さらり。
腕に触れた艶やかな感触。
寝惚け眼で確かめたそれは、鮮やかな青い髪だった。
こんなに鮮やかで艶のある青い髪の持ち主は、私の知る限りでは一人しかいない。
その名は、
「……らんさー…?」
「残念、ハズレだ」
どうやら違ったらしい。
では、ランサーでなければ一体誰だというのか。
寝惚け眼には眩しすぎる、鮮烈な紅と青のコントラスト。
見違える筈が無い。どこからどう見ても私の知っている、ランサーではないか。
「冗談は…やめ……、…??」
いや。違う。
何かが違う。
確かに目の前の其れは、ランサーと同じくしているものだ。
それは間違いない。
違うものは、あれだ。
サーヴァントの、クラス、
「…きゃ、キャスター…?」
「ああ。おはようさん、マスター。よく眠れたか?」
「…ぼちぼち」
例の喧騒から一晩。
怪しい魔導書のせいでランサーと瓜二つなキャスターを召喚し、元凶に文句を叩きつけ、二つの瓜に黙れと命じた、あの夜から、だ。
既に2画となってしまった令呪がそれらを動かぬ事実だと告げている。
「疲れてたから、よく寝たよ…」
「そうかそうか」
頭をぐしぐしと撫でられる。
小窓から射し込む光と併せて、とても気持ちがいい。
昨晩の喧騒を忘れて、心の底から癒されるようだ。
「…いや、待って」
「ん?どした?」
「ランサーはどこ」
「ああ…アレな」
ベッドに座りながらも、どこからともなく取り出した杖を片手で持て余しながら話を続ける。
キャスター曰く、ランサーのバイトが今日に限って朝番であり、早々に街へ出ていった。とのことである。
「で、『絶ッ対外に出るんじゃねーぞ、あと瑠衣に手を出したら穿つ』って二本も釘刺された」
「あー…うん、そっかあ…じゃあ今日はお留守番だね」
朝から穿つ穿たないなんて、なんとも物騒な連中である。
昨晩も同じ話をしていたことは記憶に新しい。
「で、更にだ。昨日も言ったが俺はな。本気になった…惚れた女は絶対諦めたくねえんだよ」
ああ、そんなことも言っていたような気がする。
…それがまた物騒な話の火種になったのだが。
「だから、」
「…だから?」
カラン、と木製の棒が転がる音がして、先程までその木製の棒を転がしていた掌は私の頬を捉えていた。
「なあ、あっちの俺はやめて、俺にしねえ?」
そっと掌を滑らせて、私の頬を優しく撫ぜる。
敵意は無いが、欲望と嫉妬、そして心を射んばかりとする瞳が真っ直ぐこちらを捉え。
見慣れている顔と同じ、しかし明らかに違う顔が、目の前に迫った。
鼓動が逸る。
明確に繋がれたレイライン、仮初の契で繋がれたレイラインが交差する。
私は、
私、は────
「…まあ」
頬が、解放される。
「早いこと決めちまいな。俺が俺を見失う前に、な」
そう言い残してキャスターは、部屋を去っていった。
絡まった感情と感情が解れる日は、果たして訪れるのだろうか。
今後への不安と、現状の曖昧さに疲れた私は再びベッドに倒れこむのであった。
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両手に猟犬
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