short | ナノ


▼ 健全なるワンナイト・ラブ

「すいませーん、生ビール一つー!」
「うわーいっくねえ!」
「あ、ねえ次梅酒飲む?俺頼もうか?」
「えー?ん〜…私はもういいかな〜」
「いいじゃんいいじゃん、せっかくだし飲みなよ!」

場所は居酒屋の座敷、右隣には酔い潰れる二、三歩手前の学科を同じくする友人が五名。その隣やら前には彼女らと談笑する他大の男子学生が六人。
私はその光景を横目に黙って冷めたから揚げを咀嚼しながら意味なくスマホを弄び、アルコールの循環を無視して働く脳みそに対し内心溜息をついた。
ムードも何もあったもんじゃないが、場面は残念ながら皆様ご存知、いわゆる合コンである。



お願い、用事がないなら来てくれない?

可愛い顔を困り顔にさせた同じ学科の友人(と呼ぶにはいささか上っ面の関係しか築いてこなかった気がしなくもないが)は、帰りがけの私を捕まえそう言った。なんでも他大学の友人のツテで合コンを計画したのだが、参加者の一人が急に風邪を引いて来れなくなったのだという。聞けば私も知っているそれなりに可愛い子で、どう考えても代用品にすらならないと思いやんわり断ったのだが、どうやら私に誘うまでに声をかけた数人に全て断られた後だったらしく、決して高飛車ではないが明らかな無言の圧力を背景に食い下がられた。

いわく、向こうの男子もこちらの女子も結構乗り気らしく、欠員はどうしても避けたいのだという。そう訴える彼女に、さして素直でも純朴でもましてや天然でもなく自己防衛に必要な程度には打算的である私の脳味噌は、ライフカードを提出し脳内計算を繰り広げた。
相手は見た目も中身も如何にもな女の子で顔は広く友達も多い。言い方は悪いが、周りに可愛がられちやほやされることにも自分の思い通りに物事が運ぶことにも慣れているタイプの女子だ。こういう女子に対し私みたいな如何にも地味な通行人Aが率直かつ真っ当な意思表示をしたところで、それが彼女の意に反するものなら爽やかな了承を得られるわけがない。さすがに大学生にもなって中学生じみた嫌がらせみたいなものはまずないだろうが、恐らく水面下でねちねち根に持たれることは目に見えている。

内心死ぬほど面倒だと思ったが、この経験を生かして次の機会(あるかどうかもわからないが)からはバイトがあると真っ先に答えることを決意し、私は渋々了承した。食事代は向こう持ちだと言うし晩ご飯代わりにはなるだろう。私みたいなのがいたところでライバルにも何にもなりやしない、存分に楽しんでください。食べるだけ食べたら帰りますから。
そんなひねた内心はおくびにも出さぬよう注意しつつ、まだ面識のある友人と共に待ち合わせ場所となる飲み屋へと向かったのが今日の夕方18時。

全力で壁の花ならぬ壁のシミとなり適当に会話を躱しながら黙々と食事をし、他大の男子を前に普段の二割増で高い声で笑う女子の策略と打算の沼地の上に咲き乱れた上っ面なお花畑雰囲気に辟易しつつ、あー自分枯れてんなあと少々哀しくなった頃合。
あれだけ関心がなかったはずの私は、その一歩どころか三歩は引いたポジションにいたためか、これはちょっと、と嫌な予感を感じ始めた。

「あーユキちゃんこぼしてるって!」
「ヤダーユキってば!あははは、しっかりしなって〜」
「大丈夫?もたれてていいよ」
「ん〜……」

お分かりだろうか、如何せん、女子たちの酔い方がキツいのだ。
いや、五人いるうちの三人はまだマシだが、残り二人がかなりキている。グラス自体は交換制だから何杯空けたかはわからないが、多分度数の高いものを何度も頼んでいたはずだ。

