short | ナノ


▼ 幕間にてかく語りき



なんであの子なんだろうと首を傾げる声を聞くことはよくある。

名字名前。身長は多分170近く。周りの女の子よりすらりと伸びた背、高校の頃から短い髪は染められたのを見たことはない。長身と隙の無い立ち振る舞いには女の子らしい装いよりもパンツスタイルが似合い、化粧っけのない顔立ちは可愛いというよりは綺麗め、むしろ近づくのを躊躇させる涼やかな整い方をしている。

ツンケンしてるわけじゃないけど朗らかではないし、話せば普通だけど愛想はない。でも自分の中に一本曲げない芯があって、一度決めたら譲らぬ頑固さがある。必要とあらば相手が誰だろうとはっきりモノを言うし、口喧嘩でもすれば負けるどころか男子顔負けの物言いで応酬してくる。
そんな彼女をガサツと言うヤツは高校時代から少なからずいたし、俺たちとしても遠慮なく言い合える女友達としては一緒にいて楽だったけど、確かに付き合うようなタイプじゃないというのは何となくの共通意識だと思っていた――――そう、岩ちゃんが、俺の幼馴染が、そんな彼女と付き合うことになったと告げたその時まで。


岩ちゃんは実のところ結構モテる。そりゃ俺には負けるだろうけど、岩ちゃんがそこらの男共を頭一つどころか三つ抜いて男前なのは何も俺たちだけが知る秘密じゃない。無論そんな岩ちゃんは、告白されればとりあえず付き合う、なんて適当なことはしない。とは言えひとたび付き合えば遅い時間には送り迎えもするし、頼まれれば買い物だって付き合ってやる。彼女になるのは大体控えめな感じの可愛い女の子で、俺らと同じバレー馬鹿なのを除けば、彼氏としての岩泉一に不満を抱いていた子を見たことはない。

そしてそれだけ聞いたヤツはきっとこう推測するだろう。岩泉はさぞ彼女と長続きするんだろうと。
ところがどっこいぎっちょっちょん、実のところそれは都市伝説だ。及川や花巻、松川なんかといったごく親しい連中は知っている。それまで岩泉が一年と付き合い続けた彼女は一人もいなかったのだ。

決して相手の女子が愛想を尽かすんじゃない。むしろ岩泉が相手を振るのだ。それも唐突に、相手の女子が一体何が起こったのかわからないくらい突然に。

一体どうしたんだ。何かあったのか。
岩泉一という人間の性質を知る皆は初めこそ一様に質問攻めにしたけれど、もともとそういう話に関して口の軽い男じゃない。それでも幼馴染の特権というか、俺が本気で心配していることがわかったんだろう、一度だけかの男前と名高い幼馴染が語ったのを聞いたことがある。

――なんか、疲れるっつーか。

別にものすごく我慢してたわけじゃない。彼女のことは普通に好きだったし、我儘の一つや二つ聞いてやるのに文句はない。彼氏として当然のことはしてやるのが筋だと思う。
けれど途中で何かが違うと思い始めて、そしたらあとは加速するばかりで。

――まあなんつーの、結局俺にゃ向いてねーんだろ、こういうの。

いっそ他人事のように言った彼にしばし絶句したのは記憶に鮮やかだ。けれどそんな幼馴染の秘めたる本音を耳にしていたからこそ、これまでの可愛らしい小柄な女の子とは対照的な彼女がその隣に並ぶようになった時、首をひねる周りに反し及川だけがああそうかと納得出来たのだ。ああそうか、彼女ならと。

気が強いの一言で片づけられるかもしれない。けれど名字は言葉にする前に察して欲しいなんて回りくどいことは言わず、いつだって直球勝負だ。
頑固で意固地と言われるかもしれない。けれど彼女は納得いかない時には変な遠慮も拗ねもなく真っ向から話し合い、その上で納得できたなら驚くほど潔く譲る。頑固になるのは譲れない確固たる意志のある時だけで、その点非常にわかりやすい。

