▼柵に囚われて(後編)



副社長室のドアを出た私は、自然と身体に力が入っていたのか息を吐き出すと徐々に力が抜けていく。
手元には、入るときに持っていた書類達…それと退職届けは無く、手元は軽くなったけど心は鬱々として晴れない。

これで良かったんだ……

副社長の辛く歪んだ顔を見たら、胸が詰まる思いになったけど。
なまえの為にも、この二人が結ばれる方法を…打開策が必ずあるんじゃないかと色々考えて来たけど、そんなものやっぱり無くて。
自分に出来る事が、会社を辞める為の処理をする事だけになるなんて…と虚脱感から、くしゃりと顔を歪ませた。

あのまま、副社長の傍に居たって幸せになれないのだから。
辛いだけで…道から外れた事だと言って自分を責めて苦しむ親友を見てるだけしか出来なかった自分の無力さが嫌だった。
でも、どうにかしてあげたくても結婚してしまった副社長との未来は無い。




昨夜−−−−−−−


彼とのデートから帰宅して、寝ようとベッドに潜り込むと浮かぶのは、最近様子がおかしいなまえの事。
毎日、一人残業をしていくのだ。
今日だって、残業していた…
確かに、ぼんやりすることも多いけど毎日しなくてはいけない程じゃない気もする。
そのせいで、付き合いは悪くなるからお昼ぐらいしかゆっくり話せていなかった。

「明日は、夕飯でも誘ってみよう」

そう口にして布団を口許まで引き上げた。
あぁ、真冬の暖まっていないベッドの感じが嫌だ。
ひんやりしたシーツに眉間に皺を刻んで、身体を出来るだけ丸めて暖をとろうとしていると、携帯が鳴り枕の横に置いた携帯に手を伸ばした。

ディスプレイには”なまえ”の文字。

「こんな時間にどうしたのかしら?」

彼女はメール派で、電話が来ることはあまり無かった。
ましてやこんな夜中だと小首を傾げて出ると啜り泣くなまえのただなら無い雰囲気が通話口から漂って…自然に身体に力が入り布団を握りしめた。

「…どうしたの?」

『千…ごめんなさい。』

それだけ言うと押し黙って鼻を啜る音に胸がざわめき身体を起こすと、聞こえてきた言葉に目を見開いた。

『私…会社辞める』

「え?」

そう言って言葉を続けるなまえは、引き継ぎの書類と必要な物は全て自分の机に仕舞ったと伝えてきた。
それと、辞表も一緒にあると…

『引き継ぎもしっかりせずに、辞表も自分で渡さずに辞めるなんて社会人として人間としても許されない……で、でもっわたしっ…このままじゃ自分が壊れちゃいそうで…』

電話口から鼻を啜る音が聞こえて抉られるように痛み出す胸。
それと…と言って引っ越しも済ませたと言うなまえに耳を疑った。

「なっ、なに?引っ越しって?何処に越したの?」

『会社が終わってからしたの。なんだか夜逃げみたいだね』

「そうじゃなくて何処に?」

『……うん。落ち着いたら必ず連絡するから…待っていてくれる?あのままあそこにいたら、歳三さんと離れた意味無いでしょ?』

「…じゃぁ、この携帯も解約するつもりね?」



昨日の会話を思い出してため息が出る。
私の親友は極端な事をする。
散々離れられない、別れられないと言っていたのに…

「やるときは徹底主義なのね」

ポツリと口にした私の言葉は誰もいない廊下に消えていった。



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