対して男子学生の方はそれほど泥酔に近いようには見えない。飲んではいるが度数の低いチューハイだのがメインで、意識はちゃんとしている。話は上手いし気遣いも十分、合コンとしては良物件揃いなのかもしれないが、自分たちがさして飲まないのに女子に酒を勧める姿が目についた。
一度感じた違和感は私の中で急速に膨張し疑念へと姿を変える。まさかこれ、健全な合コンじゃないのか…?いや合コンに健全も何もないのかもしれないけれど、初めからお持ち帰りが目的だったとしたら。

可能性は十分だ。だが私は自分の中で芽生えた疑念に対し、まだ決定的に行動計画を立てるには踏み出せなかった。その理由は何を隠そう、私の前の席にてお世辞にも愛想の好いとは言えない表情をしながらウーロン茶を傾け、彼らの遣り取りを横目に見ている男にある。

「すみませーん、ウーロンハイもう…」
「おい、それくらいにしとけ。潰れんぞ」

まただ。私は思わず顔を上げ目の前の男の顔を見た。相変わらず甘いとは決して言えない強面の顔には、先程よりいささか険しい表情が乗っている。彼が仲間に制止をかけるのはこれで三度目だ。そう、他でもない、相対する六名のうち唯一場に馴染まぬ異彩を放つ彼の存在が、厳然たる不確定要素として私の中に居座っているのだ。

「ああ?別に大丈夫だって。この子が飲みたいっつってんだし」
「だとしてもだ。吐いたりしたらどうすんだよ」
「ダーイジョブだよ〜!あたしぜーんぜん、酔ってないし!」
「ほらな。つーか岩泉、お前もうちょっと砕けろって!名前ちゃんつまんなさそうじゃん」
「あーいや、全然。全然楽しいから、うん」

おい女子お前ちょっと黙ってろ、それから男子、お前よくそんな見え透いた振り方が出来るな。どうみても数合わせ要員の私を早々に末席に押し込んどいてよく言うわ。いや中心に据え置かれてくだらない話に付き合わされるよりは百倍マシだけど。
これだから酔っぱらいは、と言いたいのは岩泉と呼ばれた目の前の彼も同じだろう。眉間に深々と皺を刻んだ彼が視線を戻すのが見え、私は急いでグラスに目を落とした。そうだ、そんなことより今はこの後どう動くべきか考えなければならないのだ。


この岩泉さんという人は合コンが始まって以来今に至るまで、バイクで来たことを理由にアルコールを口にすることはなかった。一人アプローチをかけた女子がいたが反応は素っ気なく、すぐさま私と同じく数合わせに連行されたことが伺えて、自然と彼に絡む子もいなくなった。
お互い苦労しますねと内心呟いていたうちはよかった。それから二時間経った今、私はこの合コンの行く先に対し一抹の懸念を抱いている。そう、先程も述べたお持ち帰り計画疑惑だ。

相手の男六人全員が同じスタンスでいるなら話は早い。すぐにでも学科ラインでも通して彼女たちの迎えに来れる友人を募り、なんとか無事に家に帰すよう尽力するまでのこと。
だが問題はこの男。目の前でスマホをいじる岩泉さんの行動が読めないがために、私は動きに出かねて立ち往生しているのだ。

これがお持ち帰りを目的とした合コンであると仮定する。すると考えられる可能性は三つ。一つ、彼は仲間の計画に気づいてはいないが、単に飲ませ過ぎだと判断し制止に入っているだけである。二つ、むしろ彼は五人より策士であり、ゆえに一滴も飲まず自分のお持ち帰りを確実にしようとしている(にしては女子との絡みが無さ過ぎるが)。三つ、彼は他の五人の目的が気に行った女子お持ち帰りだと気付いていて、出来る限りそれを阻止しようとしている。…うーんわからん。そもそもこの三つに可能性を絞っていいのかという時点から謎だ。