その遠慮の無さについリミッターを緩めた岩ちゃんが、これまでの彼女には、というか普段俺らには言っても女の子には言わないような暴言(ボゲとかうるせぇとかそのレベルだけど)を吐いても、彼女はショックを受けるどころか喧嘩も辞さずに負けじと言い返していた。

名字名前。ふわふわして控えめで癒しになるような、そんな可愛らしい女の子とは対極の女の子。
似た者同士に違いない二人が他の奴ら以上に気が合うところもある反面、些細な事でぶつかり合うのもままあること。そんな二人が付き合いだしたと聞いた時には、「いいのかお前ら、下手なことして友達辞める気か」と周りはハラハラしたものだ。

けれどそこは幼馴染、心配しなかったわけじゃないとはいえ、及川はなんとなくこの二人は続くんじゃないかという気もしていた。
そしてその根拠不明の予感のわけは、なぜ岩泉が今までの彼女と長続きしなかったのかという都市伝説の真相と、奇しくも遠からぬところにあった。

「多分さあ、甘えがあったと思うよね」
「甘え?…岩泉にか?」
「そ。岩ちゃんに、名字に対する甘えがあったんだよ」

岩泉は名前に対し、それまでの彼女にしていたような特定の遠慮をしなかった。
例えば優先順位。これまで彼女がいる時期は極力そちらに合わせていた予定を、名前と付き合い始めてからは男友達との約束を優先するようになった。
名字はいいのかと尋ねるも、いつも大丈夫だの一言のみ。一度目の前でスケジュール調整している様子を見たときにはそのわけがわかった。バレー部の集まりと先約たる名前との予定が重なった時、驚くことに岩泉はごく普通に名前へキャンセルを申し出たのだ。

――はあ?ちょっともっと早く言ってよ、せっかくバイト抜いたのに!
――それは謝る、スマン。…あ、けどお前もこの日友達と映画行ってたべ?
――え、どこ?…あ、そういやそうか。オーケーわかった、じゃあ次の週は?

もちろんいつも約束を反故にしているわけではない。名前の方が岩泉に妥協を求めることもままあったし、岩泉の方から変更を申し出るときは大抵、部活の集まりだので彼自身の意向とは関係のないところで調整が必要になったケースがほとんどだった。

しかし及川はそれでも十分驚いた。これまでの彼女であれば、もう少し遠慮というか、そういうもやつきのようなものを幼馴染から感じていたのに、名前を前にした岩泉にはそういう負い目のようなものがほとんど感じられなかったのだ。

名前も名前でいろいろ文句を言う割に言ってしまえばそれで済むらしい。最後には呆れたように肩をすくめ、「アイツがバレー馬鹿なんて話、今に始まったことじゃないでしょ」と言う始末。その後も酷く落胆したり拗ねた様子もなかった。

周りから見ればお世辞にも仲睦まじいカップルには見えないはずだ。ちょっとしたことですぐ口喧嘩、そうなれば互いになかなか口が悪いから結構なやり取りにもなる。仲直りだって素直さのかけらもない。それでも最後には軌道修正して戻ってこれる二人に、及川は思っていた。

「それが出来るってのがさ、そもそもスゴイことだったんだよ」

普段通りの口調で遠慮なくモノを言う。しかるべき配慮はしても、余計な遠慮はなく我儘を言える。互いの思うところを真っ向勝負でぶつけ合う。
友達同士なら可能かもしれない。けれどそれが恋人相手となれば、どうだろう。

岩ちゃんは男前だ。でもイコール女の子の扱いが特別上手いかと言えばそういうわけじゃない。ただ世間で言う良い彼氏というものがどんなのかは知っているし、その性分からして、付き合う以上はほぼ及第点上の"良い彼氏"として相手を大事に出来る。

