short | ナノ


▼ シルバーグレーの雷光

いいやこれしきのこと、予測はとっくにしていたはずだ。

「あ、赤葦また呼び出されてら」
「マジで?今日何回目だよアイツ」
「多分三回目じゃね?ずりーよな、あの見た目と身長だぜ?そらモテるわ」
「いや性格だろ、まず。お前が同じ身長でも絶対モテねーって」
「うっせーよ!」

実に的確な男子諸君の分析に周りの女子達も笑いつつ納得するのを見ながら、私は冷たい机に突っ伏した。今日何度目になるかわからない溜め息が漏れる。文句を言える立場でないのは無論のこと、憂える立場でもない。加えて彼がモテることなど、とうの昔から分かり切っている話だ。

お菓子づくりは初心者というわけではない。けれど特別得意というわけでも難しいお菓子を作れるわけでもない。マカロンだのシュークリームだのを実に本格的に作る友人がいるため、自分がごくごく一般的な枠を出ないことはよくわかっている。ついでにこういうイベントに参加するような柄じゃ決してない事も十分自覚済みだ。

ゆえに、朝からなんとも言えない自分に対する羞恥心を誤魔化して持ってきたこの包みを、今日すでに三度の呼び出しを受けている彼に結局渡すことなく一日を終えようとすることなど、想定の範囲内なのだ。


2月14日。全国の少年少女が各々の状況に応じてそわつくこの日に、私は何も完全不参加を決め込んでいるわけではない。最近はもっぱら女子同士でのお菓子交換がメインとなりつつあるこのイベントに乗っかって、普段作らない菓子作りに挑戦し交換し合うのは楽しいことだ。総じて女子という生き物は交換が好きなのである。

しかし私がこういうイベントが似合う可愛らしい女の子になれるかと言われれば話は別だ。冷静になるまでもない、答えはNO一択。とにもかくにも柄じゃないのだ。女の子女の子した自分なんてこっぱずかしいにも程がある。露程も想像できないししたくない。

だから焼き上げた中で一番綺麗に出来たガトーショコラを選び、他と同じ包装紙で、けれど他より丁寧に包み、崩さないよう特別気を配りながら紙袋の一番端に収めてきた、その行為そのものはほとんど儀式のようなものだった。渡すつもりも決意も覚悟もない。ただ乗せられたのだ、この時期社会全体に流れる雰囲気というヤツに。

だから朝から呼び出しを受け、昼休みにも時折教室を抜け、その度に男子から無言の視線ないし見ないフリないしからかいの文句なり受けながらもいつもと変わらず淡々と過ごす彼、赤葦京治を見るたびに私が焦る理由もため息をつく理由もあって良いわけがない。本気で渡すなら腹をくくって来るべきだったのだ。

「結局渡さないの、名前」
「…まあ、ほとんど何となく作ってきただけだしね」
「じゃあ何となく渡しちゃえばいいのに。普段そこそこ話す方じゃん」
「でも特別親しいわけじゃないよ」
「けど好きなんでしょ?」
「……不本意ながら、その問いには肯定せざるを得ない」
「なにそれ、なんでそんな固いのよ」

からからと笑う彼女は、この枯れきった私がまるで柄じゃない淡い想いというものを抱いていることを知る唯一の友人だ。私より数倍可愛い他の友人たちには恥ずかしくて言えたもんじゃない。

きっかけは単純だった。赤葦くんとは学年初めの席替えでたまたま隣になり、それからちょくちょく話すようになった関係だ。本来男子と接するのが余り得意じゃない私にとって、彼は非常に関わりやすい相手だったのだ。

男子と言えば声が大きく、私のような地味な女子を小馬鹿するような目で見て、女子のいるところで平気で品定めをする存在。中学時代から私が抱いていたそんなステレオタイプの男子像から、赤葦くんは実にほど遠いところにいた。

授業は至って真面目に受け、でも時折眠そうな瞳をさらに眠たげにとろとろさせ、数学が得意で英語が少し苦手。物静かであまりたくさん話さないけれど言葉はいつも的確で、場をさりげなくまとめる能力に長けている。
初めは単なる挨拶から始まって、徐々に部活や友達の話をするようになった。教科書を忘れれば互いに見せ合って、指名された問題が分からなければノートに答えを書き合う共犯者。交換して採点する小テストに走る赤い丸はいつも迷いなく、間違った回答の下に書き足してくれる正解の文字はいつも綺麗で控えめだ。

徐々に惹かれている自覚は多分なかった。初めて実感したのは奇しくも、この日と同じチョコ絡みの一件だった。
席替えから一か月後ほど、部活に行く彼に何の気なしに飴玉をあげた次の日、コンビニのシールが貼られたチロルチョコが返ってきた。聞けば朝練に向かう途中買ったと言うから言葉を失ったものだ。だってそんな、飴玉一つのお礼にチロル一つを買うためにだけにコンビニに足を運ぶなんて律義にもほどがある。

傍目から見れば間違いなく実に何でもないやり取りだった。けど多分その時だ。
きっと私はこのひとのことを好きになる。思ったその時点でそれは予感ではなくすでに事実だった。
遡ったところでボーダーなど見当たらないであろうグラデーションの道筋のどこかから、気付かぬうちに、少しずつ染め上がってゆく織物のように、私は彼のことを好きになっていたのだ。

「いつものお礼ってことで渡すのは?」
「んんー…」
「ラッピングも同じにしてあるしさ。変に呼び出したりしないで、ノート貸すのと変わらないテンションで渡せばきっと誰も気にしないよ」
「…」

