snoitoved

雪下のメモ帳 - update : 2019.05.05
サイトとは別に詳細設定や謎時間軸の話なんかをのせるところ


アメジスト・メカニズム

「ちょっと迅!今何時だと思ってるのよ!」
「用事が立て込んでるから遅くなるって言っただろ?」
「小南、グラスを置け」
「レイジさん!」
「先輩ジュースが溢れてます」
「えっうそ?!」
「うそです」
「ま、まあこんなことで溢れないって分かってるけど?!」

テーブル席に向かうと四人は既に集まっていて、飲み物や料理もある程度減っていた。たまたま近くにいた店員に烏龍茶を頼んでからレイジさんの隣に座る。宇佐美の隣の席は荷物置きにしていたから俺も鞄を置いてもらうことにした。
いやーこうしてこのメンバーで揃って外食するのは久し振りだな、と言うと今まであんたが来てなかっただけよと睨まれてしまった。まあタイミングが合わないんだから仕方ないと無理矢理丸めておしぼりの袋を開けた。

「……やっぱりあの子は来ないのね」
「俺に言ったって困るんだけど」
「まあ誰も連絡先知らないんだからしょうがないよ」
「レイジさん知ってなかった?」
「いや、葉書が一方的に送られるだけで住所は知らない」

ほんと、あたし達には何にも送ってこないなんて良い度胸してるじゃない。語尾になるにつれて弱々しくなる声色を小南はオレンジジュースと共に飲み干した。からん、と氷の溶ける音が自棄に聞こえる。端に座っていた京介は黙ってお冷を飲んでいたし、宇佐美は愛想笑いを残して手洗いに行った。騒がしい居酒屋で此処だけ切り取られたかのように空気が悪くなったのは気のせいではなくて、俺も飲み物が来るまで荷物置きにされた椅子を見ていた。

「はーいウーロンでーす。あ、此方のお皿先に取り下げますねー」
「、どうも」

店員が忙しそうにバックヤードに戻っていったのを横目に烏龍茶を一口飲んだ。飲んだ割には喉は潤わず、かといって冷えてしまった唐揚げをつついていいような雰囲気でもなかった。昨日見ていた限りではこの集まりは終始楽しい雰囲気だったんだけどな。だけど現実に俺を見た小南があいつのことを呟いてしまったからこうなってしまったのは明らかで、だけどそれを責めるのはお門違いだった。あいつを一番心配するのはきっと俺でも京介でもなくて、はじめからあいつを大切にしてきた小南だろう。
ただどうして急にあいつの話題を出したのかが気になったから空気が読めない振りでも(態とらしく)しながら聞いてみることにした。あいつのこと、と俺が口を開けば中途半端に残っているシーザーサラダを見ていた小南と目が合う。

「急にあいつのことを言うから驚いたんだけど」
「別に。たまたまよ」

むすっとした表情で頬杖をついた彼女は今度はレイジさんに葉書の内容を聞いた。レイジさんは珍しく困惑の色を若干見せながらも、分かった、と言って小南に鞄を取るように頼んだ。小南はキャンバス生地のボディバッグを掴むとレイジさんの方に軽く投げた。レイジさんが受け取ったそれのジッパーを開けて取り出したのは普段目にする葉書より少し大きい位の絵葉書。来る前に郵便受けを開けたら丁度入っていた、と言いながらそれを小南に渡すと残り一本だった焼き鳥を食べ始める。真っ先に写真の裏を見た小南はその後直ぐにため息をついた。まあ、そうだろうなあ。何処か他人事の様に烏龍茶を再び口に含む。そういや葉書はカルトリーナ、とかそんな単語だった気がする。正確にはどんな発音だったかはもう思い出せないけど。

「ただいまーってなにこれ?」
「レイジさん宛のポストカードよ」
「そっか」

ハンカチで手を拭きながら帰ってきた宇佐美は絵葉書に貼られた国際切手を物珍しそうに見た後京介を一瞥していた。視線につられてそっちを見れば相変わらず表情筋の乏しい顔でだし巻き玉子を食べている。宇佐美は少し驚いた顔をしながらも直ぐに表情を戻して箸を手に取った。三人が食べ始めてしまったのなら俺も便乗してしまおうか、とさっき諦めていた唐揚げに箸を伸ばした。来たばかりで何も料理は頼んでないけど、もう良いかなって。とうとう肴に手をつけなくなった小南は店を出るまで情報量の少ない一枚の厚紙をずっと見ていた。

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