でもだからと言って、それが岩ちゃん本来の性質であるかといえば、それもイコールではないのだ。

「…つまり岩泉は、今までの彼女と付き合ってるとき無理してたってことか?」
「無意識にだろうけどね。岩ちゃんがそんなこと打算で出来るとは思わないでしょ」
「まあな」

考えれば当然だ、と及川は分析する。四人の中でも一番体育会系の名が相応しい岩泉の通常装備は男前という最終奥義それ一択。恋愛テクなんて小細工などなくとも恋人を大切にすることなどその装備で事足りるわけで、けれど友達と付き合うのと恋愛は畑が違う。

「良い彼氏でいようって気持ちに嘘はないんだよ。大体そういうのを上辺で出来るほど岩ちゃん器用でも性悪でもないし。でもだからこそ、無理してるのに気づかないっていうか」
「はー…なるほどな。だから名字か」
「マッキービンゴ。そーいうこと」

名前は岩泉にとって「一般的なカノジョ」にしてやるべき気遣いというものをする必要がない。何より名前自身がそんなもの必要としていない。喧嘩しても暴言を吐いても、自分に非があると思ったら謝るし、そしたら相手も許してやれる。文句だって言うけど同じくらい譲りもする。

(ただ今回は、そのパワーバランスを間違ったんだろうな)

これはきっと岩泉は気づいていない。けれど一歩引いたところから見た及川の見立てからして、岩泉は名前にかなり甘えていた。無論もともと男前な岩泉基準である、世間一般のヒモ男共とは比べるべくもないが、これまでの彼の付き合い方を知る身から言えば、岩泉にとって名前は実のところ、本当の意味で"物わかりの良い"彼女だったのだ。

名前はいつも最後には「仕方ないなあ」と笑って、時には怒っても、最後には意見を譲り、あるいは自分の予定を調整した。それは多分、名前が岩泉を本当に好きだからだ。
岩泉が嬉しいなら、楽しいなら、喜ぶならまあそれでいいか。たとえその喜びの理由が自分と過ごす時間でなくとも。…無論、彼女自身にも自覚があるかは知らない。けれどその呆れたまなざしにはなんだかんだでいつも、そんな包み込むような優しさが滲んでいた。

何度も言うが名前は愛想がない。可愛げもないし、ついでに頑固で口も悪い。凛と背筋を伸ばして肩で風を切る姿に隙は無く、短い黒髪の下の落ち着いた瞳は滅多なことじゃ揺らがない。度胸も根性も人並み以上、大抵の男は友達には良くても彼女には、と一線引くタイプかもしれない。

けれど普通に接せばよく笑うし、笑った顔は結構可愛い。数は少なくとも持つ友は皆良き精鋭ぞろい、彼女自身そういう友達のことは心底大事にするヤツだ。負けん気が強く男要らずに見えて、本当は酷く傷つきやすいところがある。素直になれない自分に何度も落ち込んで、その性格と容姿故に可愛らしい洋服は似合わないのだと思い込み(ファッションセンスナンバーワンの花巻曰く、上手く選べばそうでもないというのに)、何より本当に岩泉のことを好きなのは及川も知っている。

そして岩泉には絶対言えないと頑として譲らない名前が時折及川に零しにやってくる悩みがどれも、全く無自覚の健気さと女の子らしさでいっぱいなのを知ってるのは―――そしてそんなふと垣間見える彼女の思わぬ女子らしさを知り、そのクールな普段とのギャップに完全にオちる男が少なからずいるのを知っているのは―――悲しいかな名前本人でも多分岩泉でもなく、この及川徹なのである。

「じゃあ、今回は流石に我慢ならなかったってことか…」
「…そんな感じ、かなあ」

松川が日本酒をぐるぐると回して呟く。花巻は酷く意外そうな、しかしちょっと憐れむような眼差しで酔いつぶれて突っ伏したままの短い黒髪を見やった。意外や意外、ではあるが今回ばかりは庇えそうにないらしい。そこには同意せざるを得ないだろう。


