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皆が寝静まった深夜のこと。
教会の一室に小さな灯りが灯っていた。



「素に銀と鉄、…」

古ぼけた分厚い本を、そっと指でなぞりながら辿々しく呟く。
目線は右へ右へ、そして下へ。

「、…繰り返すつどに五度、」

このやけに煤けた本は言峰から借りたものだ。
私は教会に住み、聖杯戦争があった事実も知りながらその歴史については全く知らない。
そんなのは情けないしなあ、と一応本屋を巡ってみたりするも資料はあるはずもなく。
恥を忍んで言峰に訪ねてみたら、"コレ"をあっさり貸してくれたのだ。

「誓いを此処に、…」

読み進めていくうちに、一つ気になるページが。
今指でなぞり読んでいるこのページこそが興味の終着点。
別に終着点というわけでもないし経過点だったかもしれないが、とにかく興味を惹かれたのだ。

其れは英霊召喚の時の呪文…詠唱であり。
ちょっと興味が湧いてしまったのだ。
ただの出来心だったのだ。

魔術師っぽい台詞の一つや二つ、言ってみたいと思ってしまったのだ。
どうしようもない好奇心と憧れ。


「…、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ…、っと」


ただ呟くだけ、ただそれだけのつもりだった。



「…ん?」


身体に違和感。
身体の中心から神経へと熱が渡る。
その熱はとどまることを知らず、どこまでも私を侵していく。
そして、左手に火傷のような感覚。

「え、なに……って、まさか!」

熱を灯した身体を抱えながら煤けた文献を再確認する。
これは。もしや。

恐る恐る左手を掲げてみれば謎の紋様。
いや、謎なんかじゃない。
私はこの紋様を知っている。
これは、

「…令呪、だ…」

刹那、身体から大量の魔力が引きぬかれどこかへ流れていく感覚に襲われた。
いつもよりも強引で量が比較にならないものの、私はこの感覚を知っている。

パイプの繋がれる先を知っている。

もしかしてでも、まさかでもない、確実にやらかした。
私は、サーヴァントを召喚してしまった…!
はず、なのだが。

「…うん、誰もいない。人っ子一人鼠すらいない」

薄暗い部屋を見渡しても何も変化が無い。
困ったものだ。
仕方ないがパイプの繋がる先を辿ろう。
そんなに遠くないと私の中の何かが告げているし、大丈夫だろう。
一息吐いて、扉を開ける。

「よぉ、お前が俺のマスターか?ちょっと対面が遅れたが」

そんなに遠くないどころの騒ぎじゃなかった…!

「マスター?」

いや、もっと大変だ、遠い近いとかはどうでもいい。
面食らった私に掛けられた声はあまりにも聞き慣れたものと似通っていて。
目の前のサーヴァントの方が少しトーンが低いものの、私は全く同じ声を知っている。
月光に照らされた青い髪も、鋭い瞳も、知っている。

「ランサー……?」

「はぁ?おい、大丈夫か嬢ちゃんよ。俺のクラスすら見えねえのか?それともマスターじゃない…って事でも無さそうだな…繋がりは感じるし…」

首をかしげて向かい合う。
ランサーではない。
今目の前の男はハッキリと言い放った。
だとすると、この男は誰なのだろうか。
纏う衣装が異なれど、同じように感じるのだが…

「私の知ってるクーじゃ、ない…か…」

「あ?なんで俺の真名知ってんだ?」

「え?」

「だから、俺の真名。クー・フーリン。嬢ちゃん、今確かにクーって言ったよな」

「…言った」

「それ、俺の名前」

唖然。
同じ容姿で同じ名前で、ランサーじゃないラン…違う、ランサーじゃないクー・フーリン。

「え、それじゃあ、」

「キャスターだ。このクー・フーリン、キャスターのクラスで召喚に馳せ参じた…みたいな事言えば伝わるか?」

「ああ…そういう…」

そういえば以前『俺、他のクラス適性もあるんだぜ』とかなんとか言ってたような気がする。
私の知ってるランサーが。
つまり、同じ人物を違うクラスで召喚してしまったということか。
しかも今その辺でランサーの方の彼が寝てるというのにか。
あの面倒な金ぴか…は、確か今日は夜遊びだったか。
何にせよ厄介な事になってしまった。

