扉の向こうからはペンが紙を削る音も、紙の摩れる音も聞こえない。
ならば、と私は勢いよく扉を開け放つ。
「アーンデールセーン!進捗どうですかー!」
「原稿の取り立てなら帰ってくれ、俺は今忙しいんだマスター」
特に意味もなくアンデルセンの部屋に突撃してみた所、嫌味全開の語り口でお出迎えしていただいた。
どうやら次のイベントの為の原稿中だったらしい。
しかしざっと見たところ、机の上の紙が真っ白どころかアンデルセン自身は机に座ってすらいなかった。
「アンデルセン先生、そこの純白の原稿用紙は」
「うるさい放ってくれ。要が無いのならさっさと自室へ戻れ俺は忙しい」
「…アンデルセン先生、とても忙しそうには」
「だから忙しいと言っているだろう!そんなに言うのならネタをくれネタを。貴様も編集ならせめてそれぐらいはしろ、それが編集の仕事だろう何をしている」
私はマスターであって編集ではありませんよアンデルセン先生。
最早つっこむことすら野暮に感じて、私は口をつぐんだ。
「なんだ。ネタもないのか」
腕を組み、足を組みながらベッドに腰掛けるアンデルセンはいかにも不満そうな顔でこちらを睨み付ける。
そんな反抗的なサーヴァントには灸を据えてやらねばならないだろう。
そのまま私はアンデルセンの元へと近寄り、ベッドに寝転がった。
「おい、神埼何をしている…って本当に!!何を!!している!!放せ外道編集!!」
「編集じゃねーですし!マスターですし!うるさい童貞ショタジジイはこうしてやる!!」
寝転んだまま、アンデルセンの腰を掴み、勢いよくこちらへ引き寄せる。
当然、ただでさえ小柄な彼は油断していたがためにあっさりと倒れ込み、私の腕のなかに閉じ込められてしまった。
計画通りである。
「ふふふ…こうしてしまえばなにもできまい…小さな作家さんよ…」
私よりも小さな身体をぎゅうと抱きすくめ、空色の頭に顔を埋める。
アンデルセンそのもののにおいというより、紙とインクのにおいのほうが強く感じ取れた。
「貴様には貞操観念が無いのか?いくらショタジジイとはいえ俺は男だぞ、ショタジジイとはいえだ。おい、放せ神埼。さもなくば」
「さもなくば?一生涯童貞だった作家様はさぞ貞操観念が確りしておられるんですかね?大人しく私に可愛がられてくださいな」
ぐぅ、と黙り混むアンデルセン。
我ながら中々に酷いことを言ったような気もするが…そして心なしかショタジジイと言われたことが不満だったのではないかと少しだけ感じた。
嫌味ったらしく二回も言ってたし。
しかし、とりあえずこれで好き放題させてもらえるはずだ。
手始めに、癖っ毛がちな頭をふわふわわしわしと撫で回す。
ちょうど猫を撫でるかのように、わしわしと。
「んー…可愛いなあアンデルセン…小さいっていいねえ…」
「可愛い言うな気色悪い」
「ほっぺすべすべだー……やわこいなー…可愛い…うふふ」
「……。」
指先で頬を撫でたりつついたり、子供ならではのきめ細やかな肌を堪能してみる。
なるほど、ショタジジイとはいえやはりショタはショタだ。
黙っていれば本当に愛らしい。断言できる。
しばらく可愛い可愛いと撫で回し、捏ね回し、ひたすらに愛で続けていくにつれ、眉間のシワがどんどんと深くなっていた。
はじめからいい顔はしていなかったが、更によろしくない顔つきになっている。
まあ、それでも拗ねただけの子供にしか見えないのだから本当に仕方無い。
それに、どこか猫のようにも見える。
「…神埼、いい加減にしないとそろそろ本気でキレるぞ。宝具で物語を全力で書き上げてさしあげようか」
「ふーん」
反抗心が発言となって私に突き刺さる。
しかし私は全くダメージは受けていないし、まだまだアンデルセンの柔肌を堪能し続ける。
「ハッピーエンドなぞクソ食らえだ。吐き気がする」
「へー」
空色の毛先をくるくると弄ぶ。
「貴様にはどんな終焉が似合うかな?」
「!!」
背筋がぞっと冷え、脂汗が浮かぶ。
本日初めてまともに向けられた顔は、とても少年のものとは思えないほどに意地の悪い笑みをたたえたモノだった。
思わずベッドから飛び降りてしまったほどに、意地の悪い笑みだった。
「…くっ、」
震える私。
震えるアンデルセン。
アンデルセンの小さな身体の震えが大きくなったと思えば、次は空気が大きく振動した。
「ふ、はははは!!!いい顔だ神埼、調子に乗った馬鹿がいざ報復を受けるとなったときの顔は最高だ!!傑作だ!!馬鹿め、そう簡単に俺を手篭めにできると思うなよ?」
「なっ…」
全力で、馬鹿にされた。
しかも二回も馬鹿にされた。
何も二回も言わなくても、と言いたかったが反論してもきっとすぐに論破されることだろう。
「ん?言い返さないのか?まあいい、少しインスピレーションが浮かんださ、ネタの提供感謝するぞ、神埼」
そして一息ついて、
「抱きすくめたいのなら先に言え、条件次第なら応えてやらんでもない」
さっと吐き捨てて、アンデルセンは机についた。
「さあ原稿再開だ、邪魔になったら敵わんからさっさと自室へ戻れ神埼。作家にいい環境を提供するのも編集の務めだろう?なんだ、それともまたこき下ろされたいとでも?」
「いえ、遠慮しておきます。失礼しました、童貞作家様」
カツカツとブーツの音をたてて部屋を出る。
まさに立て板に水と言うのに相応しいほどの言葉の雨に少しでも反発できただろうか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
こうやって、猫可愛がりして罵倒され、こちらからも悪態をつく。
なにせ本人も満更でも無いらしいときた。
それならば、お言葉に甘えてまた遊びにいかせてもらおうではないか。
鼻歌を歌いながら、私は部屋へと戻るのだった。
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紺碧様リクエスト、「猫可愛がりする主に反発するアンデルセン」
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