ああもうなんて面倒なところに居合わせてしまったんだ私。被害妄想だと思ってしまいたかったが一度考えてしまった仮説は脳味噌を完全にジャックしている。ともあれ私は当初の適当に抜けて帰るという選択肢をもはや放棄せざるを得なかった。だって予測できていたのに見殺し(というと物騒だが)にするなんて寝覚めが悪すぎる。男子・女子両陣がワンナイトラブなどどうってことないと思っているとしても、泥酔して朝起きたらホテルで裸でしたなんて私だったら真っ平御免だ。

「あ、もうそろそろ時間ヤバいんじゃない?」
「え〜…?うそー、ほんとだあ」
「マジ?うわ、時間経つのはえーな。俺もっと美喜ちゃんと話したかったんだけど」
「やだ、ありがとうございます〜」
「ていうかみんな大丈夫?帰れる?」

何が帰れる?だコラ、しこたま飲ませたのはお前らだろうが。
唾でも吐きかけてやりたい内心をひた隠しつつ、これはいよいよヤバいと私は顔を引きつらせた。予感は的中してしまった。やはりラインを送っておくべきだった。文面はもう作ってある。だが迎えにこれる人が何人いるかわからないし、いたとしても来るまでに時間を稼ぐ必要もある。なんだその無理ゲー。そうして私一人でこの子ら全員無事に家に帰すだなんていうほぼ絶望的な望みの達成経路を考え始めたその時。

「おいアンタ、こい…この子らの友達の連絡先とか、わかるか」

私は思わず目を剥いた。こいつら、と言いかけたのをどう聞いても言い慣れていないことがバレバレの「この子ら」に言いかえたのは、他でもない私の目の前に座っていた彼。その視線の先には紛うことなく私がいる。
彼の射抜くような鋭い眼差しと、男子社会一色に染められてきたことをありありと語る武骨な物言いに私は一瞬たじろいだ。だが今重要なのは、それが明らかに、尋ねると言うよりは確かめるような聞き方であるということだ。
一瞬固まった私が現状把握に手間取っているのを察したのだろう、彼はちらりとその斜め後ろ、自分の友人たちがぽかんとして立っている方に視線を走らせ、私に目配せした。

可能性その三、ビンゴ。

何を思うより早くその答えが頭の中で点滅した瞬間、私の脳味噌はフル回転した。この人は味方だ。女の子たちを無事帰そうとしてくれているのだ。

「はい、すぐに」

すぐさま頷いた私は四の五の言わず、ほとんど既読無視ばかりしてきた学科ラインに迎え部隊編成を緊急要請するラインを飛ばした。親しくなくとも学科の仲間だ、貞操危機回避のため至急応援頼む。
だが当然彼と私の意図に気が付いた他の男たちが黙っているわけがない。先程まで上手く被っていた善人の仮面を剥がし、彼らはすぐさま反発を唱えた。

「はあ?俺らが送るっつったじゃん。迎えとかマジ要らねーって」
「つーか岩泉お前さっきからなんなの?」
「数合わせで来たヤツがカッコつけてんじゃねーよ」
「お前も何。ブスは引っ込んでろって」

女の子たちより少なかったとはいえそこそこ飲んでいたはずだ、酒の勢いもあるのだろう。最早隠す気もない下衆い言葉を浴びせてくる彼らのうちの一人が、テーブルを回って私の傍にやってきた。
身体が嫌でも強張るのを誤魔化せない。だが見下ろされては分が悪い。私は怯む足を叱咤し立ち上がると無言で彼に対峙した。正直何をされるか気が気じゃないが、スマホを握り締めたまま背筋を伸ばし、せめて後退るような真似はするまいと足に力を込める。
その無言の反抗は当然相手に伝わったらしく、男は私を睨み付けると一歩踏み出そうとした。

「なに睨んでんだよ、調子乗ってんじゃ…」

だがその瞬間、がたりとテーブルが鳴る音が大きく響いた。咄嗟に視線を向けた其処には、同じく腰を上げ立ち上がった岩泉さんの姿。
大きい。何より先に思ったのは彼の身長で、しかし間違いなく間抜けな顔を晒していたであろう私に構うことなく、彼は先程私に向けたものとは桁違いの鋭さを帯びた三白眼で私の目前の男を射すくめた。薄いくちびるが開かれ、嫌悪と不快を隠さぬ腹の底から響くような低音が言った。

