それもまた、いつもの日常だった。
そんな日だっただろう。
多分。
今日は三月初旬に相応しい、柔らかな太陽と少しだけ肌寒さを残した春の日。
そこかしこに積もっていた雪は姿を消し、新たな蕾が芽吹き始めている、そんな優しい日だった。
そんな天気に浮かれたのか、気がつけばクッキーを焼いていて衛宮邸にお邪魔しようとしていた。
鼻唄なんか歌いながら。
我ながらに浮かれすぎである。
インターホンを鳴らせばいつものように士郎が出迎えてくれる。
「よ、よう……神崎…」
…はず、だった。
彼はとてもじゃないがいつものように、とは言えなさそうな雰囲気を纏っていた。
「…士郎…どうしたの?」
「あ、いや、気にしないでくれ…その、ちょっと…な……うん」
歯切れの悪い返事。
なるほどこれは。
「了解。つまりそういうことなら上がらせてもらうね、」
恐らく、問題児が集まってぶつかり、士郎の手には負えなくなってしまったのだろう。
疲労の隠しきれない苦笑い、そしてなにより屋敷の奥から何やら騒がしい声が聞こえてこないこともない。
少しひんやりとした板張りの床を突き進み、居間へと乗り込めば、そこには予想通りの展開が広がっていた。
「ッ瑠衣?!」
「なっ…瑠衣?!」
「何?瑠衣?!」
三者三様、思い思いの驚きを見せてくれる。
言うまでもないが、上から青いの、赤いの、金ぴかである。
その喧騒を端から眺めていたであろう言峰が壁にもたれ掛かって嫌味な笑みを浮かべているのがいやらしい。
ほんといやらしい。
「なんというか…士郎……御愁傷様…」
「ご心配ありがとうな、でも悪いんだけどさ…アレなんとかしてもらえないか…」
自宅なのに気が休まらない、と小さくぼやく家主さん。
流石に気の毒である。
「あのですね?とりあえず何故こんなことになってるのか教えてほしいな?」
「こいつらが瑠衣は自分のものだとか抜かしやがった」
「少なくとも君等に彼女を預けるわけにはいかないだろう」
「貴様ら雑種のものだと?笑わせてくれる。この世全ての財宝が我のものであるのと同様に瑠衣もまた我のものだ、馬鹿を云え」
「そういうわけだ神崎、大人しく私の元に来るのが得策だと思わないか?」
「……」
思わず閉口。
助けて欲しいのはこっちだ。
そんな不平不満を多分に含めた視線で士郎へ無言の抗議を試みる。
そしたらそんな私の心情を察したのか、衛宮少年は口を開いた。
「…間をとって、俺のとことか」
「「「「「はぁ???!!!」」」」」
「…」
察していなかった。
否、察してはいたのだろう。
しかしこの天然タラシな主人公様は天然タラシなのである。
場をおさめるつもりが、すべての反感を買ってしまった事に気が付いていないというおまけ付き。
これは、酷い。
「神崎、俺何か間違、」
「間違いも間違い、大間違いだよ…場が荒れたよ…ダメだこりゃ……」
しかも、俺なら神崎を困らせることも無いんだけどなあなんて呟く始末だった。
好意を向けてくれるのはとても嬉しい。
皆のことも、決して嫌いじゃないし、むしろ好きだ。
しかし、だ。
いきなり全員に俺の所に来いだなんてそんなのはあんまりだと思う。
私の為に争わないで!なんて言えるわけもない。
あれこれなんだかデジャヴ?
嗚呼、面倒だ。
「とりあえずさあ、…ここにクッキー置いとくから、うん、私帰るよ…」
私は、思考放棄して、教会へ帰ることにした。
あとのことなんて、知ったこっちゃない。
数時間後、疲れた様子の面子が帰宅してきて、またひと悶着あったのは、別の話とさせていただきたい。
私で、争わないでください……
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丸ごと困ったさん逆ハーレム。……ハーレム?
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