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▼ 波の底で疼く


※(エセ)オメガバースパロ
※ほとんど知識が御座いませんのでぼんやりした表現しか御座いません



―――なんで。

どくり、嫌に大きく波打つ鼓動。脈打つ血流の温度がじわじわと上がる感覚。体の奥が鈍く疼く。意志を侵食する生体反応の予兆に、上昇する内臓温度と裏腹に背筋が冷えてゆく。

なんで。この前来たばかりなのに。まだ二週間もたっていないのに。

じわりと額に脂汗が滲む。包囲網を狭められ始めた理性が猛烈な警報を鳴り響かせる。
駄目だ。ここにいてはいけない。このままでは、誰かに気づかれる。

「名前?」

ガタン。席を立つ、友人が驚いたようにこちらを見る。音に気づいて振り向いたクラスメートたちの視線が散ってゆかずに纏わりついた。異変を察知され始めているのだ。

足が震える。早く。早くどこか、誰もいないところに。

「…名前?どうし…」
「ごめん」

ちょっと気分悪いから、

そのあとの言葉は思いつかなかった。帰るとも保健室に行くとも言えず、私はただ命令系統を無視し始めた足を叱咤し教室を飛び出した。

畜生。
苦し紛れに吐き捨てる。急速に機能を落としてゆく身体に苛立ちと焦燥が沸き起こる。
畜生。
忌々しい。あまりにも忌々しい。出来るならこの身ごと引き裂いてしまいたい。
私が一体何をしたっていうんだ。

唇を目一杯に噛み締め、感覚神経を叩き起こす。"こう"なる度に何度も繰り返してきた行為で傷跡の癒えないそこから鉄の味がした。がくん、足から力が抜ける。体が熱い。駄目だ、どうしよう。どうすれば、

「、!」

背後から足音がした。辛うじて振り向いた先に、体操服の足が見えた。視線を上げる。沸騰するような体の芯を無視して、今度こそ背筋が凍り付いた。
―――熱に浮かされた目に溶ける、理性が瓦解する色。

「っ…、」

人目を避けたことが仇になる。吐き出した息の熱さに嫌悪が渦巻く。ごくり、鼓膜をなぞった他人の生唾を呑む音に、私はポケットの中の冷たいそれを力の入らない手で握り締める。

みすみすやられてたまるか。絶対に――――絶対にだ。









――――窮鼠猫を噛む。

手負いの獣の如き猛々しい光を宿した瞳は、そんな生温い表現には手に余る壮絶な覚悟を孕んで蒼く燃え上っていた。


噎せ返るような甘い香りが中枢神経を麻痺させる。おかしい、生体反応の異常を感知したのは体ではなく理性だった。
理性も感情も完全に無視して独立した熱の上昇と思考力の低下。体の内側を焦がすような熱の名前は、ふらふらと彼女の方へ近づかんとする数人の生徒の姿を見た瞬間理解した。

これは、情欲だ。それも、理性の関与と統制の一切を凌駕する、暴力的なまでの生体反応。

(そうか、彼女は)
耳にしたことはある。実体験した人の話も。だが自分の身にそれが振り掛かったことは今までほとんどなかったし、時折何かに反応することはあっても、少々の反応なら十分御することができた。
だが今ばかりは心の底から、元来感情の発露が乏しいと言われる自分の性分に感謝する。そして数歩前に蹲る人物が誰であるかわかった瞬間、運命だか何だかの存在を心の底から呪いたくなった。

(彼女は、Ωだったのか)

「っ…、」

食いしばった歯の間から苦しげに漏らされる吐息、座り込んだ足と震える腕。
その先、手の中に握られ、その手の主たる人物の真っ白な細い首筋、頸動脈に突きつけられているのは、工作用のカッターナイフ。

階段の踊り場に退路を断たれながら、性の香りで盲目にされた三人の男子生徒を自らの首に突き付けたカッター一本で牽制し、ギリギリの攻防を繰り広げる彼女、名字名前の姿に、彼は見覚えがあった。

少し気を抜けば押し寄せる衝動に支配権を握られそうなところを引き摺り戻した思考で考える。突如遭遇した目の前の状況をありったけの冷静で分析し、どくり、波打つ心臓を押さえつけ、彼はゆっくりと息を吐き出した。

一歩踏み出し、夢遊病のごとく名前への距離を縮めようとしていた男子生徒の一人の肩を掴む。その肩越し、決死の覚悟にぎらぎらと燃え上がる瞳が、虚を突かれたように彼を見るのが分かった。彼、赤葦京治は男子生徒を押しのけると、鉄のような無表情を被ったままブレザーを脱ぎ、それを座り込んだままの彼女の頭上へほとんど放り投げるように被せた。