「調子乗ってんのはてめぇの方だろうが、クズ野郎」

ぞわり、背筋が粟立った。
空気を伝いビシビシ伝わってくる重く冷たい怒気。貫禄が違う。言葉に乗る凄みの、その質量が圧倒的に。
スイッチが切り替わったかのように纏われた気迫が一気に空気を震撼させる。それは目の前の男も感じたらしく、明らかに怯んだ表情を隠せない仲間の姿に野次っていた他の五人も口を噤んだ。酔い潰れた女の子たちも不穏な空気を感じ始めたようで、場は一気に静寂に包まれる。

「おおかた泥酔させて持ち帰ろうって魂胆はミエミエなんだよ。そもそも数合わせでいいから来いっつったのはそっちだろうが。カッコ付けだろうが何だろうが、気に入らねーモンは気に入らねー。てめぇらと一括りにされねーで済むなら悪役でも何でもしてやらァ」

右脚に体重をかけ、ごきり、男らしく厚みのある首を鳴らしてみせた彼は、迷いの無い口調で言い切ると、唇の端を吊り上げ凶悪な笑みを作った。当然笑ってなどいない目には侮蔑と嫌悪の刃がぎらりと光っていて、その顔はどう見たって本人の言う通り正義のヒーローより悪役の方が遥かに似合っている。

「それから、てめぇみてぇな野郎に、ダチ全員無事に家に帰そうとしたコイツをブス呼ばわりする資格ァねぇよなァ?」

アンタからコイツに昇格した…!…いやこの場合は降格なのか?
そんなどうでもいいことを一瞬考えていた私の目の前で、彼は次の瞬間その笑みを消し飛ばし、こめかみに青筋を立てて言った。

「謝れや。」

結構ですいっそ私があなたに土下座したい。

深刻に切実にそう思いながら、有志により結成されたお迎え部隊による突撃を告げるラインの受信を知らせる間抜けな音がするまで、私は半泣きで頭を下げる目の前の男の旋毛と、最早興味なさげにスマホをいじり始めた岩泉さんの横顔とを交互に見つづけるハメとなった。






「本当にありがとうございました…」

最後の一人を迎えに来た車が遠のくのを見送ったコンビニ前、煌々とアスファルトを照らすネオンに影を作りながら私は隣に立つ岩泉さんに深々と頭を下げた。時刻はもう真夜中を過ぎる頃だ。幸い明日は日曜だが、だからと言って出歩いてまで夜更かししたいとは思わないこの時間まで、彼は私に、というか他の参加者たちの見送りに付き合ってくれていた。

「ヤメロ、顔上げてくれ。むしろこっちが謝るべきだろ」
「いえ、あなたには何の落ち度もありませんから」
「ならアンタも礼を言う必要はねぇよ」

とんでもない、私がしたのはせいぜいラインを飛ばし足をガクガクさせながら酔った男と五秒にも満たない無意味な睨み合いをしただけだ。場を制圧(もしくはハイジャック)したのは間違いなく彼であり、岩泉さんがいなければ私一人では彼女たちを無事家に帰せなかったに違いない。

「あの、何かお礼を」
「いいっつってんだろ。礼されるようなことしてねぇよ」
「……、」

字面だけ見ればなかなか荒い物言いだが、その口調は謙遜でも建前でもなく心の底からなんとも思っていないことがわかるものだったため、私は思わず黙り込んだ。ここまで言われてしまうと二の句を継ぐのも躊躇われる。
皆の迎えを待つ間にコンビニで買ったコーヒーはすっかり冷めてしまった。私は温いカフェインを流し込み、缶をゴミ箱に捨てた。隣の彼も続いて缶を投げ入れる。ナイスシュート。