交際二年目の記念日をドタキャンしたその翌日、岩泉と名前は派手に喧嘩した。本当は前の日の晩に送っていたはずの連絡が、スマホの不具合か何かでサーバーに留め置かれ、約束当日まで名前の元に届かなかったことが事態を悪化させていた。それは確かにすべて岩泉のせいとは言えない。けれど名前はほとんど耳を貸さなかった。

それから数日、岩泉はすこぶる不機嫌だった。大学で名前を見かけることはなく、連絡を取ることもなかった。
不可抗力もあったとはいえ自分の方が悪いのはわかっていたはずだ。いつもなら連絡の一ついれていただろう。けれどその時の彼は意地を張ってしまったのだろうと及川は思う。

事態が急変したのは喧嘩から一週間近くが経った頃。血相を変えた岩泉が及川の元にやってきて、名前と連絡を取れないかと尋ねてきた。一体どうしたのかと尋ねれば、同じキャンパスにいながら一週間も姿を見ないことにさすがに心配して連絡を取ろうとした時、その手段すべてが断絶されていたというのだ。

それから数日の間、岩泉はどうにかして彼女と会えないか手を尽くした。もちろん及川も協力したが、彼女もこれと決めたら一直線、通学も授業も先読みを徹底し岩泉を避けていた。恐らく友人宅などにいたのだろう、自宅にすらいなかった。

本当に愛想を尽かされたのかもしれない。これまでの自分を冷静に考えれば、彼女にはその決定を下すだけの十分な理由がある。

潔さと男気では他の追随を許さない幼馴染には本当に珍しく弱気にそう言った。同時にああそうかあの子の存在はこんなに大きかったんだなと思いもし、彼がきちんと彼女のことを好いていたのだというのも今更ながら実感した。
思いつく最悪の事態も受け入れられるよう心の準備をするのは至難の業だったろうに、それでも流石は生来が筋の通った男である。どんな結果になるかはわからない、それでも話をしないことには始まらない。そしてたとえ、たとえもう駄目だったとしても、だったらせめて一言だけでも謝りたい。彼女の想いを無碍にして踏みにじったことを、一言だけでも。

しかし無情にも名前が多方面からの連絡に応じることはなく、藁にも縋る思いで赴いた彼女の友人の元、そこで岩泉はトドメを刺されてしまった。

――泣いてたよ、名前。ずっと泣いてた。

最後通告のように聞こえたと言う。
言葉もなく酷い顔をして戻ってきた幼馴染に、及川は黙って居酒屋に予約を入れ、元チームメイトを招集し、そして最後の望みにかけてみた。


いつも以上にあり得ないペースで度数の高いアルコールを入れ、饒舌に愚痴り、最後に本当に少しだけ諦めの懺悔を吐いた岩泉は、ついには机に突っ伏して酔い潰れた。岩泉も普通の男なんだな。ぽつりと呟いた花巻の言葉は言い得て妙で、松川と及川は無言で頷いた。

そんなすこぶる珍しい姿を横目に、及川は座敷を抜けてスマホを取り出した。呼び出したアドレス帳には岩泉から聞き出しておいた電話番号の羅列が一つ。

そう、名前は及川の電話番号を知らなかった。岩泉に頼まれて連絡を取ろうとしたとき、『この前別れたからそういうことで』という一方的な報告だけでラインはブロックされている。けれど知らない番号を着信拒否には出来まい。

後は俺の話術次第。そうとも、最終兵器というものは、最後のどんでん返しのために取っておいてこそ最終兵器となりうるのだ。コート上でも、男女の駆け引きにおいても。

「あっもしもーし名字?ひっさしぶりー元気にしてた?」

一拍おいて聞こえてきた険悪な声など、想定の範囲内に過ぎないのである。


151104
すみません終わりませんでした…次で終わる、はず、です。

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