていた歳三さんが抱き抱え、私の頬に唇が触れた。

『ちょっ、歳三さんっ?!そ、外だよ!しかも子供だっているっ』

「ククッ、大人だけならいいのか?」

『そう言う意味で言ったんじゃないの!』

「随分言いたいこと言うようになったじゃねぇか」

『そう?女は強くなるの。奥さんが強い方が上手く行くって言うでしょ?だから尻に敷かれてね?歳三さん』

「はぁ、逞しいこった。まぁ、夫婦円満になるなら喜んで敷かれてやるか、尻にっ」

そう言ってしゃがんでいる私のお尻を厭らしく触った歳三さんに、もうっ!と頬を膨らませた私は、歳三さんの隣に座ると、"夜だけは、歳三に敷かれてあげるからね"と耳打ちすると、頬を微かに染めて頭を大きな手でギュッと握られた。

痛いけど、心地よくて幸せな痛み…

柵に囚われていたあの時の痛みを知っているからこれから先何が在っても彼と乗り越えられると思う。


「なぁ、歳三ってやめねぇか?」

『だーめ!』

チュッと唇に軽く唇を触れると、頬を染めて"外だぞ"と周りをキョロキョロし出す歳三さん。
自分は平気なくせに不意打ちは苦手な愛しい旦那様と、キラキラ陽の光が降り注ぐ人々で賑わう昼下がりの公園で幸せを噛み締めたのだった。


苦しかった時を忘れたわけじゃないけど…
歳三さんとの幸せな日々がそれを上回ればそれでいい。



5/5
prev next


[ back ]