「…アンタ、帰りは電車か?」
「あ、はい」
「……、よければ駅まで送る」
「え。」
「さっきの今だし、気乗りしねぇなら気にしなくていい。好きに選んでくれ」

予想外の申し出と私が答える前から準備された逃げ道に、思わず隣に立つ彼をまじまじと見上げた。さっきの今、と称したお持ち帰り計画の後となればその申し出が例え善意とわかっていても躊躇われる女子の心中を慮った上での台詞と、微塵の恩着せがましさもわざとらしさも伺えない淡泊な物言い。これが演技だとすれば役者も真っ青だ。
さっきから十分その兆候は見えていたが、というか兆候どころの話じゃなかったが、この人アレか。真正の漢前というやつなのか。おい聞いてないぞメディア諸君、こんな漢前は二次元にしか生息してないんじゃなかったのか。どんなお母様が育てたらこう育つんだ。DNAか。DNAなのか。

「…思ってはいたんですけど」
「ん?」
「何食べて育ったらそんな漢前になるんですか」
「は?」
「私もそんな風になれれば…」

こう、息するように人を気遣える目の配り方とか、他人の圧力に怯まず堂々と自分の信条を貫く度胸とか、百語るより先に一つ行動してみせる器とか、どんなに憧れようと努力すればなれるというものではない。私は確かに女だが、そういういわゆる「男前」的な要素は究極的な話、性別など関係ないはずだ。
切実に羨ましく思う気持ちを噛み締めていたら、不意にぶはっと噴き出す音が頭上から聞こえた。

「…男前だなんだってのは、まあちょいちょい言われっけど」
「、はい」
「そうなりたいって女子には初めて会ったな」

肩を震わせ笑いをこらえる(実際こらえきれていないが)彼を見上げ、私は笑われていることをどうこう思う前にただ面食らっていた。この人今日、初めて笑ってるんじゃないか。酒の席では元の顔立ちがやや強面なのを差し引いても、ずっと仏頂面というか、機嫌の悪そうな顔をしていたのに。

「っはー…悪い悪い。真剣な顔して何言うかと思ったら予想外過ぎて笑った」
「はあ…」
「悪かった、バカにしたわけじゃねぇよ」
「いえ、わかってます。ちょっとびっくりしただけで」
「びっくり?」
「や、笑ったとこ今日初めて見たんで」
「…あの場で笑う要素あったか?」
「皆無ですね」
「だろ。つーかアンタもずっと笑ってなかったし」

明らか浮いてたろ、と言われ素直に頷く。思ったよりずっとよく話す人だったんだなと少し安心して、あの胸糞悪い合コンに巻き込まれた経緯を話してみれば、彼は自分も似たようなものだと顔をしかめてみせた。何でも無駄に顔の良い幼馴染みさんがドタキャンしたとかで、埋め合わせにと無断で差し出されたのだという。似たようなものどころか私なんかより更に酷いんじゃないだろうか、ソレ。少なくとも私は形式的だとしても同意して来たぞ。

「もうそれ生贄じゃないですか」
「い、…確かにな…表現が的確過ぎて余計腹立ってきたわ」
「幼馴染みさん、察知してたんですかね…」
「あいつ等の企みにか?…有り得るな、無駄に嗅覚のいいとこあるし」

次会ったらぜってぇシメる。
座敷で他の男子を圧した時のそれとほぼ同じ凶暴さを帯びた顔に、私はやや背筋を寒くしながら顔も知らぬ幼馴染みさんとやらの命運を案じた。さっきの今じゃその仕打ちは笑って許せるものじゃないので庇いたいとは思えないが。

「もしかしたらわかってて送り込んだ可能性もあるわ」
「え、それ生贄どころかただの嫌がらせですよね」
「俺がアイツらの好きにさせねーことを読んだ上でそうしたかもしれねーってことだよ。無駄なところで頭回るからな。無駄なところで」

