──大きな大きな黒い影。
無数の鋭い刺。
大きくて、黒くて、鋭い刺。
何か、目の前の影が呟いていた。
しかし私にはそれを知る由もない。
身体の内側から無数の刺が突出し、黒かった刺が芸術的とも言えるほどに赤く染まっている。
その赤は、私の────…
「…っは、?!」
身体に痛みが、ない。
あんなに惨い赤を見たというのに、どこも痛くなければ手足も動かせる。
起き上がり、辺りを見渡せばいつもの自室。
部屋の真ん中の辺りに青いランサーとキャスターが鎮座している。
小窓から差し込む光は少し弱く曇り空のようだが、何ということはない、日常の空気が漂っていた。
「よ、起きたか瑠衣」
「おはようマスター、うなされてたみたいだが大丈夫か?」
「あ、うん…とりあえずは、なんとも」
「そりゃよかった」
キャスターがやんわりと私の事を心配してくれていた事実が、少し嬉しくて、心強かった。
ランサーは言葉にこそしないが、私を安心させてくれる。
例の事故から少し経ち、二人のクーフーリン達は徐々に打ち解け始めたようだ。
たまに衝突はすれども、私の事を大事にしてくれる。
「…曜日じゃなくて偶数奇数の方が平等だろ」
「いーや、三日譲るだけでも相当譲歩してやってんだぞ?瑠衣はそもそも俺のカノジョだ、俺が抱く」
「そう言われちゃあなんねえな…」
朝からこいつらは何の話を、いや、考えるのはやめておこう。今は。
ちょっと感動した所にこれだ。
軽くため息を吐き、ベッドの縁に腰掛ける。
…少し、考えよう。
最近、同じ夢をよく見るのだ。
黒い影と刺と、おびただしい量の赤を。
キャスターと契約した影響かもしれないと訊ねてみたが、本人曰く全く心当たりが無いとの事だ。
念のためランサーにも訊ねてみたが、同じ回答が返ってきた。
じゃあ、あの夢は何なのだろうか。
解らないものは判らない。
識らないものは知らない。
考えても無意味なのだが、どうにも引っ掛かる。
何が、どうして。どこに。
刺が、夢のように、思考回路に深く深く突き刺さっていた。
──穏やかな時は過ぎ、夜の帳が降りる。
月も星もない、真っ暗な空だった。
「で?帰れとは言わないけどキャスターはいつ戻るの?」
「召喚したのはマスターだろうが。召還期限なんて知ったこっちゃないが…まあ魔力が無くなれば消えるわな、普通に」
「なんだ単純じゃねえか。俺がお前を殺せば邪魔者は消えるわけだ」
「お?やんのか?お前も条件は変わらないだろうが。お前を殺したらついでにその槍も貰おうか」
「言うじゃねえか…いいとも、くれてやるよお前が勝てるとは思」
「だーーっ!!!喧嘩は無し!!!」
矢継ぎ早に繰り出される口喧嘩。
私はそれをリアルファイトとなる前にどうにか制止させる。
リアルファイトに発展した場合、教会が吹っ飛ぶのはもちろん、冬木市も破壊、最悪私の魔力が底を尽きて全員死ぬ事になりかねない。
それは勘弁して欲しい。
「どうしてみんな仲良くできないかなあ…」
思わずため息。
「そりゃ邪魔物は居ないに越したことはないだろ」
「流石俺、話が早いな」
「だろう?そういうわけだ」
気が合うんだか合わないんだか相変わらずはっきりしないお二人である。
元の人格が同じだから仕方ないとはいえどもしかし。
「そういうわけでもどういうわけでも喧嘩は無しの方向でお願いします。さもないと両方…二人とも契約切ってそのまま言峰に押し付けるけど」
「「すんませんでした」」
「よろし」
即、正座。
初日に判明した通り、二人とも言峰のことが相当苦手なようで、この言葉で制すれば大体どうにかなるのだ。
「二人ともそこでしばらく正座しててよね、私つかれたからちょっと外出てくる」
ものすごく嫌そうな顔でこちらを見つめる青いのに目もくれず、ささっと部屋を退出した。
悪いわんこには灸を据えさせねば。
そして私は中庭へと向かった。
特に意味もなく、空が見たかった。
月も星もない、真っ暗な空を。
6/21
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ──?
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