2月14日バレンタイン。
ここバイト先の雑貨屋でも漏れなくバレンタイン商品を取り扱っており、それはもう多忙の日々であった。
様々な色合いのラッピング用品、材料用のチョコレート、出来合いのブランドチョコ。
それらを求めに連日客足が止まらなかったのだ。
14日を越え、バレンタイン用のディスプレイを解体し来月のホワイトデーの為のディスプレイを構築してアレコレするのが今日の業務。
"バレンタイン"の文字のあるものには赤い丸の割引シールを貼ってはワゴンへ。
まだなんの問題もなく食べられるのにね。お勤め品。賞味期限もだいぶ遠いのに。
「神崎さーん?そろそろ上がっていいよー」
「あ、はーい!」
店長が一つ向こうの棚から叫ぶ。
確かに、時計を見ればもう18時を過ぎた所だった。
引き継ぎの準備、そして帰り支度を終え、私はいくつかのお勤め品の材料チョコを購入して帰路につこうとした。
店舗の店員用出入口付近。
そこで、見慣れた顔がひとつ。
「よう、お疲れ様」
「あ、ランサー。今日は早く終わったの?」
「今日は17時上がりだったからな」
マフラーを巻きつつランサーのもとへ駆け寄る。
しかしまあこんな時間にこんな所でどうしたのか。
まだ寒いんだから先に帰っていればいいものを。
「なんで怪訝な顔してんだよ…ほらアレだ、お迎えってヤツだ。帰ろうぜ」
「…うん」
差しのべられた掌に、自らの掌を重ねる。
「うわ冷たっ?!」
「瑠衣の手はあったけえなー…」
そんな冷たくなるまで待たなくていいのに。
にぎにぎと掌を握られてむず痒い。
しかし不快でもないので私も掌を握り返す。
そのままそっと寄り添えば、ランサーからは、ほんのりとコーヒーの薫りがした。
確か今日も喫茶店勤務だったか。
「今日は?どうだったの、昨日は忙しかったみたいだけど」
「至って普通。カップル客が溢れることもなし、痴話喧嘩もなし、店長ものんびりしてたぜ」
「そっかー、そっちはディスプレイとかしてないから楽なのか…」
「まあなー。ちょっとばかりプレゼントしてた程度だしな…、…っと」
ランサーはふと何かに気付いたようにごそごそをバッグを漁りだした。
そして、小さな包みを渡される。
白く英字が印刷されたクリアの袋に、赤いリボン。
シンプルなラッピングを施されたその包みの中身は、しっとりとしたブラウンのパウンドケーキだった。
「これ、配ってたプレゼント。…余り物で悪いんだが、まあ良かったら食ってくれ。一応、俺が作った」
「あ、ありがとう……って!え?!ランサーが作ったの?!」
普段そんな姿は見ないので無駄に驚いてしまう。
料理はすれどもお菓子を作っている様なんて、今日の今日まで見たことがない。
バイト先では、結構作っていたりしたのだろうか。
なんだろう。
少しもやもやする。
「…配ってたやつかぁ……そっかあ…」
「? 不満か?」
「いや、そうじゃなくて……んー…ランサーの作るお菓子食べたことなかったなーって…うん」
ああ、これは嫉妬というものか。
案外早くもやもやの正体に気がつくも、余計にもやもやする。
仕事は仕事だというのに嫉妬している私があまりにも子供っぽくて、もやもやした。
「「ただいまー」」
バイトが終わって帰宅後の定位置、ソファへと崩れこむ。
ついでにランサーも引きこみ強く抱きしめる。
先程よりも薄れたものの、僅かにコーヒーの薫りは残っていた。
「あのね、笑わないで聞いてほしいんだけどね、」
「ああ、お前さっき嫉妬してただろ?」
からからと笑う声に思わず勢いよく顔を上げる。
「そんっ、気付いてたの?!っていうか笑わないでって言ったのに!!!」
「ははっ、顔見て一発だったぜ?お前わかりやすいからな」
「っ…!!!」
顔を伏せて感情を誤魔化そうとするもランサーの手がそれを許してはくれなかった。
「まあ聞けよ。確かにそのパウンドケーキはお客らに配りはしたけどな、まだもう一つあるんだよ」
瑠衣の為だけのやつが、な。と。
その一言に先ほどまでのもやもやは何処かへ消え去った。
我ながらチョロいとは思うが、いやしかし。
片手でバッグを漁り、また別の包みを取り出すランサー。
今度は小さな小窓のついた茶色の紙袋。
中には様々な形のチョコレート達が並んでいた。
ランサーはその中から一つだけチョコレートを取り出して、自らの口へ放り込む。
「あ。」
そのまま、呆気に取られた私に口付けた。
思わず奥歯で噛みしめたチョコレートからは、とろりと甘酸っぱい味が広がってゆく。
「これが、瑠衣専用。…しかし我ながらうまいなコレ。まだあるから安心しろ、な?」
ぺろりと口の端を舐めて柔らかく微笑むその顔があまりにも愛しくて恥ずかしくて、言葉が出てこない。
感情を誤魔化そうとするもその願いはまたしても叶わず。
その後もひたすらにチョコレートを味わったのだった。
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バレンタイン終了のお知らせ(遅刻)
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