先程から無駄という言い回しが非常に多い辺りに、彼の幼馴染さんへ対する怒りの片鱗が垣間見える。しかし岩泉さんの憶測が正しいとすれば幼馴染みさんとやらは大した策士だ。頭の回る人だと言うなら、岩泉さんの方が事態をうまく収集できると読んでの采配だったのかもしれない。まあ無論自分が面倒に巻き込まれたくなかっただけだったと言う可能性も十分、というか普通に考えてそっちの説が濃厚だが。

「…あーでも変な話、私その幼馴染みさんに感謝しないとだめかもしれませんね」
「は?」
「だってあの場で岩泉さんがいなかったら、今頃完全にあの子たちホテル行きでしたよ。私じゃどうにもなりませんでしたし」

まあこの理論で行けば彼に感謝しなければいけないのは正確には私の友人たちなわけだが、彼女たちだってきっとわかっていて無防備に飛び込んでいったわけではないだろう。現に空気がおかしくなってきたときには不安げな顔をしていたし、事情が分かってからは迎えが来るまで反省した様子を見せていた。まだ正常な貞操観念を持っていてくれて安心したが、これに懲りてしばらくは大人しくしていてくれることを祈るばかりだ。なんせ次はきっと助けてやれない。

「そしたらアンタだって危なかったろ」
「いや私完全数合わせ枠だったんでノーマークですよ」
「…あのな、もうちょっと危機感持て。俺に下心があったらどうすんだよ」
「タクシー呼んで帰ります」
「…っぶ…!」

即答すればまた吹き出された。失敬な、だって後ろにはコンビニがあるから安全だし、適当に時間潰してタクシー待って家まで帰ったら万事解決じゃないか。

「くくっ…そら賢明な判断だ。いいわ、アンタみたいなヤツ、俺結構好きだわ」
「それはまた…光栄ですね」

存外笑い上戸なんだろうか、見上げた顔はさっきの社会人も顔負けしそうな気迫と威厳をすっかり潜め、むしろどこに隠していたんだと聞きたくなるような少年の名残を残す笑みを浮かべている。きっと高校時代とかキラッキラだったんだろうなあ。男の人の笑顔は女子と違って感情に素直な場合が多い。無意識なのだろうが、よくも悪くも使い分けがわかりやすいのだ。だから男の子同士でじゃれている時は少年のような幼い顔をして笑うのに、真剣な時は大人の男の人、恋人に微笑む時にはその時にしか見せない甘い笑みを浮かべて見せる。そりゃ女子も男の前じゃ笑い方も変わるけれど、女性の場合はこう、演技が先立つことがある。私には上手く説明できないが。

「なあ、アンタ、名前なんてったっけ」
「名字です」
「下は?」
「名前、です。岩泉…何さんですか?」
「岩泉一だ」
「はじめさん」
「おう」

いわいずみはじめ。さっき出会ったばかりの人に向かって何だが、彼に似合いの名前だと思った。こんだけ話しといて、というかあんだけの(ある意味での)修羅場を潜り抜けておいて今更自己紹介かとは思うが、私は彼の名前をしっかり復唱した。なんせ恩人だ、忘れるわけにも覚え間違えるわけにもいくまい。

「で、どうする?」
「はい?」
「送られとくか?」
「…、」

岩泉さんがこちらを見下ろし尋ねる。それはさっきみたいな、一線向こうから淡々と選択肢を提示するような調子ではない。コンビニの電灯の光を綺麗に反射した瞳が、少年の悪戯げな色を隠した男の人の光を湛えて私を吟味している。私は少し間を置き言った。

「じゃあ、歩きでお願いします」
「飲んでねーから乗せてやるっつの」
「それもすっごく魅力的なんですけど、せっかくなんでもう少しお話ししたいなと」

素直な処の要望を述べてみると、彼は少し目を大きくして、それからにやっと笑うとポケットに手を突っ込んだ。大きくて骨ばった手に収まるスマホを振ってみせ、彼は言う。

「じゃ、二人乗りは次の機会だな」
「…なるほど、それは名案ですね」

画面に浮かぶラインのID画面を目にした私も、思わずこぼれる笑みをそのままに自分のスマホを取り出した。

141214

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