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「すまない、マスター」

「じゃ、ごゆっくり」

そっと静かにマイルームの扉を閉める。
今日は一日、休みにしよう。
私のサーヴァントが、昨日敵性エネミーに何やら深刻なダメージを受けてしまったらしい。
いや、ダメージ自体はそこまでのものではないのだが、状態異常が治らない。
色々とアーチャーの身体を調べまくった結果、手掛かりは一切なし。
とりあえず情報収集がてら、しばらく安静にさせておく事にした。

ちなみに、先に断っておくとだ。
聖杯戦争はとうの昔に終了しているし、敵対関係とかそういったものは解消されている。一応。
あと別に恋仲ではない事も断っておこう。
確かに強い信頼と繋がりを持っているが、あくまで主従関係のものだ。
少なくとも私はそう思っている。

…しかし一体アレはなんだったのだろうか。
見たこともないエネミーで、見たこともない状態異常。
毒なのか麻痺なのか、何もわからない。
結構腕には自信があったのに。
ちょっとヘコむ。

図書室の文献とレオ、視聴覚室の前のラニ、保健室の桜、廊下の一成、購買のお姉さんと何かを交渉している言峰。
結局彼らからは何の手掛かりも得られず、最後の砦、我らが遠坂嬢に聞きに行こうと屋上の扉を開く。
って、あれ?

「…凛が居ない」

早々にアリーナへと出かけてしまったのだろうか。
風になびく黒髪も、短すぎるスカートも、彼女のサーヴァントも見当たらなかった。

「マイルームに戻るしかないのかな…」

頭をひねりながら凛の定位置で風を浴びる。
風が心地よく、案外ここも悪くないかもしれないが。
遠くを見つめる。
電子の空が今日も終わりのない青を魅せる。

「なーんにも、ないなあ…」

ふと。
背後の風の流れが滞る気配。
後ろに、誰かがいる。
アーチャーのものではない、そもそも彼は今動けない状態だ。
かといってこれは凛のものでもなくて、

「サーヴァントも連れずに、随分とまあ無防備なこって」

どこか浮ついた気怠そうな声。
即座に臨戦態勢を取り、振り返った先には、明るい毛色に気怠そうな緑の瞳。

「アーチャー…!!!…緑の!!!」

「おおっと、そんなに警戒しないでくれよ、瑠衣ちゃん?それと、」

ガシャン。
背後の網へと追い込まれる。
顔の両脇に手を付かれ、身動きが取れない状態となった。
これは、まずい。

「オレの名前、知ってるっしょ?なら名前で呼んでよ、ホラ」

一気に顔が接近し、優しげな垂れ目からは想像もつかない強い威圧感が放たれる。

「ロビン…フッド…」

「ハイ、よく出来ましたっと」

ちゅ。と。
顎を掴まれて、強制的に上を向く形となって、それで、
唇を塞がれ、って、え?

「…、…ッ???!!!」

「お?瑠衣ちゃんこういうことは初めて?そりゃあラッキーだ」

「初めてじゃな…違う、そうじゃなくて何のつもりだロビンフッド!!!」

一瞬硬直したものの、即座に立ち直りきつく睨む。
一体このサーヴァントは何を考えているのだ。
全く以て理解できない。
毒でも飲まされたか?

「瑠衣ちゃんには毒なんて仕込まないって、ま、媚薬でもあればオハナシは別だけども。瑠衣ちゃんには、な」

ふ、と不吉な笑み。
まさか、

「アーチャーに何かしたのはお前か…っ!!!」

「おおっとバレちまった、…ま、ご名答、その通り。ちょいと、ね」

わざとらしい落胆の声。
完全に、知らせるために言ったのだこの男は。
何のつもりなのか、何か恨みを買うようなことは…あー…したかもしれないけど…
とにかく。

「お前を倒せばアーチャーは元に戻るのか」

「だぁからオレのことは名前で呼んでよ。…戻るかもしれないが、戻らないかもしれない。解毒方法はオレしか知らない。さてどうしたものかねぇ?」

「何を求めているんだ!」

我慢が効かなくなり、柄にもなく、キレた。
その浮ついた性格、こちらを完全に馬鹿にしたような語り口。
なによりも、私のサーヴァントに手を出した事実。
それら全てがとにかく腑に落ちないし、怒りを沸き上がらせる。

「怒らないでよ、オレが困るから」

「知った事か」

「仕方ないな…ったく、んじゃ、サクっと要件ね」

あーあ、と一息吐いたロビンフッドは急に真面目な面持ちになり、とんでもない事を言い出した。


「なあ、瑠衣さあ、オレのモノになってよ」


今度こそ、完全に思考停止。
口がぱくぱくと開いては閉じては、言葉が出てこない。
ロビンフッドはそんな私を気にせず続ける。

「そしたら解毒もしてやるし、何より、アンタを悪いようにはしない。どうする?」

「っ…」

それは、

「悩んじゃうかー…オレも結構色男なハズなんだけどなー、仕方ない、譲歩してやるよ。一週間だけ、オレのモノになってよ。一週間でいい」

「…一週間だけ、」

「そ、一週間」

サーヴァントの為になら、マスターとして。
このまま彼を見殺しにすることは敵わない。

契約は一週間。
それならば。
そのぐらいで彼を救えるのであれば。


「わかった。一週間だけなら」


「お、交渉成立?モノは試しだなぁ、言ってみるもんだ」

カラカラと笑う緑衣のサーヴァント。
見た目だけなら確かに色男ではあるが、どうも好きになれない。
やり口が気に入らない。
…これも契約だ。一週間だけならば耐えてみせよう。
思わず強く目を瞑り、奥歯を噛みしめる。

「肩の力抜けよ」

冷めたようで、しかし甘い声でささやかれ、再び、口付けられる。
無理やり唇を開かれ、今度は深く。
私の口内を味わうかのように、深く、濃く。

不思議と、嫌では無かった事が、自分でもよくわからない。


「…一週間で──」


ロビンフッドがぼそりと呟いた言葉は、最後まで聞き取ることは出来なかった。



8/21
緑茶さんに奪われる。


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