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▼ 節で


「…ん」
「…ん?」

おっとこれは何のデジャヴ。
少女、名字名前はいつかと同じように体を固くした。その腕は相変わらず折れそうに細く、今度は山盛りの洗濯物の入ったカゴを抱えている。そして目前に差し出されているのはこれもまた相変わらず大きな掌と、ジャージの袖を捲った逞しい腕。

またも瞬きの数を多くする彼女は思案した。これは何かの儀式なのだろうか。以前と同じく何かを献上すれば正解なのだろうか。しかし今日のジャージのポケットは生憎空っぽにしたままだ。

名前はやはり伺うように副主将を見上げる。普段と何らかわりないようで、しかしその眼光鋭い眼差しはコート上に居るときのように真剣に見え、彼女は尚更次に打つ手を逡巡した。
だが相対する岩泉もまた一瞬の躊躇いを顔に過らせる。差し出した分厚い掌が迷いに揺れた。しかしそこは男気に関しては青城随一の男、振り切るまでに長くはかからなかった。

「…貸せ。持つ」
「え」

本編初の単音節以上の会話と同時に、岩泉は名前の抱える洗濯カゴの取っ手をむんずと掴んだ。呆気にとられた名前の細腕から軽々と取り上げたそれを片手に、くるり、彼は背を向けて、部室裏の洗濯機のもとへ歩み出す。

「あっ、あの、それ…!」

ようやく我に返った名前が大慌てで追いかけ、リーチの違う歩幅でなんとか追い付いた時には、彼は洗濯物の中身を洗濯機にすっかり放り込み終わっていた。

名前は混乱の境地に片足どころか両足を突っ込み、ずぶずぶと嵌まり込んでゆく。これはいったいどういう事態だ。もしやさっさと洗濯しやがれ困ってんだよ的な苦情の遠回しのアピールか。
いやでも先輩方の中でも随一の男前と名高いこの副主将なら、言いたいことは真正面から直球で告げるはず。ああでもきっと気遣いもできる人だからもしかするとそんな可能性も…。

などと考えすぎてぐるぐるし始め、言葉もなくおろおろする名前に、岩泉はもしや見当違いの手助けだったかと焦って問うた。

「…悪い、なんか間違ってたか?洗濯物かと思ったんだけど、」
「え、…あっ、いえ!合ってます、洗濯物…」
「そうか、ならいい」

飲み込むまで数秒、慌てて首を振った名前に、岩泉はほっとして頬を弛めて笑う。あ。
名前はさっきとは全く違う意味でフリーズした。口角を上げ、目元を和らげただけの笑み。それは彼女にとってほとんど初めて自分だけに向けられた、普段無用に自分に話しかけてくることのない岩泉の笑顔であった。

「岩泉ー!次紅白戦だぞー!」
「!…、」

名前の背後から届いた声に応じようと、岩泉は顔を上げる。しかしはっと名前を見下ろしてその返答を中断させた彼は、いったん名前の横を通りすぎた。そしてその大きな背中を見上げた名前を背後に回した状態で、向こうにまで届くよう声を張る。

「おう、すぐ行く!」

文字通りすぐに走り去ってゆく練習着の背中を呆然と見送った名前は、彼の背中が体育館に消えようとする寸前に気がついた。気を遣われた。刹那的に、それも気づかないほど当たり前のように。

名前は異性、特に体育会系の男子が苦手だ。それでもと押し切られ入部した当初は特に、距離を詰められるたりそばで大声を出されると顔を強張らせて凍りついたものだ。
そういう意味で岩泉は一見名前の苦手な男子の典型であったが、接してみれば予想外なことに、彼は名前に対しいっとう良心的だった。

慣れない仕事に奮闘する健気な姿は悪戯心やら男心をくすぐるのか、無用に名前を構う部員たちは以前ほどではないが今でも多い。
そんな可愛がりが高じて名前が涙目になる前に首根っこを掴んで引き離したり、ついでに彼女がマネ業に右往左往していればさりげなく助け船を出すのは、思えばいつも岩泉の役回りだ。

彼が用件なしに言葉をかけることは滅多にない。用件があるときにも、ぶっきらぼうな物言いなれど過不足なく、名前の驚かない声量で伝えるだけだ。
今もそう、声を張って返答する前に名前を背に回したのは、その声量で彼女を圧倒しないため。

「っ…ありがとうございます!」

名前は咄嗟に叫んでいた。あとわずかなところで体育館の向こうに消えようとしていた岩泉は、彼女には珍しい大声に驚いて背後を振り返る。名前はそれを確かめてからしっかり腰を折り頭を下げた。顔を上げた頃には岩泉の姿はなくなっていた。

「おー、ポイントアップ成功?」

唇を引き締めて体育館に戻ったそんな岩泉が、ニヤっと笑った癖っ毛のミドルブロッカーにこっそりからかわれ、物言わぬまま耳朶を染めていたことを彼女は知らない。

160411

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