short | ナノ


▼ 単音


「…ん」
「…ん?」

ずいっと差し出された大きな掌を前に、少女はぱちぱちと目を瞬かせた。

洗い立てのボトルを目一杯に詰め込んだ籠を抱きかかえる細腕は白く頼りなく、濡れた手を拭う間も惜しんで運ぼうとしたのだろう、水滴を散らしたまま晒されている。黒々と肩に流れ落ちる髪は飾り気はないがよく整えられ、色白の肌にも化粧っ気はないが、控えめに色づく唇が良く映える。
ビブスを洗い、その間にボトルを洗って、いざ用具室に片づけにゆかんと意気込んでいた少女、名字名前は、瞬きの数を増やして視線を彷徨わせた。

目前に突き出されるは、いつもネットの向こうへ重く力強いスパイクを決めるごつごつとして分厚い手のひら。その持ち主は彼女がマネージャーを務める青葉城西高校男子バレー部のエースで頼れる副主将、岩泉一。
部員の皆とは過不足も忌憚もなくコミュニケーションを取る一方で、自分には基本的に事務的な対応しかとらないこの先輩が、己が道を塞いで手を差し出す理由とは何なのか。

岩泉は何も言わない。彼女は迷う。
岩泉が焦れたように身じろぎ、周りの目を気にしてか急かすように一層前へ手を突き出した。しかし名前は混乱に片足を突っ込んだまま右往左往する。

「…ん!」
「…んん…?」

何か渡せばいいのだろうか。しかし今手元にあるのは空のボトルとポケットの中身のみ。
真意を尋ねんと見上げて伺った彼はしかし、ものの数秒で視線を逸らして顔を背けてしまう。

まだ片づけ作業は残っている。マネージャーの少ない青城では新人たる彼女も一戦力として欠かせない。
名前は意を決した。籠を足元に置くと、彼女はジャージのポケットに手を突っ込んだ。そして彼女のそのアクションに動きを止めた岩泉の大きな手の上に、先輩マネにもらったばかりの飴玉を二つ、指先だけでそっと乗っける。

ぴしり、彼は手のひらにちんまり収まるファンシーな包みを前にフリーズした。一方彼女は任務達成を確信し、ほっと胸を撫で下ろす。そのままぺこりと会釈して籠を抱え、彼の隣をすり抜け用具室に駆けて行った。

残された彼はたっぷり数十秒かけて解凍され、飴玉を見下ろし、ゆっくりと天を仰いだ。
背後からそっとやってきた彼のチームメイト兼幼馴染が、その分厚い肩に労うようにぽん、と手を置いた。

「岩ちゃん、とりあえず会話しよう」


160410
全四話。シリーズと呼ぶには短すぎるので短編で更新致します。

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