「とりあえず…キャスターって呼べばいいかな?」

「とりあえずも何も、聖杯戦争だろ?真名をほいほい出されたら困るだろうが」

「ですよねぇ…」

…って、あ。

「…聖杯戦争、終わってます…」

「はァ?!」

聖杯は?!敵は?!じゃあ俺は一体?!と堰を切ったように疑問を並べ立てていく目の前のラン…キャスター。
ひとつひとつ、自分で自分を振り返り落ち着かせるように答えを返していく。
まあ、要するに、


「すみません、完全にイレギュラー中のイレギュラーの超イレギュラーです…」


「…あー…」

だよなぁ、とどこか気の抜けた声でキャスターは呟いた。
ひとまず開け放しのドアの向こうの時計で時間を確認する。
時間は、24時過ぎ。
彼なら、まだ起きているだろう。
できれば頼りたくない、私に本をほいと貸してくれた彼が。

「…助っ人のとこ、行くんだけど、いいかな」

「まあ、嬢ちゃんがそう言うんなら俺は構わねえが」

「じゃあ、こっち」


ひんやりとした床を歩み進める。
月も綺麗で、夜風も心地よくて、こんなトラブルさえ無ければ最高の月見日和だっただろう。
山門のアサシンは日本酒でも飲んでいそうだ。
あーどうしてこんなことになっちゃったんだかなあと頭がぐるぐるしてきた。


「…おい瑠衣、ソイツ何だ」

「えっ」


ぐるぐる回る頭が急停止する。
つい先刻まで聞いていた、耳に馴染んでいた声。
これはキャスターのものではない、何故なら彼は隣にいて、声は後ろから聞こえて。
そしていつものトーンよりふたつもみっつも低い、だけど。

「ら、ラン、サー…」

やましいことなんて一つもない。
それなのに、私の知っている彼が知らない彼になってしまっていて、床の冷気なんて比較にならないほど冷たい瞳をしていて、私は、私は、

「おい、俺のマスターに殺気を放つとはいい度胸してやがるな」

「あン?瑠衣は誰のマスターでもねえし、なにより俺の瑠衣だ。テメェにくれてやった覚えは無いんだが」

「そんな事ぁ知ったこっちゃないな。見たところ俺のようだが…今此処で焚き上げて座に還してやろうか」

「ほぉ?言うじゃねえか、ならばこの」



「うわあああああストップーーー!!!!!!」


「「??!!」」

絶対零度を超える冷気を振りほどき、固まっていた器官をを総動員させ、全力で叫ぶ。
私の決死の叫びが功を奏したのか、二人の冷たすぎる喧騒は沈静化した。

「ま、まって…色々待って…」

このままでは教会が死地と化してしまう。
教会が死地と化すだなんて洒落にならない。
既に死人が一名居るというのにだ。
…まあその死人に今から会いに行く予定だったが。

「とりあえず、言峰に、聞こ、ね?ね?」

本当にお願いします、と。
ぐっと両手を合わせて頭を下げ、懇願する。

冷たい床を見ることもなくきつく瞳を閉じ続けていれば、ため息が上から降ってきた。

「わーったよ、言峰んとこな…アイツまた何かやらかさせたのか」

「…私も原因かもしれないけど…とりあえず、うん、言峰のとこ」

そういうことだから、キャスターも、お願いします。と、頭を下げる。
こちらの彼も仕方ないとでも言うかのようにため息をつき、肯定を示す。

「…ありがとう、ふたりとも」

もう一度、礼をする。
今度は懇願ではなく、感謝の意を込めて。

「構いやしないさ、…ところで言峰って誰だ?」

「ロクでも無いヤツだよ」

「俺が言うなら相当だな…」

「ああ」


同じ声の持ち主二人と、私と。
どう足掻いても奇妙な三人組で、改めてそのろくでなしの元へ向かうのだった。



9/4
実は寝静まっていない教会


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