…なるほど、それなら自然に渡せるかもしれない。
確かにこのバレンタインという日の雰囲気に浮かされ不覚にも準備してきてしまったガトーショコラだが、渡すつもりは多少あれども、告白するつもりは間違いなく初めからなかった。純粋に何かプレゼントしたいという気持ちが6.5割、あとは恋心が3.5割。

「…うん、確かにそうかも」

原点回帰したら冷静になってきた。何度も言うが柄じゃない。いや好きだけど、結構に惚れてますけど、頭良し、運動よし、性格よし、その上容姿までそこそこに綺麗な赤葦くんに私のようなモブ代表が釣り合うわけがない。隠れたファンも多い彼のことだ、たとえ告白できたところでOKされるわけがないのだ。言ってて悲しくなるけど気持ちは軽くなった。そうだ、自然に渡せばいい。それでありがとうって言ってもらえたら十分だ。

「よし、それなら渡せそうかもしれない」
「なにを?」
「!?」

心臓が止まった。いやむしろ一瞬体内から消え失せた。
がばり、脊髄反射の許す限りの最高速度で身を翻す。そこにはいつもと変わらぬ眠たげなのに涼しげな双眸と、通常装備の無表情、短い髪は柔らかく癖のある黒。

がばり、友人に向き直る。瞬き一つせずに凝視した彼女は、私の言葉にならぬ必死の確認に対して苦笑し首を振った。そのまま気を遣ってのことだろうか、立ち去ろうとする友人の袖にすんでのところで縋り付く。ちょっと待って今二人にしないで、ていうかそれ一体どっちのノーなの。

「待っ、それ、どういう…!!」
「大丈夫だってば」
「…!」

う、わあ。良かった。もう終わったかと思った。普通に聞かれていたかと思った。そんなことがあったらもう私明日から学校来れない。東京湾に沈んでくる。

「何の話?」
「!う、ううん、何でもないよ、ちょっとね」
「…」
「名前、私トイレ行ってくるから、帰る準備しときなよ」
「わかった、ありがとう」

今度こそ立ち去る友人を冷や汗をかきながら見送る。まだバクバク騒がしい心臓を落ち着けて、心なし訝しげな顔をする赤葦くんに誤魔化すように笑みを見せた。私は彼の纏う周りより少し低い温度が好きだ。けれど今はその滲み出る聡明さに指一本触れるのも難しかった。私の心の奥底まで見透かしてしまうのではないかと本気で思う。話題を。とにかく何か話さないと。

「あ、赤葦くん、どうかした?何か用事?」
「いや、用事ってほどじゃないけど」
「うん?」
「これあげる」

彼の静かな声の続きを聞き逃さないよう髪を耳にかけたところで、不意に赤葦くんがレザーのポケットに手を入れた。そのまま何かを差し出され、反射的に手を伸ばす。そこ現れた長くて細い、けれどやはり男の人らしい指に挟まれたそれは、予想外の代物だった。

「え?」

ころん、手のひらに転がるのは10円でお馴染みの台形をしたチョコレート。包みは茶色、今も昔と変わらず人気のコーヒーヌガー。以前彼が私にくれたものと同じで、奇しくも私のお気に入りであるフレーバーだ。側面には前にもらったのと同じ、コンビニのシール貼ってあった。

「…チロルチョコ?」
「うん、そう」
「あ、ありがとう…?」
「なんで疑問形なの」

むしろこちらがなんでそんな自然体なんですかと聞きたい。

「いや、私赤葦くんに何かお礼されるようなことしたっけって…」
「いや?」
「だよね?」
「今日、バレンタインだから、名字さんに」
「え?ああ、そうだね…?」
「うん。だから、それ、バレンタインチョコ」

たっぷり十秒沈黙した。その間に消滅しそうになった心臓を間一髪でとっ捕まえた。まあ待て死ぬにはまだ早い。せめて死因を理解してから死なせてくれ。
要領を得ないまま返事をした私を見抜いて丁寧に言い直してもらったものの、結局言われた意味が全く分からない。
深々と息を吸い、吐いて、ひっくり返った頭のままとりあえず聞いた。

「…赤葦くんってもらう側じゃないの?」
「…まあ一応は。でも最近流行ってるって聞いたから」
「何が?」
「逆チョコ、っていうんだっけ」

私は今日初めて彼の顔を真正面から見上げた。わけもわからぬまま完全にフリーズした自分の顔が、涼しげに凪いだ彼の双眸に映り込んでいるのが見えた。肌に刺さる沈黙と、一切の揺れを見せない湖面のような漆黒の瞳が現実感を遠のかせる。

そんな私を通常装備の無表情で見下ろしていた彼は、ただじっと、そう、じっと観察するような視線を長いこと私に注いでいたが、不意にその繋がりを切ってしまった。斜め先に投げられる眼差し、どことなく気まずい表情。これまで見てきた彼には珍しい、隠そうとして隠し損ねた素の感情。

「ごめん、やっぱ気にしないで」

いつもよりやや早口に紡がれたそれを聞き終わり、かつ彼が私の机の前から立ち去ろうとするその寸前、私の手は私よりずっと背の高い彼のブレザーの端を咄嗟に掴んでいた。

落着きと聡明さで包まれる前の、赤葦くんのそのままの驚きが、彼の綺麗な瞳を彩る。勘違いかもしれない。一瞬過ったそんな言葉は、本能的な行動を押し留めるには余りに拙い。

「あ、あのさ、私こういうの似合わないのわかってるんだけど、」

紙袋に手をつっこんだ。朝から眠っていたこの包みを渡すその時は、手の中の小さなチョコレートがくれたらしい。


150207

アイデア募集キャンペーン第二弾、澪様から頂きました「赤葦さんから逆チョコを貰う」お話。一週間のフライングですみません。ご協力有難う御座いました。

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -