彼との監獄生活を終えてから、どれほどの時間が経過したのだろうか。
長かったのか、短かったのか。
何故か私にはそれがわからなかった。
何故だろう。
「ねえエドモン。あれからどれくらい経ったんだろう。何故か実感がわかなくて」
「…貴様、その歳で痴呆か。憐れだな」
至極真面目に疑問を呈したと云うのに、返ってきたのは哀しくなるような言葉だった。
心底憐れんだような顔をされたものだから、余計に哀しい。
「いや、そうじゃなくて」
「ならばどうだと?」
ならばどうか、と。
考えてみようとすると、何故か頭に靄がかかり、まるで思考そのものが記憶に干渉させまいとするようだった。
決して、悪い夢ではなかった筈なのに。
ぽつりぽつりと、暈したように彼に伝える。
「忘れたんじゃない、っていう事はわかる。けど、なんだろう…記憶にロックというか、制限のような、…よく、わからない…」
「そうか」
「うん」
とすん、と彼の大きな背中に自らの背中を預ける。
今この場は見慣れたマイルームであり、監獄ではない。
凛々しかった女性もいない。
ここにあるのは清潔な部屋と、私と巌窟王。
何がそこであったのかは明確に覚えているし、忘れた所なんてひとつもない。
それなのに、何故か"時間"だけが曖昧になっていた。
暑かった?寒かった?快適だった?
私には、わからない。
しばらくの沈黙。
彼の背中から伝わる体温と、私の背中の体温が馴染んだ頃。
それらの合間に冷えた空気が流れ込んできた。
何事かと振り返れば、彼がこちらを真面目な眼差しで見つめていた。
…何事か?
「…俺のせいだ、神埼」
「エドモン…?」
鷹の目が私を射止める。
「俺が貴様を無理矢理イフに取り込んだせいだろう。貴様の意識も不安定だった。時々人形のように呆けていた時もあったな」
それは、私の知り得ない情報だった。
カルデアにいた私の精神は、監獄の中には居なかったのだから。
「それが、原因だろう。時空の齟齬により、記憶の一部に欠損が生じた。そう考えるのが自然だ。俺に真偽は解らんがな」
知る術も無い、と付け加えて黙る。
普段、邪悪な笑みを浮かべたり、毒づいたり、たまに私を励ましてくれたりするその口は、一文字に閉ざされていた。
「罪悪感、感じてる?」
その沈黙が落ち着かなくて、素頓狂な質問を投げ掛けてしまう。
「まさか?阿呆か貴様」
そして、鼻で笑われた。
「別段、時間など気にする必要も無いだろう。事実は事実だ。俺が永遠に憎しみを抱え続け、復讐者で在り続けるのと同じだ。幾ら時間が短かろうと永かろうと、憎しみが消える事は無い。事実はそこに在り続ける。違うか?神埼」
事実は、事実。
私と巌窟王の過ごした事実は、事実以外の何物でもない。
あれからどれくらいの時間が経った?
あれから記憶は変質したのか?
彼の言ったことは、
「違わない、ね」
「そうだ。それでいい」
満足そうに瞳を伏せて、今度は彼から私の背中に凭れ掛かってきた。
そして背中の隙間は、塞がった。
「俺が神埼と共に在る事も、あった事も、全て事実としてこの世に残る。記録には残らないだろうがな。逆に。…仮に、だ、神埼。俺と貴様との事実は時間を経て消えると思うか?」
かぶりを振って、否定した。
顔が見えていないから伝わるわけが無いのだが、なんとなく、彼に伝わった気がした。
「そうだ。そうでいてもらわなくてはな。また馬鹿正直に前を向け。己を貫け。神埼がそう在り続けるのであれば、俺は、……否、なんでもない」
「…エドモン?」
「なんでもないと言っているだろう」
顔を覗き込もうとしてみるが、上手くいかない。
彼は何枚も私より上手なのだ。
諦めのため息をひとつ、吐いたその時に、手のひらが重なった。
重ねられた。
「本当に、なんでもない?」
「……チッ」
私のマイルームに、照れ隠しの舌打ちが小さく響いた。
11/27
匿名様リクエスト、エドモンダンテスで「監獄塔から帰還後のカルデアの話」。
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