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▼ Silver on his ears, Gold on my hand.



木葉秋紀という男子は、これまで私の生活空間に存在してこなかったタイプの男子である。

「おーっす」
「、はよ」

色白の肌と切れ長の瞳、涼しげに整った顔立ち。パッと見すれば理系寄りのサブカル男子に見える彼はしかし、全国区の強豪を張る男バレのレギュラーであるという。失礼を承知で言えば、人は見た目によらないものだと思った。というのも私の知る体育会系男子というのは、肩幅も胸板もゴツい丸刈り男子ばかりだったからだ(そして友人には「それ多分野球部限定ね」と真顔で言われた)。偏見は承知である。なんならちょっと目を引く格好良さと割りと派手な女子たちと談笑する様子から、サッカー部あたりじゃないのかと思っていた。重ねて言うが偏見は承知である。

しかし制服は着崩してなんぼ、シャツの下には派手なTシャツ、首もとに時折出現するシルバーアクセサリーが並べば、ヤンキーとは言わずとも結構なチャラ男と思うのも仕方ないのではなかろうか。地毛だという髪色も明るいのは事実だし、なんせ態度は軟派。基本的に女子コミュニティーを逸することなく学生生活を送ってきた私にとって、決してお近づきになりたいタイプの男子ではなかった―――のだが。

「わりー名字、数学見してくんね?今日出すやつ」
「どこ?」
「最後の」
「…それわたしも怪しいやつだな…途中式までで死んでるかも」
「まじで?どんな?」

きっかけは席替えのくじ引き。見事射止めた窓側後ろから二番目という好座席、隣にやってきたのはクラスが同じになって以降ほとんど絡んだことのない木葉秋紀その人だった。

初めは正直苦手なタイプと隣席になったと思い、絶対に教科書とか忘れないようにしようと心に決めたものだ。しかし私のそんな決意は思わぬ仕方で破られた。席替えからわずか一週間後、むしろ彼の側から教科書を見せてほしいと頼まれたのである。それも申し訳なさげかつ言いづらそうに。

思わず呆気にとられたが、予想より遥かに低い腰で頼まれて断るわけにはいくまい。了承して机を並べれば、彼は特別熱心ではなくとも必要な分のノートをきちんと取り、一つしかない教科書をめくるときには一言断りを入れるほどには律儀でもあった。

木葉くんってずいぶん見た目で損してそうだね。

授業の終わり、思わず口をついて出た私の一言に、豆鉄砲を食らったみたいに眼を丸くした彼の顔は今でもよく覚えている。

それなりに話すようになってしばらく、初めは思い込みで勝手に敬遠していたのをカミングアウトして謝れば、予想だにせず大層拗ねられ大変だった。普通にしててもつんとした横顔をさらにつんとさせ、その日一日素っ気ない態度を崩さなかった彼に途方に暮れ、体育館まで謝りに出向いたのは今ではいい思い出だ。

戸口でうろうろしていたところをマネージャーさんに拾われた私は、練習終わりまで体育館で見学した。私に気付いた木葉は酷く驚いていたらしい。らしいと言うのは、彼が汗だくになってボールを追う真剣な様、宙へ舞ってスパイクを決める躍動に魅せられた私が、機嫌を損ねたことも忘れてすっかり夢中になってしまい、彼の反応をイマイチ覚えていないゆえである。
彼がいつの間に機嫌を直したかわからないが、帰りに皆さんも一緒にコンビニに寄り、詫びのつもりで奢ったアイスを食べる頃には、いつもの彼に戻っていた。マネージャーさん達がニヤニヤしていた理由は不明である。

木葉が私を呼び捨てにするようになり、それに乗じて私も木葉を呼び捨てにし始めたのはその頃からだ。呼称とは良くも悪くも相手との距離感を左右する。交遊関係の広い木葉にとって私は数いる女友達の一人に加わった程度だと思うが、今では木葉は私にとってほぼ唯一かつ最も気楽に話せる男子である。

「…ていうか木葉、耳どうしたの」
「お、コレ?いーだろ」

きらり、色素の薄い髪から覗く銀色が、窓辺から注ぐ朝日を反射で散らす。視界の端をつつくそれにぎゅっと目を細めれば、光源の主は得意げな顔で耳元を見せてきた。色の白い肌に映える銀色の正体は思った通りシルバーピアス。ついっと上げた口元で満足げに笑う木葉に対し、私は思わず半眼になる。私学の校則をなんだと思ってるんだ。というかそれ以前に、

「いやチャラい」
「はあ?カッコいーじゃんよ」
「いやチャラい」
「二回も言うか!」

一転して不満げな顔をするチャラ男に呆れかえる。何がわかってねーなあ名字は、だ。わかってないのは一体どっちだ、素材の良さという言葉を知らないのかこの男は。

「木葉はそのままにしてる方が格好良いでしょ」

ちょっときつめに整った顔立ちと地毛とは思えぬ明るい髪色だけでも、木葉はもともと十分華やかな外見をしているのだ。そこに加わる尻ポッケの洒落た財布と手首のゴツい時計によって、すでに実質以上にチャラく見えているというのに、これ以上ピアスなどしようものなら第一印象ただのヤンキーである。

「ナチュラルビューティーってのはナチュラルだからビューティーなんだよ。木葉は元が十分良いから余計なものつけない方がいいに決まってる」

そりゃクラスのギャルたちからは好評かもしれないし、その人となりを知るクラスメートや同級生は別段気にしないだろうが、木葉を知らない人から見れば誤解が生じるに不足はない。しばしばチャラいだの軽いだのと言われることの多いこの隣席の同級生がしかし、思われているよりずっと真面目で真剣な一面を持っていることを私は僅かながらも知っている。

いつかの私がそうだったように、明確な悪意はなくとも見た目で人を判断してしまう人は少なくない。木葉はそのままで十分格好良いし、性格だっていいヤツだ。不必要な装飾品で彼の評価が下がるのは私が気に入らない。

「つまりはその髪色と目付きでチャラチャラしたらマジチャラ男、」

と、滔々と語った締めくくりとして指摘せんと横を向いたそこで、私は思わず言葉を失った。

なんだその顔。見開かれた切れ長の瞳が呆然とこちらを見詰めるのに戸惑う。まるで鳩が豆鉄砲を食ったような―――でもここ梟谷だし木葉もどっちかと言えば猛禽…

「…えーっと…?」
「ッ!」

ハッとしたように木葉が肩を揺らす。恐ろしくどうでもいいことで回転していた思考を再度停止させたのは、膠着数秒とまたたき二つ、急速に染め上がる真っ赤な頬だった。

「お前マジ―――マジお前なんなのマジ、」
「…なにって…」

思ってること言っただけだけど。

大きな掌が目元を覆う。染まった頬は覗いたまま。さらりと落ちた耳元の髪から、銀色の光が眩しく弾けた。むしろ私が聞きたい。なんだこれ。なんなんだこれ。

覗いた耳の濃い朱色が私の心臓まで飲み込むようで、じわじわと上昇する体温を悟られないよう、同じように黙り込むしかなかった。





「ちーっす」
「はよー…ってアレ、木葉ピアスやめたの?」
「あー…まあ、部活もあるし?」
「ええー、似合ってたのにもったいなーい」

授業中だけでもつければ?という可愛らしい声に肩をすくめるだけで応じた隣席の主が、進める歩みの延長線上ですでに席に着いた私を視界に入れる。しかしすぐさま背けた視線は頑なにこちらに向けないまま、木葉は何も言わず鞄を下ろした。
しばしの間、筆箱やノートを取り出す物音だけが響く。何も言わずに視線を前に戻せば、ややあって、不機嫌な声が唐突に言った。

「…なんか言うことねーのかよ」

言う事か。一瞬黙考する。では素直な感想から。

「結局何しても格好いいね」
「っぶ、」

げほげほと咳き込むこと数回、「てっめぇ…!」と睨みつけてきた眼光鋭い双眸はしかし染まった頬が台無しにしている。可愛いに訂正する?と聞こうか迷ったが、危険域に及び始めた体温上昇からいって墓穴を掘りかねない。じわじわと身体の内側を染め上げる感情を握りしめ、私は緩む口元をごまかすように声を上げて笑った。


161129
実は木葉さんも大好きです。
耳元のシルバー、手のひらのゴールド:金髪の彼を手のひらの上で転がすような…そういうニュアンスで…

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