「っ、…!?」

頭からブレザーをかぶせられた名前が肩を揺らして硬直するのが分かる。だが間違いなく効果はあった。中枢機能を完全に制圧しにかかっていたあの甘い匂いが一気に弱まる。踵を返して彼女に背を向け、目前の男子生徒たちの眼が揺らぐのを見て、もう一度深く息を吸い一気に畳みかけた。

「何してるんスか、アンタら」

空気の軋むような沈黙が流れる。物理的ではないものの衝突。背後で微かな衣擦れの音がするのを皮切りに、彼は一歩踏み出した。反射的にだろう、男子生徒らが一歩後退る。人口のわずかな圧倒的優位者だけが纏う得も言われぬ覇気、彼が持って生まれたαという性に、凡庸な彼らは気圧される。

ほとんど一瞬の勝率計算。ぎらり、意識して鋭くした視線をぐるりと巡らし、冷えた低音で吐き出した。

「―――行けよ」

彼の背後のブレザーの塊を名残惜しそうに見ていた男子生徒らの瞳に、初めて明白な怯懦の色が走った。ようやく背を向け去ってゆくその姿を見えなくなるまで睨みつけ、それから脳味噌で決めた意思を指先まで浸透させる。徹底的な自己抑制、一息で踵を返し、足元に蹲る彼女に向き直った。

「…名字さん」
「ッ、」

中枢神経を麻痺させる甘い香り。骨を焼くような熱を手のひらに爪を立てて握り潰し、心臓と一緒に封じ込める。
嫌というほど理解する。俺が"そう"であるように、彼女もまた"こう"であるのだと。

「それを首から離して下さい」
「…」

返事はない。武器としての文具を握りこみ、白く震える固い拳が、そこに込められた力と覚悟を物語る。もう一度しっかり息を吸ってゆっくりと膝を折った。乱れた前髪の向こうに覗いた双眸が、猜疑と警戒に上塗りされた苦痛に揺れている。体の芯が疼くのを意識して無視した。

「手離すなとは言いません。俺が血迷ったら、その時は迷わずそれを向けてください。名字さん自身に向ける必要はない」

寄る者すべてに斬りかからんばかりの瞳に微かな狼狽が走った。細かく震える彼女の唇が薄く開く。やや間を置いて引き結ばれたそこから、言葉が出ることはなかった。だが首にあてがわれていたナイフがわずかに引かれる。

「…薬はありますか」
「、…」

彼女が首を振るまで少し時間があった。なんとなく予想はしていた。俺は一瞬逡巡し、それから思い切って言った。

「部室まで連れていきます。立てますか」
「…部室…?」
「俺の先輩の一人が、多分。…名字さんと同じです」
「!」

だから、その人に任せた方がいいかと思って。

初めて名字さんの表情がはっきり動いた。驚きに揺れる瞳、鳴り響くチャイムの音。どちらにせよ次の授業はサボるしかない。
名字さんが動く。カッターナイフを持たない手が床につき、危うげな足取りで立ち上がる。押し殺すように漏らされた熱っぽい吐息が背筋を震わせた瞬間、彼女の体がぐらりと傾いた。

「っ、!」

何も考えていなかった。彼女の体を抱き留めたのはほとんど反射だけだった。噎せ返るような甘い匂いが脳髄をどろどろに溶かしにかかる。腕の中に収まった恐ろしく柔く熱を帯びた肢体が、鎌首をもたげる劣情を駆り立てた。
体の芯が熱い、

「―――ッ、すみません」

少し力を籠めれば砕けてしまいそうな肩を、力加減もままならないまま両手で掴んで引き剥がした。その勢いでふらついた彼女に申し訳なさがなかったわけではないが、あと数秒も触れていれば、手を出さずにいられた自信がない。
愕然とする。吐き気がした。理性も感情も何もかもを圧倒し凌駕する、本能とやらの理不尽さに。

「…あか、」
「やっぱ、ちゃんと持っててください、それ」

彼女を遮るように言う。困惑と耐えがたい欲に彩られたその顔を見下ろせば、たまらず自嘲の笑みがこぼれた。ようやく脳味噌に馴染んできた現実が熱をもって痛み始め、じわじわと込み上げてくる苦い事実が喉元を締め上げる。
それが何故なのか、嘘でも正常とは言えない今の精神状態でははっきり言葉にすることはできない。

―――ただわかったのは、このひとを想ってきた俺の感情に、拭い去りがたい疑念の烙印が押されたということだ。

150716
続きもないのに終わりも中途半端すぎてupも迷っていた突発的オメガバースパロ。
多忙に負けて倉庫から引っ張ってきました。

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